龍にとって『運命』という言葉ほどこの世で信用できない物は無かった。
もし自分に掛けられた呪いが運命だったのなら、これまでの400年間は全て運命によるものだったということになる。
前世で何をすれば、この世界で400年生きる運命になるのだろうか。
人生、自分の力で決められないこともあるがそれでも龍の400年における人生ではほとんどが自分の判断で生きてきたつもりだった。
だがこの時だけは、まるで神に操作されたかのように感じた。そして後に龍は、あれこそ運命だったと振り返ることになる。
第二日本国神奈川県横須賀市、横須賀市の中でこそあるが特別行政区域である魔杖の森、そしてその中でも神報者でしか入れない転の儀場に龍はいた。
目的はただ一つ、この世界にやって来る旧日本からの転生者を迎え入れることだ。
つまり異世界転生である。ただ明確に他の異世界転生と違う点は……転生者が月一でこの世界にやって来るてんだろう。
本来神報者、その名の通り天皇陛下に変わり神に報告するのが仕事の龍のもう一つの仕事がこの転生者を迎えに来ることである。
龍が愛用の懐中時計で現在時刻を確認する。現在時刻17時15分。
「……遅いな、珍しい」
龍の記憶が正しければ例の現象が起こるのは大体17時だ。数分程度のズレこそあるがいつもその時間に現象が起こるはずなのだ。
だがそれが起こらない。
一応日付を確認するが間違っていない。
ならば偶々今日はない?そんなことは無い。
龍が神報者となってから一度たりとも転生が行われなかった時が無いのだから。
ここまで来れば逆に何故現象が起こらないのか不安で仕方が無くなる龍だが、その不安は杞憂だった。
転の儀場の中央部、かすれた魔法陣を中心に風が吹き始めた。
(……俺の時計がずれてただけか……また修理に出さないとな。……ん?)
儀式の遅れを時計の故障と無理やり納得しようとした時だった。
いつもならそよ風レベルの風がまるで強風レベルだ。
「……いつもと感覚が違う?時間のずれといい、今回は一体何なんだよ……!」
いつもの儀式とは違う異様な雰囲気の中、龍は誰一人魔法を行使していない、突如として行われる説明不可能のいつもの儀式を不安そうに眺めていた。
(ここまで強風だと、周りにも波及してるだろうしこの異変にもあいつらが早々に気づくか……ならいつも以上に早く撤収しないとか?)
この転の儀場、周りは深々とした森である。
そして神報者以外は居ることを禁じられている。
つまり周辺の整備が不可能なのだ。一応龍自身で軽い道の整備はしたがそれでも周辺には野生動物はうようよしている。
普通なら結界等を張って野生動物が入れないようにするのが一般的だが不可能だった。
龍より魔法に精通しているエルフ族のバリアスですら『あそこは私でも知らない魔法陣で先に結界が張られている。新たに結界を張ることもすでに張られている結界の内容を変えることも不可能だ。まあお前なら大丈夫だとは思うが』と手上げるレベルだ。
そして唐突に風が止むと、魔法陣の遥か直上に龍が見たことも無いけた違いに輝く光の球体が現れたかと思うと、それはすぐに巨大な人一人が入るサイズの花の蕾に変化した。
「……まあ、いつも通り識人が来たんだ……いつも通りに対応するだけだ」
先程の違和感を無かったことにした龍は、いつもの手順を開始した。
転生してきた人は全員例外なく、蕾の中で裸になっているのだ……男女にも例外なく。
だからこそ龍はいつもカバンの中に男女二種類の服を用意している。
それを取り出すと徐々に降りてくる蕾の前に移動した。
そして魔法陣の中心に蕾が降りると、ゆっくりと花びらを開いた。
「……ん?……おっと?」
花の中心を見た龍は少し驚いた。花の中心にいたのは……裸の少女だけだった。
「……あの風も光り方をしておいてこの子だけか?」
龍は400年生きることで様々な新しい情報を新しい転生者から聞いていた。
その中にガチャというシステムがあるのも聞いたのだ。
何が出るか分からない、だがスマホゲームのガチャには特別なものが出来るときに限って特殊な演出が現れると聞いたのだ。
もしかしたら今回はそれに習い、転生者が二人とか、何か特殊なものが入っているのではないかと少し期待していたのだ。
だが結果は少女一人だけという呆気ない物だった。
「……まあいいか」
龍が花の中心で眠っている少女に近づく。
すると少女は寝返りを打ち仰向けになった。
その時だった、少女の胸元にある小さいほくろに目に入った。その瞬間である、龍の脳内にとある感情があふれ出した。
別に医者では無かったが、男女関係なく裸体は目にしているため変な感情を抱くことは無い。
だがこの時の感情は全く別の物だった。
『懐かしさ』を感じたのである。
(何だこの感覚……始めて見る少女なのに何処か懐かしさを覚えてる?待て待て、俺は少なくとも400年は生きてるんだぞ?つまり今転生しているのは400年後の旧日本からきた少女ってことになる……なら面識どころか、この子が俺を知る手段なんてほぼないはずだ……じゃあなんで懐かしく感じるんだ?)
「……とりあえず服被せるか」
龍が少女に服を被せ、撤退するための準備をしようとした……その時である。
「う、うーん……え?」
(起きた!?馬鹿な!?こんなすぐに起きた事など……今までないはずだ!)
今まで転生した者は最低でも一時間は寝ていた。
だからこそ安全に龍が撤退することが出来たのだ。だが今少女は例外に起床した……つまりどのような行動をするか分からない以上、撤退する時間が取れなくなる恐れがあるのだ。
それはつまり先ほどの現象と相まって例の生物が襲ってくるまでに撤退するための時間が取れなくなるのである。
(衣笠が言っていたな、大抵の人間は笑顔で接すれば暴れることは無いと……時間が少ないんだ……ここは一か八か……やってみるか)
龍は少女に顔を向けると出来る限りの笑顔を向けて少女に向かって手を差し出しながらこう言った。
「おはよう、起きれるかい?初めまして、俺は龍だ。君の名前は?」
少女は目をこすり、目をパッチリ開けた。そして自分の服装、状態、龍の顔を繰り返し見るとある程度状況を把握しようとし……完了した。
そして満面の笑みを龍に見せながら少女は龍に予想とはまた違ったものを返した。