マリアが水の神殿に来てから早くも一週間が経とうとしていた。
修行の内容は一日目と同じく、雑務や祈祷、そして水の魔法の授業に合わせて聖力の勉強となっており、マリアは日々の繰り返しを大事に全て完ぺきにこなしていた。
ただ、最終日には聖力の修行が組み込まれておりマリアはその修行を特に楽しみにしているようだった。
そしてその最終日が来る前日の夜、神殿の司祭たちが一度集まりマリアについての話し合いが行われていた。
「まさか、マリア嬢がこれほどとは……」
「容姿や性格だけでなく雑務や祈祷などを完璧だった。」
「はっきり言って異常ですよ!まだ十二歳で八階級の魔法を使いこなすなんて。」
「魔法だけじゃない、授業で測った聖力すらもとんでもない数値を叩きだしていました……」
それぞれが自分たちの目で見たマリアの凄さを延々と語っていく。
「どうせ貴族がまた大袈裟に言ってるものだと思っていたが、噂通り、いや、それ以上だ。」
「……やはり、彼女を水の聖女にするべきではないでしょうか?」
一人の若い司祭が言ったその一言に司祭一同は言葉を詰まらせる。
「……確かに彼女なら水の聖女様になれるかもしれん。だが、彼女は別の女神の聖女を目指しているという名目でこの神殿に来たのだ、無理強いなんてできんよ。」
「だからといってあれほどの少女を放っておくわけにもいかないでしょう。それに歴史に名を残せるほどの才覚の持った子をみすみす汚物の聖女にしたとなっては、国や我々は世界中の笑いものにされますぞ。」
「それに先代の聖女が引退してから早八〇年、聖女不在の状態が続き、ここにいる誰も女神様のお言葉を聞けていないのです!ここは多少強引にでも彼女をこちらに引き込むべきです。」
「だからこそ、レインに期待がかかっているわけじゃないか。あの子も十分素質はある。」
「だが、マリア嬢ならもしかすれば、エスティナ様以来の神聖女に選ばれるかもしれないぞ?」
その一言に再び沈黙が訪れる。
聖女エスティナ……女神アクアリーゼが選んだ最後の神聖女であり、最も愛した聖女と言われている。
彼女が聖女として活動していた期間は決して長くはなかったが、その年月の間で多くの偉業を成し遂げ水の女神の信仰は大きく広がった、若くして死んだこともあって今ではアクアリーゼに匹敵するほど神格化されている存在だ。
誰もが彼女の再来を望んでいるだけに、その名前を出されると、司祭たちも簡単には否定できない。
「……だが、どうするつもりだ?彼女自身望んでいなければ、応じないだろう?強引に聖女にできるような相手もない。」
もしこれが平民なれば、金や権力で丸め込めただろうだが向こうは伯爵貴族で父親は城の騎士団長を務めている。とてもこちらに説得できるようなカードはない。
だが、提案した司祭はニヤリと笑う。
「簡単なことですよ、彼女はまだ聖力の修行を受けていない、ならば聖力の修行と称してそのまま聖女の試練を受けさせればいいのです。彼女ならその資格もあり、きっと見事に成し遂げるでしょう。」
「それはつまり騙すという事か?」
それは水の信徒として許されるものではない、だからといってこのまま彼女を手放したくはない。
司祭たちの間で大きく揺らぐ。
「なあに、最終的に選ぶのは彼女です、ですが彼女もやはり人の子です、口では拒んでもいざ水の聖女になれるとなれば、汚物よりこちらを選ぶでしょう。我々は背中を押すだけですよ。」
「……わかった、ならばやってみるか。」
ーー
本日はマリア様の修行の最終日、たった一週間ですが、マリア様はあっという間に溶け込み。今ではすっかり聖女見習いが板についています。
見慣れた聖女の服装も今日で見納めになるのは少し残念ですが、マリア様はうんこの聖女を目指す方なので仕方ありません。二人とも聖女を目指す者同士、またご縁があるでしょう。
いつもの様に朝から雑務や祈祷をこなした後、今日は聖力の修行も体験してもらいます。
聖力は魔力と同じく、持つ量は生まれながら決まっており、ここでの修行と言うのは聖力を増やすことではなく、操る力を指します。
内容としては神殿から少し離れたところにある滝に打たれる修行なのですが、その勢いは激しく普通の方は下手をすれば骨折してしまいますので聖力を操って勢いを防ぐ修行になります。
危険な修行なので一回限りの修行となりますが、何故かマリア様はまだここに来ていません。
「司祭様、マリア様が見当たりませんが……」
「ああ、さっき通達があってな、マリア様はここに来られないらしい、だから今日はいつも通りレインだけが修行に入りなさい。」
「え?ですが……いえ、わかりました」
……そんな予定はフェリエ様からは聞いていません、だからでしょうか?なんだか胸騒ぎがします。
ーー
「ここが修行の場所ですか。」
私が連れてこられた場所は神殿の奥にある、あたり一面にが水で覆われた部屋でした。
突如、別の司祭様からレイン様が来られなくなったと話を聞き、他の司祭様に案内されてきましたが、白衣に着替えさせられ通された部屋の壁は床から天井まで白く、部屋に水がないところはは殆どありません。
「祈祷をするように祈りながら、ゆっくりとこの水の中にお入りください。そして祈りを捧げながら首まで使ってください。終了の時間はこちらで合図を出しますので。」
「わかりました。」
私は言われた通り祈りながら水へと入っていきます、不思議なことに何故か水に入ると凄く暖かな気持ちになって行きます。
そして、首まで水に浸かったところで足を止めそのまま祈りを捧げると、突如目の前がまばゆく光りました。
「おお、これは⁉」
「まさしく、聖女への信託だ。」
後ろでざわついた声が聞こえたので思わず祈りをやめ、振り返ります。
「……あれ?」
するとどうでしょう、後ろには司祭様も私が入ってきた扉もなく、ただ海原の様な海面が広がっていました。
真っ白な天井も壁もなく、本当に水だけの場所です。そして水に浸かっていたはずの私は何故かその水の上にぽつんと一人立っていました。
――チャポンっ
そんな水音が前から聞こえたので振り向くと、目の前の水面がコポコポと盛り上がっていました。
その盛り上がりは徐々に増し、噴水ほどまで高くなったかと思うと、やがてそれは人の形へと変化して、神々しい女性の姿になりました。
透き通った水色の髪に、白のドレスに身を包んだその方は、どこかうんこの女神様と雰囲気が似ています。その美しい容姿に思わずに釘付けになっていると、その女性と目が合い優しく微笑みかけてきます。
そして……
「この度はうちの信者が申し訳ありませんでしたぁ!」
何故か物凄い勢いで土下座されました。