「えっと……どう言うことでしょうか?」
神々しく現れた女性から出会いがしらに土下座をされると、思わず首をかしげてしまいます。
「実はこれ、聖力の修行ではなく、聖女を決めるための試練なの。」
「聖女の試練?」
「ええ、本来は聖女候補の子達が聖女になるために受ける試練で、それを乗り越えた子達だけがここに来ることができ、私が聖女に認定すると晴れて聖女になれるって訳。」
「えーと、つまりあなたは――」
「ええ、私はアクアリーゼ、水の女神よ。宜しくね」
そう言って掌から水球を出して微笑むこの方こそが水の女神アクアリーゼ様……薄々わかっていたけど改めて名乗られると驚いてしまいます。なにせ、アクアリーゼ様なんてお話の世界でしか知らない方ですから。
それにしても凄いラフな方ですね、イメージとはかなり違っています、そう言うところもうんこの女神様に似ていますが、女神様は大体こういう方なのでしょうか?
ただそれより今、気になる言葉がありました。
「あの……と言うことはここに来ている私はその試練に合格したのですか?」
「そういう事ね、まあ試練とか言っちゃってるけど、実際は試練を受ける条件を満たせば誰でもここに来れるんだけどね、あとは私とのただの面談みたいなものだし。ほら、私の話し相……じゃなくて私の言葉を伝える代弁者になる子だし、聖女になれる資格はあっても、性格が合わないと大変だから。ちなみに、日ごろから神殿内の様子はちゃんと見てるから性格的に無理って子は条件満たしてもここには呼ばないけどね。」
成程、そういうことですか……あれ?
「でもそれなら、私をここまで呼ぶ必要はなかったのでは?」
話によれば、司祭の方々の手違いで試練を受けていたようですが、それを知っていたのならわざわざ呼ぶ必要はなかったのではないでしょうか?
「え?だって、もしかしたら私にもワンチャンあるかもと思って。」
ワンチャン?犬の事でしょうか?
「ということでズバリ聞くわ、あなた、水の聖女にならない?」
「え?」
「外見、姿、見た目、容姿、どれも申し分ないわ、貴方なら神聖女に選んであげるわよ?すごく可愛いし。」
どれも同じように聞こえますが、とりあえず私は女神様のお目に留まったようです。
非常にありがたい申し出ではありますが、今のところ私はそのようなつもりはないので丁重に断らせていただきます。
「申し訳ございませんが、お断りします。」
「んー、やっぱ駄目かあ。確か他の聖女になりたいんだっけ?」
「はい。」
「そっかぁ、だがまだ諦めないぞ、他の女神よりもっといい条件出しちゃる!そもそもあなたは何の女神の聖女になりたいの?」
「うんこです。」
いつものようにお答えすると、その言葉を言った途端、先ほどまで明るかった女神様の表情が変わります。ですがいつもの他の方々のような引き攣った顔ではなく、少し神妙な顔つきです。
「へえ、うんこの……。なら余計こちらの方が良くない?だってうんこって下品で汚くて、みんなからも嫌われてるし、きっと信者もいないでしょ?そんなものの聖女になったって苦労するだけよ?それより水の聖女の方がよっぽどいいんじゃない?水の神聖女となれば国王と同格の力を持てるわよ?」
女神様はうんこの聖女に対して酷い言葉を並べて貶します、だけど何故でしょう?その言葉にはどこか冷たさを感じられず何かを試すように言われている感じがします。
ただ、何と言われようと私の意思は変わりません。
「きっと全ての人がうんこより水の聖女になれって言うわ……それでもうんこの聖女になりたいの?」
「はい!」
決意を伝えるように力強く返事をするとアクアリーゼ様はじっとこちらを見つめています。
そして、その後フッと先程の優しい笑みが戻りました。
「そっか、なら仕方ないか、私はレインってこの成長を待つことにするわ。」
アクアリーゼ様は残念そうに言いながらも、どこか嬉しそうに見えます。
「ねえ、マリアちゃん。うんこの女神は会ったことあるの?」
「はい、以前母を助けてもらいそれ以来、とてもお慕いしております。」
「そっか……じゃあこれからも
そう言うと、女神様の姿が再び水へと戻り始めます。
「あ、あと戻ったら信者達にも言っておいて――。」
消える間際に女神様から信者の方々へのありがたいお言葉を預かり、私も光に包まれていきます。
そして光が消えると、そこは元のいた水場に戻っていました。
「おお、マリア様が戻られました!」
振り向けばそこにはレイン様を含むたくさんの司祭の方々が集まっていました。
「マリア様、女神様と会って来たのですか?」
「はい、神聖女にならないかと言われました。」
その言葉に司祭様達が盛り上がりを見せます。
「おお!やはり!」
「では……」
「はい、きっぱりお断りさせていただきました」
「えぇ⁉な、何故です!」
「だって私はうんこの聖女を目指していますから。」
「そ、そんな……」
その言葉に盛り上がりは一気に落胆へと変わりました。
「あ、でも女神様から皆様にお言葉を授かってきましたよ。」
「ほ、本当ですか⁉」
「で、女神様はなんと?」
「『あんたらの行動はちゃんと見てんだよ、この
「え……」
「良かったですね!」
「えぇ……」
きっと先ほど預かったお言葉は、断ったら皆さんがショックを受けるのを見越してのお言葉だったのですね。感動のあまりか皆さん暫く呆けておられました。
こうして、私の初めての聖女としての修行は終わりました。
それからの時間は駆け足のように過ぎていきました。
水の神殿で習った事を生かして自分なりの聖女としての修行を行いつつ、今まで通り貴族令嬢として作法も習い続けました。
勿論、ランドルフ家の子供として剣の鍛錬も忘れていません。
周囲の貴族の方々や、週に五回のペースで代わる代わる来られる、殿下お二人に幾度も説得されましたがやはり私の気持ちは変わることはありませんでした。
それどころか聖女の思いがより一層増していきました。
……そして、とうとうこの日がやってきました。
「まさか、本当に来るとはね……。」
十五歳を迎えた今日、私は三年ぶりに女神様がおられる神殿へとやってきました。
神殿は以前より少し老朽しているように見えます、私自身も随分身長が伸びましたが、女神様は相も変わらずの美しさです。
「なんだこのステータス……魔力も聖力も既に神聖女クラスあるんだけど。」
「聖女に相応しい能力を身に着けるため頑張りました。」
「いや、頑張りすぎでしょ……まあ、いいわ。とりあえず、そこに祈りながら座りなさい。」
女神様に言われて、私は膝をついて祈りを捧げます。
すると、眩く温かな光に包まれます。
「我……の女神……は、マリア……を自らの代弁者として……」
光の中はまるで水の中にいるように外部との空間が遮断されているようでした。
外から途切れ途切れ聞こえてくる女神様の言葉に目を閉じ、耳を傾けながら祈りを捧げ続けると、私を包む光が私の中へと入っていくのを感じました。
そして目を開けてみると私の手の甲に紋章の様なものが浮かび上がりました。
「これで、儀式は終了よ、これであなたはうんこの聖女になったって訳ね。」
「うんこの……聖女……」
手の描かれた紋章を見ながら、自分が聖女になったことを実感していきます。
「まあ、私としても初めての聖女だからよくわかってないけど、とりあえず、これからよろしくね。」
「はい!うんこの聖女として信者を増やして、この国をうんこ塗れにしてみせます。」
「う、うーん、まあ、ほどほどにね。」
こうして、私のうんこの聖女としての人生が始まったのです。