私は早速支度を整えると、リーナを連れて、マリアの屋敷へと向かった。
……今更だけど、やっぱり突然行くのは失礼だったわよね、先に連絡を入れておいた方が良かったかしら?
勢いが先走っちゃって出発してからそう考え始めていたが、屋敷に着くと、何故か連絡もしていないのにアンナが外で待機していた。
「あれ?どうしてアンナがいるの?」
「おや?その声は、我が主の友、オルタナ様ではないですか。」
「その眼……見えてないなら、ちゃんと開きなさいよ。」
細目を意識して眼を瞑るアンナにそう指摘すると、アンナは少しだけ眼を開ける。意地でも細目になりきるつもりらしいが、今度は逆に中途半端な半開きになって、ただ寝ぼけているだけに見える。
「それで、あなたは何してるの?サボり?」
「失礼な、お嬢様のお茶くみの仕事以外は基本任されないので空いてる時間はこうして見張りをしているのです。」
「あっそう……」
皮肉交じりに尋ねたリーナだったが、彼女の返答に聞いたことを申し訳なさそうにする。
「ところで、マリアはいる?」
「はい、ですが今は修行中です。」
「修行?なんの?」
「うんこの聖女になるためのです。」
……うん……?なにそれ?
名前からするにいわゆるその……あの汚物のことよね?あれの聖女って言うのがよくわかんないけど、という事はあの記事は本当だったの?それに、修行っていったい何をしているのだろうか?
「マリアに会わせて。」
「オルタナ様なら歓迎……と言いたいところですが、残念ながらマリア様のメイドとして例え友人としても修行の邪魔をさせるわけにはいきません、行くなら私を倒してからにしてください。」
そう言って私たちの前にアンナが立ちふさがってきた。
「お嬢様、どうします?」
「お父様に言いつける。」
「……お見事です。」
「……そこはもう少し粘りなさいよ。」
あっさり引いたアンナに飽きれるリーナ、まあ初めから本気ではなかったみたいなのでしょう。
私達はアンナに連れられ屋敷の中へ入る。
すると、奥に行くにつれて、何やらごたごたしていた。
「お嬢様、おやめください!そう言う仕事は我々の役目です!」
「いえ、トイレ掃除とは修行をするにあたって欠かせない存在、これは私がやるので皆さんは他の仕事をお願いします。」
何故か、使用人総出でトイレに群がっているが立てこもりでも起きているのだろうか?
私がその様子を眺めていると、ふと使用人に紛れて困り果てた顔をしているマリアの弟であるリッドを見つけた。
「リッド、あなた方はこんなとこで何をしているの?」
「あ、オルタナ様、来てたんですか?」
「ええ、やっぱり連絡なしは失礼だったかしら?」
「別に構いませんよ、最近は皆んな連絡なしにやって来ることが多いので。」
「……皆んな?」
「はい、主に王子二人ですが。」
あ、そう……聞かない方が良かったかしら?
「ところで、これはなんの騒ぎですの?」
「姉さんが、修行とかいってトイレ掃除を始めているんですけど、主人にそんな事させられないって使用人の皆んなが説得してるところです。」
成程……あなた方も大変なのね
「とりあえず、話を聞きたいからマリアを呼んでもらえる?」
そう伝えると、使用人たちは嬉しそうに返事をして、私が来たことを口実にトイレの中からマリアを呼び戻す。
出て来たマリアは庭師の様な汚れてもいい服を着てバンダナで口を覆うといった、とても年頃の貴族令嬢とは思えない格好をしていた。
「あ、オルタナ様。ようこそおいでくださいました。」
「マリア、言いたいことは色々あるけど、まずはその服を着替えましょうか?」
私の言葉にマリアは素直に応じると、部屋に戻っていく。
それから私は、屋敷の中庭にあるガセホでリッドに経緯を聞きながら待つこと三〇分、着替え終わったマリアがやってきた。
ただ普通のドレスに着替えただけなのだが、その姿は先ほどと同一人物か疑わしくなるほど美しく、着替える前の服装がどれほど似合ってなかったのかがわかる。
マリアはリッドと入れ替わる形で椅子に座ると、見慣れたいつもの愛くるしい顔をこちらに向けてくる。
「それで、今日はどうなさいましたか?」
「今朝見た記事であなたの事で気になることが書かれてたから真偽を確かめに来たの、まあ大体話は待ってる間にリッドから聞いたわ。それでなんだけどマリア、そんなものになるのはやめなさい。」
私は単刀直入に彼女の信仰対象を否定するが、マリアはそんな私の言葉に嫌な顔することなく、ただ首をかしげる。
「何故でしょう?」
「そんなの簡単よ、貴族の令嬢たるものそのような汚物の聖女になるなんてなんてありえないわ。」
そもそもそんな存在も聞いたこともない女神、どうやって見つけられたのかが謎だわ。
「それにあなたは私が認めた数少ない令嬢であり、その……と、友達だから……だからこそ、私の友達に相応しい完璧な淑女でいて欲しいのよ。」
相変わらずいい慣れない言葉を口にすると顔が熱くなる。でもこれで少しでも私の思いがマリアに伝わってくれるかしら?
マリアは私の言葉に成程っと呟くとこちらをまっすぐ見つめて口を開く。
「オルタナ様。」
「何?」
「今や淑女の嗜みの一つとなっているドレス、どうして女性だけがスカートなのかわかりますか?」
「……え?知らないけど……」
「それは女性が用を足しやすくするためです、女性はズボンを履くと用を足す時に下着だけでなくズボンも下ろさなければならない、それを無くすために作られたのがドレスです。だから立って用を足すことのできる殿方はドレスを履かないのです。」
「へ、へえ……そうなんだ?」
成程……でも何故そんな話を急に?
「では次に、どうして私達貴族のドレスはスカートの丈が長いのかご存じですか?」
「えーと、それは……淑女たるもの無闇に素肌を見せるものではないからかしら?」
「いいえ、残念ながら違います。これは昔の方々が外でトイレを行っていた際、貴族の女性がその姿を人に見られないようにするために作成されたデザインなのです。……つまり、私たちが着ているドレスはうんこのために作られた服、淑女とうんこは大きな繋がりがあるのです!」
「な、なんですって⁉」
お淑やかなマリアがここぞとばかりに熱量の籠った言葉で熱弁してくるので、その勢いに思わずこちらも声を荒げてしまう。
「で、でも結局は、えーと……そ、それを隠すための服ってことはそれをすることが恥ずかしい事なんでしょ?なら淑女たるものそれとは離れるべきよ。」
「それは違います、うんこをすること自体は誰でもすることですので恥ずかしい事ではありません。私もしますし。オルタナ様もしますよね?」
「そ、それは……まあ、するけど。」
私は何を馬鹿正直に答えているんでしょう。
「それにうんこをすることでお腹の中のものを出すことができるのでスレンダーな体型を保つ一因ににもなります。だからこそうんこは淑女の嗜みとも言えるでしょう。」
……言えるのかな?でも話を聞いてみると言えなくもない気もする。
「では何故隠すのか?それはうんこをすることが恥ずかしいのではなく、うんこをする姿が恥ずかしいのです。股を開きしゃがみ込むその姿勢は老若男女平民貴族問わず恥ずかしいものです。だから立ってできる男性は用を足すことを恥ずかしがらず、うんこをするときだけ恥ずかしがるのです。」
確かに、そう言われればそうかもしれない、この話が嘘か本当か私にはわからないが無駄に説得力はある。
どうにか反論しないといけないのだけど、何故か口を閉じてマリアの話を聞き入ってしまう。
「では、淑女を目指す人にとって最も警戒すべきものとは何かわかりますか?」
「さ、さあ?」
「……それは、ズバリおならです!」
「……」
「おならはうんことは違い下品な音と臭いが身体から出るため、まさに淑女の天敵と言えるでしょう。だからおならをする際は場所人目の付かない場所で行う必要があり、いかに音を消すかが重要で……」
……私は、何を聞かされているんだろう?
その後も話を続けたが私はマリアを説得することができず、私はただうんこに関する知識が身につけて屋敷を後にした。
そして、その話が少し面白いと思ってしまった自分が悔しい。