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愛和事件 4

 ……指さしたのはあたしの方向だ。だがちょっと待ってほしい、今なんて言った?着物の方?少し見回すが師匠以外に着物を着ている人は居ない……つまり選択されたのは……。


「ん?俺か?」


 そうなる。師匠は確認の為に自分を指さす。


「はい、あなたです」


 これは想定外です。だがちょっとこれは使えるかもしれん、あたしは師匠についてほとんど知らない。まあ聞かないあたしも悪いっちゃ悪い、だが日々国会から送られてくる書類と格闘していて話す暇がない師匠を見ているとどうしても話し掛けにくいのだ。


 だがこの場で塩沢が師匠の身の上話を出来るだけ引き出してくれれば師匠について何か分かるかもしれない!他力本願この上ないが塩沢さん!頼んます!


「……まあいいか」


 師匠は数秒悩むがここで拒否をしても怪しまれるだけで意味が無いと思ったのか、前に出た。


「ほう?これは興味深い」


 その様子を見て士郎さんが呟く。


「と言いますと?」

「先ほども言いましたが、ホットリーディングであれば宗教側が予め信者に情報を入手させればいいので難易度は低めです、そのために椅子の席と立見席で分けたんですから。ですが今回は違います、緑のネームホルダー……つまり事前情報が何もない人の悩み相談になるんです、これこそコールドリーディングで情報を引き出さねば先ほどの相談と整合性が取れなくなる。それぐらいは分かっているはずですが」


 なるほど、それに師匠は自分の事を他人に言う性格ではない。例え必要があっても自分の情報を出す相手は選ぶだろう。ならいくらコールドリーディングを巧みに使う塩沢でも上手く情報を引き出せるのかと少々不安になるけど、別に無理なら後で自分で聞けばいいだけだ。


 ここは一旦遊びとして見てみるか。


「ここにどうぞ」

「ああ」


 塩沢さんに促され先ほどまで前川さんが座っていた椅子に座る。そして塩沢も椅子に座り、お悩み相談二回目が始まった。


「では……まずはお名前からどうぞ」

「……草薙、龍之介だ」

「龍之介……少し変わった名前ですね」

「まあ……よく言われるよ」


 そうか?龍五郎よりは現代よりの名前だろ、だって旧日本の俳優だかに龍之介っていなかったっけ?まあそんなことはどうでも良い事だ。もう一つ気になること、草薙……初めて聞いた苗字だ。いや旧日本でもこの日本でも良くある名前だとは分かってるけど師匠から草薙という苗字を聞いたのはこれが初めてだ……誰の苗字だろうか。


「では始めましょうか」


 そういうと先ほどと同じように水晶に手をかざす。


 数秒後。


「……!」

「……?」


 何かに驚いた仕草をする塩沢とそれを謎に思う師匠。


 ……コールドリーディングならこれから会話で情報を聞き出すんだよな?なら塩沢さんはどう切り出すんだ?


「……そうですか、あなたが……それに……うん」

「どうかしたか?」

「いえ……あなたの悩みは……ご家族について……それも二人、奥様とご子息についてですか」

「……なっ!……」


 驚いた。師匠があたしの振る舞いややらかしに驚くことはあっても基本他人から何かを言われて驚くことは無かったはずだ。後ろ姿でも分かる、師匠は恐らく本当に今まで言わなかった……いや打ち明ける気すらなかったことを的中されて驚いたのだ。


 それに師匠がかつて結婚していたのも知っているし、子供がいた事も知っている。だが結果的に師匠を除いて一族が滅亡したのは知っているがその原因は知らない。


「……ある意味当たっているかもな。悩み……とまでは言えないが。心の奥に引っかかっている物ではあるな」

「それを解決する気はないと?」

「永久に解決することは無い。あくまで気持ちの問題だ、それに特段この悩みがあるからといって仕事に差し支えは無い」

「そうでしょうね。ですがいつかそれが……あなたに選択を迫る問題となるかもしれません。その時が来たらどうするのですか?」

「……その時は……うむいつも通り何とかするさ、今までも……これからも」

「そうですか」


 何を……話してるんだ?ていうか具体的な中身を言え!中身を!短縮言語で喋るなや!こっちでも理解できる内容話してくれい!


「ありえない」

「え?」


 師匠と塩沢さんの会話に夢中になっていたけど、どうやら士郎さんも何かに驚いていたようだ。


「士郎さん、どうかしました?」

「アリスさん、塩沢さんの第一声を覚えていますか?」

「へ?確か……家族の……奥さんと息子さんについて……だったっけ?」

「ありえないんです」

「何が?」

「先ほども言いましたがコールドリーディングとは本来、抽象的な……誰にでも当てはまることを言って相手を安心させる手法であり、あくまで必要なのは観察力、そして相手との会話で情報を引き出すためのコミュニケーション能力です。ですが第一声で龍さんの悩みを的中させた、これはコールドリーディングどころの話ではありません。心を読む能力……というものでないと説明できません」

「……おっと?」


 んー?待ってくれ?心を読む能力?この世界で?つまりギフト……つー事になるよな?名前忘れたけど国家公安委員会補佐の……記憶を読むことが出来るユニークと似てる……もしかして……顔を隠してるのって……ギフトを使ってることを隠すためか?


「……お前は未来が分かるのか?」


 師匠が塩沢に尋ねる。


「残念ながら、私にはその方の過去も未来も分かりません。ですがその人を見ればどのような人かはおおよそ検討は出来ますし、そのような人がどのような行動取って来たか、これからどのような行動をとるのかは推察できます。その程度です」


 いやいやいや!それも中々凄い能力っすよ!それもギフトっすか!


「これはコミュニケーション能力の一つですよ。まあ別名、推理とも言いますが」


 あ、はい。


「なら……俺がいつ死ぬのか、それを占ってはくれないのか」

「残念ながら」


 そうか……悩みの中身は知らんけど、師匠は死にたがっているのか。理由はどうあれ家族を全員失くして一人になったらあたしだって死にたくなるわ。まあ家族持った事ないので、あれですが……あ、旧日本で若くして死んで、旧日本の家族を悲しませたったってのは無しで。


「私であれば……何とかできるかもしれません」

「ん?おやあんたは……」

「教祖様!」


 塩沢を含めた信者全員がその場で男向かって深々とお辞儀をした。そして塩沢さんが言った『教祖様』という単語、これだけでいきなりこの場に現れて全員の視線を集めた男の正体が判明する。


 40代……いやちょっと分からんけど、本当にこいつが教祖か?と言えるほどその辺に居るおじさんという見た目だ。まああたしの頭にあるカルト宗教の教祖のイメージがオーム真理教の麻原に固定されており、カルト宗教の教祖イコール汚らしいおっさんていうイメージしかない。


 だがこの人は違う。確かに格好は麻原のような……服の名称が出てこないので麻原の服とでも言っておこうか、を着ており明らかに宗教関係者だとは分かるが皆の反応や教祖様と呼ばれない限りそう認識できないぐらい普通のおじさんだからだ。


「教祖……つまりあんたが愛和の会の……」

「はい……教祖とは言われておりますが……愛和の会、会長の原沼影向はらぬまようこうと申します」


 あのさあ……あたしの物語のラスボス……いや中ボスですらねえんだけども、黒幕さんは何故……何故名前に沼の字入んの?そういう仕様なの?


「お初にお目に掛かります……神報者殿」


 原沼が師匠を神報者と呼んだ瞬間、会場が一気にざわめき立ち始める。そりゃあそうだ、神報者は帝、つまり天皇陛下に仕えているのだ、他の宗教の集会に居るなど誰が予想できようか。


 というより師匠も師匠だ。神法者と言われるまで誰一人からも気づかれないとは……影が薄いのか名前だけを憶えられて顔なんて表に出してないのか定かでは無いけど……へたすりゃ今の帝よりも希少存在になってません?


「まったくお前が神報者と呼ぶからただでさえ人が多い会場がうるさくなったじゃないか」

「それは……申し訳ございません。そうですね……この機会です、私も神報者殿とお話をしてみたいと思っていたんです。場所は用意いたしますのでお時間があればですが……いかがでしょう?」

「……そうだな、異文化……いや、異宗教との交流も悪くは無いか……少しだけなら構わん」

「ありがとうございます。お連れ様はどうします?」

「は?」

「お弟子さんで神報者付の……アリス様でしたか?先ほどから一緒に居られる方がそうでしょう?」


 原沼があたしを指さした。どうやら師匠が普段一人でいること、その師匠が警戒もせずに一緒に居るあたしを見て神報者の弟子と判断したんだろう。


「あいつが望むのならな」


 師匠はあたしの方を見ると軽く指先であたしにだけ分かるように手招きをする。自分にこれだけの注目が集まったのだ、ここであたしを呼べば確実にあたしに注目するのは当然だろうと判断したのだろう。


 さてどうするか。ただの宗教の集会に来たつもりがまさかその教祖と話すチャンスがうまれるとは。もし入信しても教祖を見る機会は増えるだろうが、個々で話す機会は早々訪れないだろう。まあ個人的に人間的な魅力がある……俗にいう美人とか頭がいい人なら別だろうが。


 となればこれはいきなり教祖と師匠は居るが話すことが出来る特大のチャンスと言っても過言ではない。別にあたしが西大の学生について聞く義務はないが、それでも宗教団体の教祖としている人間の話を聞くのはとても興味がある。


「アリスさん、行っても構いませんよ」

「え?」


 ここで何とあたしの背中を押したのは士郎さんだった。


「神報者付、龍さんの弟子という立場だからこそ現れたチャンスです、教祖に直接聞けるんですから。残念ながら我々は同席できませんので、引き続き法学部の学生を探してみます」

「……分かりました」


 あたしが師匠の下へ動くのを確認した師匠と原沼は数人の信者を引き連れて会場の入って来た入り口とは違い、別のドアで外に出ていった。


 あたしも二人を追うように会場の外側を回るように歩くとすでに信者がすでにあたしの顔を覚えていたのかそれとも集会が始まった時、原沼があたしがアリスだと信者たちに周知させたのか、全員があたしの一挙動を監視するように見ていた。


 その視線に少し気味悪さを感じながら二人が出た扉の前にやって来る。そしてあたしを確認した信者が静かにドアを開けると以外にもあたしを待っていたんだろう、二人があたしを出迎えた。


「では参りましようか」


 そういうと原沼が階段を上がっていく。そしてそれに続くようにあたしと師匠が階段を昇って行く。


 ……教祖様と一対一……じゃねえや一対二の対戦が幕を開けた。


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