最近、姉がおかしい。
僕、リッド・ランドルフにはマリアと言う一つ上の姉がいる。
綺麗で、優しくて、頭もいい、おまけに魔法や剣術も出来ると言う完璧な姉である。
その完璧さゆえに、巷では天使とか神に愛された子なんて言われたりもしているらしいが、僕ら家族の間では昔母さんが食べた野草が原因で起きた突然変異なんじゃないかなんて話が出ている。それくらい姉さんは完璧な人だ。
だが、そんな姉さんの様子がおかしい、非常におかしい、とてつもなくおかしい。
どれくらいおかしいかと言われると、朝起きた時に交わす、おはようございますに続く言葉が「よく眠れましたか?」から「朝のうんこはどうでしたか?」と言う謎の質問に代わるくらいだ。
それを使用人たちにも聞くので、使用人たちもどう答えればいいか困惑し、ちょっとした問題にもなっているらしい。
話によればどうやら姉さんは、うんこの聖女とやらを目指しており、おかしくなったのもその影響だと思われる。
うんこの聖女って何?って疑問と、何故そんなものに?といった疑問が話を聞いた人たちの間で飛び交っているらしいが、幼い頃から一緒にいる僕からしたら別に不思議でもない。
姉さんは確かに完璧だが、好奇心旺盛で、興味を持ったら一直線になるところがある、今回はそれがうんこに向けられただけの事だ。
周囲からは勿論反対の意見が大半だが、人の意見などものともしない姉さんは着々と周囲を説得し、うんこの聖女になる準備を進めている。
そして、その噂は徐々に世間にも広まっていき、とうとう僕の通う領主の後継候補生の幼少学校にも流れてきていた。
――
「ただいまぁ……」
「あら、リッド君、お帰りなさい。」
学校から家に帰ってくると、広間では姉さんが紅茶を飲んで寛いでいた。
その優雅に飲む姿はまさに淑女の手本のようで、普段下品な事言ってる人とは思えない上品さがある。
「何やら元気がないですね、学校で何かありましたか?」
顔に出ていたのか僕の表情を見て、姉さんが尋ねてくる。
「私で良ければ話を聞きますが?」
「……」
言えない、と言うよりいいたくない、姉さんが原因で同級生から揶揄われているなんて。
……いや、寧ろ言うべきだろうか?
うんこの聖女になる事は父さんや母さんとはもう話して承諾を貰ったようだけど、僕だって弟なんだから、僕にも聞いてもらう権利はあると思う。
一体どうやってあの二人を説得したのかは知らないけど、僕は姉さんがうんこの聖女になるなんて反対だ。
そうだ、この際だから僕が説得しよう、姉さんのやさしさに漬け込む様で悪いけど僕の事情を話せばもしかしたら考えを変えてくれるかもしれない。
そう考えると、僕は無言で姉さんの前の椅子に座る。
「アンナ、リッド君にもお茶を――」
「いや、いい、アンナの淹れるお茶ってあんまり美味しくないし。」
姉さんが専属のメイド、アンナにお茶を入れさせようとするが僕はそれを拒否する。
アンナはその見た目から一見有能そうに見えるが、実際はかなりのポンコツである。
口数が少ないのも、クールっぽく有能そうに見えるという何とも浅い理由で、家に来た時はよく幼い姉さんの可愛らしい仕草一つ一つに悶絶してたの覚えている。
だが実際その姿に引っ掛かる人もいるのでなんか腹立たしい。
「確かに、初めの頃はあまり美味しく感じませんでしたが、人というのは日々成長するものです。」
「そ、そう?じゃあちょっとだけ……」
そう言われて注がれたお茶を興味本位で一口飲む……うん、美味しくない。
「……以前と変わらないんだけど」
「飲んでいるとそのうち飲めるようになりますよ。」
「それ、飲んでる側が慣れてるだけじゃん」
どうして飲む側が成長しなきゃいけないんだよ、しかもまだ姉さんも美味しいとは言っていない。
「と、とにかく、もうお茶は要らないから。」
「それは残念です、それで、どうしましたか?」
「学校で揶揄われてるんだよ、姉さんがうんこの聖女だって。」
僕は濁すことなくはっきり告げる、しかし姉さんはただ首を傾げるだけだった。
「私はまだ見習いのようなものですが、しかし何故私がうんこの聖女だとリッド君が揶揄われるのでしょう?」
「それは、その、うんこが臭くて汚いものだから、うんこの聖女の弟の僕も同じように思われてるんだ。」
「なるほど、それは至らぬ誤解を受けていますね、うんこの聖女と言うのはうんこが聖女ではなく、うんこを信仰する聖女ですのでそこをしっかり説明さえできればきっと大丈夫です。」
「そういう問題じゃないんだよ……」
姉さんは学校に通っていないから根本的な原因をわかっていない。学校ではうんこというだけで笑いの対象になるんだ。
以前学校でうんこをした友達がその日から、うんこした事でずっと皆から笑い者にされていた。
それがあってか学校でうんこをする人はおらず、僕もお腹が痛くなっても家まで我慢している、確かに少し子供っぽいって思うよ。でも、まだ僕たちは子供だからしょうがないんだ。
その事を姉さんに説明した。
「リッド君」
「な、なに?」
姉さんが珍しく真顔でこちらを見る。
「お父様もうんこをします。」
「え?」
「お母様だってうんこをしますよ、嘘だと思うなら一度お父様達がトイレに行った時、聞き耳立ててみてください、うんこをする音が聞こえてきますから。」
「嫌だよ、そんな両親の尊厳を破壊するような行為……」
「いいですか、リッド君。うんことは生物が生きるには必要不可欠な行為です。もししない人がいるならその人は恐らくまともに食事をとっていない人か病気の人でしょう。学校で揶揄っている子達も家ではしっかりうんこをしています。」
「そ、それはそうだろうけど……」
「確かにうんこは臭く汚らわしいものです。ですが、だからこそ私たちが綺麗でいられるのです。私たちの中にある不要な物がうんことして出ていく、いわば私たちの中にある悪いものを一人で背負って離れていってくれるのです。なのにそんなうんこが馬鹿にされるのはおかしいと思いませんか?」
「ま、まあ確かに……」
「そしてうんこをした人が臭い汚いだなんて、むしろ逆です、うんこを我慢すると言うことはお腹の中にうんこがあると言うことです。つまりうんこを持ち歩いているようなものなのです!」
姉さんの鬼気迫る熱弁になんだかその様な気がしてくる、まあ確かにそう言われればそうなんだけど。
「そこを是非皆さんに説明してみましょう。」
「う、うーん。でも通じるかなぁ……」
「わかりました、ではうんこの聖女候補として私がその方達にうんこの素晴らしさを説いてみましょう、うんこの聖女を目指す者としての初めての仕事ですね。」
結局、その日は僕の方が言いくるめられ終わってしまった。