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14 金色



 夏目と店に来た想はため息をつきながら開店準備に取り掛かっていた。


「夏目さん、ちょっと待っててな~すぐ準備するし」

「想、ゆっくりでいいよ……」


 想は急いでキッチンの中に入って準備をし始め、夏目にはなんだかんだ世話になっているので美味しいコーヒーを淹れようとカップを温めていた。



 ~ カラン ~



 想が夏目に見守られコーヒーを抽出してるとドアが開いた。


「いらっしゃいませ~って、りゅうくんやん!」

「想~今日店開くん遅ないか?」

「あ、あ、ごめん、ちょっと寝坊や」

「ふーん、まあええけど。いつもの頂戴!」

「ほいほーい」

 りゅうと呼ばれたのは、想と上京した時期が一緒だった友人だ。何度か一緒のオーディションで知り合い、すぐに仲良くなった同じ関西出身の役者。付き合いは五年程になる。

 想が俳優になる夢をあきらめる事になったのは、この龍の演技を間近で見たことがきっかけだった。

 大手の芸能事務所に入っている龍は昔から演技が抜群に上手く、見ている人を魅了する力があった。


 最近そこそこ売れてきた俳優になってきたと龍本人が想に言っていたが……テレビや雑誌をあまり見ない想にとっては当然わからないので、信じてもいなかった。


「は~、やっぱこの店は落ちつくなぁ」

「ありがとう、嬉しいわ」

「あれ? そういや今日は多部ちゃん来てないやん?」

「あ、多部ちゃん。た、多部ちゃんは忙しいんやろな……」


 想は多部の仕事の事を知ってしまった以上、誤魔化すしか無かった。

 多部は常連になってから、いつもカウンターでコーヒー飲んでおり自然と龍とも仲良くなっていた。


「そっか、まあしゃあないな~イケメンが拝めるかと思ってたのに!」

「いや、目の前みて! 俺いるやん?」

「ん?」

「いや、俺やん!」

「おい、想! エイプリルフールはまだ先やぞ?」

「おいっ、なんでやねん!」


「あははははっ」


 二人の会話を静かにカウンターで聞いていた夏目がケラケラと笑いだす。


「ごめん、ごめん、二人の掛け合いが楽しくて」

「夏目さん……ありがとう、嬉しいわ」

「ありがとうございます……えっと、こちらは?」

「あ、夏目さん。ちょっとお世話になってる人……やな、うん」

夏目亮なつめりょうです。よろしくお願いします」

室井龍むろいりゅうです。よろしくお願いします」

「えっと、朝日向想あさひなそうですよろしくお願いします」


「知っとる!」

「知ってるわ!」


 完璧な二人のツッコミが同時に行われたので、夏目はまたケラケラと笑っている。


 お互いの緊張も解け、そこからは三人でたわいない話をしたり、最近の龍が出演をしたという作品の話を聞きながら楽しく過ごしていた。



 ーーーーー


「ごちそう様! ほなまた来るな~」

「え~もう行くん?」

「売れっ子は忙しいんや~! ほな、想、夏目さん、またな」

「ホンマかいな! また来てな」

「またね」


 龍と夏目が思ったより仲良くなり、想も嬉しかったので、帰ったら多部にもその話をしようとニコリと笑っていた。


 やはり店を手放さなくてよかったてと想は心の底から思っていた。



 ◇◇◇◇


 夏目は龍を想と共に見送り、嬉しそうな想に声をかける。


「二人は仲良しなんだね」

「そやね、上京した時期が一緒で同郷どうきょうやし、自然と仲良くなってん」

「なるほど」

「マスターが亡くなってお客さん減ったんやけど……龍くんは俺のコーヒーを気に入ってくれて毎日来てくれてん」

「そうなんだね、確かに想のコーヒーは美味しいよね」

「ありがとう! 多部ちゃんもコーヒー美味しいって褒めてくれたねん」


 想と話しながら夏目はチラリと店内を見渡し常連達という人を見ているが、コーヒーのファンもだけれど絶対想に惚れてる人も多そうだと思っていた。


 想はあまり詳しく知らないようだが、室井龍むろいりゅう今をときめく俳優だった。奥の席に座っているのはアイドルグループの男。それに、あのテーブルはイケメン社長で有名な大企業の社長とスポーツ選手。


 小さなコーヒー店には似つかわしくない程の面子が揃っている。


 夏目は想が泣きついたら皆、揃って借金なんて肩代わりして払いそうだと思っていた。現に多部がそうだったように……


 これは、流石に連夜に報告がいるだろうと思うと夏目は今から気が重くなっていた。



 そんなとき、ふいにドアが開く音がする。



 ~ カラン ~


「やっほー! 想~」

「あ、佐倉さくらく~ん」

「空いてる?」

「ん~ちょっと待ってな」

 空いてる席をキョロキョロとまるでウサギのように探している姿に、その場に居た人たちの目線は想に釘付けだった。

 しかし、誰一人と席を立とうとしないのを見て、夏目が話しかけた。


「想、もう俺はそろそろ行くから、大丈夫だよ」

「えぇーそうなん?」

「ふふ、閉店前にまた迎えに来るよ」


 こっそり想に呟くと、佐倉と呼ばれた金髪の小柄な男性に席を譲る。


「ここどうぞ?」

「えぇ? いいの? ありがとうございます!」

 佐倉は元気いっぱいの人懐っこい笑顔を夏目に向けお礼を言う。

「ふふ、どういたしまして」

「佐倉くんは多部ちゃんとも知り合いやねん」

「そうなんだ、多部からは聞いたことなかったよ」

「えー佐倉くんと多部ちゃんめっちゃ仲良しやねんで?」

「そっか、また聞いてみるよ(多部がねぇ……珍しい)」

 想の言葉に相槌を打ちながら、出て行こうとする夏目が、佐倉とすれ違った時懐かしい匂いが鼻腔をくすぐったようで振り返る。


 驚き顔をしている夏目だったが、きっとたまたま同じ香りだろうと自分に言い聞かせていた。 



 こんなところにいるはずも無いのだから……



 夏目が毎日会いたくて、会いたくてたまらない人の事を思い出しながら想の店を後にしたことを知っているのは夏目だけだった。



ー 元気にしてるかな。会いたいよ……彰太しょうた ー







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