レオナルド主催の夜会が始まった。僕はエスコートをしたい人物から婚約破棄の書状にサインを入れるまではダメだとエスコートを拒否をされているので、大人しく大広間の扉の前で、拒否をした張本人であるアルメリアが来るのを待った。
「ジャス!」
今の僕が目覚めた日、アルメリアが婚約破棄を言われた日、養父と三人で考えていた超高級ドレスをアルメリアは着ている。
誰の目をも奪ってしまうような派手な装いであっても、決して、着ているアルメリア自身をないがしろにせず、むしろ、本来の美しさを何倍にも引き立てるようなドレスであった。
「今日は、控えめの方がいいんじゃないか?」
「何を言っていらっしゃるのか? この美しいドレスを選んだのは、他の誰でもないジャスだわ!」
「そうだった。とても、アリアに似合っている」
アルメリアの頬にかかる髪を耳にかけ、耳元へ顔を近づけていき呟いた。「今晩は帰したくないな」と。
ボフッと音がしそうなほど、真っ赤になって慌てるアルメリアはいつもの凛とした表情ではなく、可愛らしい。
貴族令嬢の鑑ともいえるアルメリアが、ここまで表情を崩すことは珍しく、他のボンクラ令息たちも表情を緩めているのが見えた。
「あ、ああ、あああ、あの!」
「言ってみただけだから、焦りすぎだよ」
アルメリアのおでこをコツンと突くと、「ひどいです」と頬を膨らませている。屋敷で兄に甘えている小さな妹のように、くるくると表情を変えていた。社交界では、普段見せることのないアルメリアに周りは興味があるようだ。
「大丈夫。帰りはちゃんと、公爵家までエスコートするよ!」
黒い手袋をしているアルメリアの手をスッと取る。真っ赤な薔薇のドレス。黒を基調としたレースが使ってあるおかげか、大輪の薔薇の赤がよく映えていた。
「でも、今は……頑張っておいで。ここから、ちゃんと見ているから」
手袋越しにアルメリアの手の甲にキスすると、頬を染めながら可愛らしく微笑む。固く目を瞑り、開いた瞬間には、戦いの場へ向かう女性の顔になった。
「宝飾品を贈っていただいて、ありがとうございました。私に相応しく輝くこれらをとても気に入りましてよ!」
「それはよかった。ダイヤモンドは、この世界では価値がなく、少々値が安いんだけど、僕の世界では、ダイヤモンドの価値はとても高いんだ。アリアを輝かせるには、それ以上の宝飾品はないからね! 僕からの『変わらぬ愛』だ。あぁ、僕のアリア。下衆な弟と早く婚約破棄をして、僕のところへ帰っておいで」
「もちろんですわ! では、行ってまいります!」
扉を開けると、「アルメリア・ティーリング公爵令嬢の御入場です!」と声が響く。今頃、会場の悪意ある視線を一身に浴びていることだろう。
……アリアは、怖い思いはしていないだろうか? 僕が、しっかり、堕としてあげるからね、レオナルド。
口角をあげ、アルメリアの後に続くように大広間へと入る。一番後ろから見ていると、僕の周りにアーロン、マリアンヌ、ジークハルト、サティアが近寄って来た。グレンは、少し離れた場所から僕の方を見て頷いている。
「マリアンヌ、それ、よく似合っているよ!」
マリアンヌの偽の胸元で揺れるネックレス。それぞれを見渡せば、アルメリアの装飾品をきちんとつけてきてくれたようで、僕は満足そうに頷く。
「あら、ジャスティス様。いいのですか? 婚約者をお一人で行かせても」
「アリアたってのお願いだからね。それに、婚約者のいる女性を他人である僕が、エスコートすることは、とりあえず、マナー違反だろう?」
「本当は、今すぐにでもしたいのでしょうに……」
「アリアの気持ちを最優先するさ。さてと、口上を述べる我が弟が少々うっとうしい。メアリーも含め、脇役には、早々にステージから降りてもらおうか?」
「それでは、俺が先に先行する。陛下もその扉まで来ているらしいからな」
「父上は、逃げたりしない? 弟可愛さに」
「さぁな」と肩をすくめるアーロン。叔父にあたる王に対しても、態度は変わらず、興味がないようだ。
アーロンが、傲慢な態度で「どけっ!」と貴族たちに声をかけながら、前へ向かう。最初こそ、その態度に皆が訝しんだが、アーロンだと気が付くと道が綺麗に分かれていく様を後ろから見ていた。
「このティーリング公爵令嬢は、私の愛情欲しさに、我が国の王妃となる聖女メアリーを爵位を笠にして学園内でいじめ、恐喝し、大変苦しめた。この国では、聖女メアリーは、もっとも守られるべき存在であるにも関わらずだ」
「クスっ、私も国に守られるべき聖女なのですけどね?」
アルメリアの反論は聞こえていないようにふるまい、レオナルドは、言葉を続けていく。
「よって、このたび、私はかねてより考えていたティーリング公爵令嬢との婚約を破棄し、聖女メアリー・ブラックを正式に婚約者とすることをここにいるみなに発表しよう!」
どっと沸く会場。今日の夜会は、レオナルド派の者が多く招待されているので、さぞ、いい気分だろう。意気消沈とまではいかないが、ティーリング公爵の派閥の者は、少々不服そうにしているのが見えた。
それを壇上からつまらなさそうに見ているアルメリアが羽ペンを手に持つ。
「レオナルド殿下、ご婚約おめでとうございます!」
アルメリアは、自分に浸っているレオナルドにニッコリ笑いかけ、「そろそろ、署名してもいいですか? 一刻も早く、あなたとは婚約破棄したいのだけど」と促しているようだった。
それにも関わらず、レオナルドは下衆なことをアルメリアに言い放った。
「婚約破棄はしよう。ただ、第二妃として、アルメリアの愛を受け入れてやってもいいぞ? 私のことを慕っていたのだろう? ここしばらく、学園に顔を出せないほど、婚約破棄をされることで臥せっていたのではないか?」
レオナルドの下卑た表情を退屈そうに見ているアルメリア。最上級の笑顔を振りまいた。
「レオナルド殿下、寝言は寝てから申されたほうが、いいですわ! 学園に行かなかったのは、レオナルド殿下の顔を見るのも不愉快だったから。私は楽しく王族に与えられる特別別館で学園生活を送っていましたわ! レオナルド殿下こそ、取り巻きも含め、学園に行かれていなかったとか。勉強がお出来にならない殿下こそ、学園で学ばなければいけないことがたくさんあるように思いますけど、私が怖くて、学園に来れなかったのですか?」
「……それは、どういう……ことだ?」
「どうもこうも、何か勘違いをされているのかわかりませんが、私、レオナルド殿下より、立場は上でしてよ? レオナルド殿下と婚約破棄できて、せいせいしておりますの! やっと、やっと……願いが叶って、婚約破棄できるのです!」
「なっ、何を言っている! 私のことを好いていたのではないか?」
「頭が痛くなってきましたわ……。私が殿下を好きになったことなど、1ミリもありませんわ!」
冷たい視線をアルメリアはレオナルドに向ける。その蔑んだ目は、この僕が初めてアルメリアを見た日のようでゾクゾクする。
「メアリーにちょっと色目を使われたからって、レオナルド第二王子如きが、聖女である私を愚弄していいわけではありません。王ですら、私にひれ伏すというのに」
「そんなこと! 嘘だ!」
「嘘だと思いますか?」とレオナルドへ笑いかける。気品に満ちたアルメリアのその微笑みは、女王様降臨だ。
「ふふっ、おもしろい冗談を言えるようになったと期待していたのですけどね? レオナルド殿下」
「……そ、……」
「震えるばかりで、何も言えないのですか? 私と対等な方は、この国では、ただ一人のみ。魔王様以外、いらっしゃらないのですから!」
「……魔王? 魔王だと!」
「えぇ、魔王様以外、私と対等ではありませんの! レオナルド殿下なんて、お呼びではありませんわ!」
「魔王など、古の存在だろう!」
「聖女も同じく古の存在ですけど? 魔王がこの世に生まれたとき、聖女も生まれる。子どもでも知っている昔話ですわ!」
ふんっと鼻息荒く、蔑んだ目で、アルメリアはレオナルドを睨む。分が悪いのか、レオナルドは、わなわな震えながら、メアリーを抱き寄せ、唇を噛んだ。
……あぁあ。こんな公衆の面前で、バカだと言われてしまったな。とても残念だよ、弟よ。
「さぁ、お望みどおり、婚約破棄に関する書状に名を書きましたわ! これでよろしいですか?」
「……な、勝手に書くな!」
「書けと言って夜会に呼び出したのに、書くなと? 私を第二妃にするとさっきおっしゃりましたけど……聖女である私にたいして、失礼極まりない。もちろん、お断りいたしますわ!」
婚約破棄の書状をずいっとレオナルドへ渡す。その書状は、僕が作って、王に渡したものだ。割り印があるので、不正ができないし、魔王である僕は未知数なので、王は僕の言うことにも従うしかない。
……僕も、一応、王の正当なる息子。何年も放置してたんだから、それ相応の贈り物をしてもいいはずだからね。それにしても、まだ、アリアは言い足りないようだな……。
「それに、とても残念なことがあって……、レオナルド殿下からの婚約破棄の申し出以外、私から申し出ることは、父から止められていましたから、レオナルド殿下のおかげで、やっとおバカな殿下のお守から解放されて自由になれましたわ!」
「ありがとうございます!」なんて言うものだから、レオナルドがしっかりプツンと切れてしまう。
「ジーク、アリアを守って」
「はっ、ただいま」
アーロンが開けた道をジークハルトが風のように駆けていく。壇上にいるアルメリアに対して、乱暴を働こうとしているレオナルドの腕をジークハルトが捻りあげた。
「いたっ、痛い! なんだ! 俺は、この国の王太子だぞ? そんなことして、ただで済むと思っているのか!」
「ジーク! 何をしている、このランス家の恥さらしめ!」
壇上に、ジークハルトとよく似た青年が、レオナルドを助けに向かった。そのとき、王だけが使える大広間の扉が開いた。
その瞬間、みなが驚き、そして、跪く。
「みなのもの、面をあげよ」
よく通る声に、跪いたものたちが、一斉に立ち上がる。
「父上! この者を処罰してくださいっ!」
ジークハルトを指さし、王という大きな権力に頼るレオナルド。王が、レオナルドを見た後ため息をつき、首を振る。なお、王を呼ぶレオナルドを無視し、アルメリアの側へ向かう。
「すまなんだな……私たちの我儘に巻き込んでしまい」
「……とんでもございません」
「そなたは、そなたが好きな者と一緒になるがよい。そして、この国の母となるべく、努力を続けなさい。聖女アルメリア」
「……陛下」
アルメリアから手を離し、壇上の一番前へ向かう王。
「みなのもの、よく聞け!」
一拍したのち、はっきりとした言葉で、王は魔王復活を知らせた。
「魔王様が、復活なさった! 聖女アルメリアが、力を取り戻した日のことだ。名は、ジャスティス。この国王位継承権第一位、ジャスティス。前へ来られたし」
アーロンが作った道を、マリアンヌ、サティア、グレンを引き連れ歩く。途中で、アーロンが合流し、壇上にいた王の前まで向かった。
その場で、ジークハルトを含むアルメリアの花を持つものが、僕の後ろで膝をついた。