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第15話 ダンスは痛いことだらけでした。

 曲の途中からだったが、体に叩きこんだステップをなめらかに踏む。国で二番目に有望と評される貴公子・シュテファンは、当然ダンスもフォローも完璧だった。

 リズは、うっとりと憧れのシュテファンに見惚れて――いる暇はなかった。


 ちくちくと突き刺さる視線が普段より鬱陶しかった。

 男たちの欲望を乗せた視線。

 女たちの嫉妬に満ちた視線。


 そして、あの子にはかなわない、という諦めや憧れや苛立ちをごちゃ混ぜにした複雑な視線。

 さらに、それらの視線を全て受け流して平然としているリズに対する、怒り。

「やれやれ……心地よすぎる視線は困ったものだな」

 シュテファンが小さく苦笑しながら、当たり障りのない話題をふってくれる。リズも口角を持ち上げて完璧な笑顔を作りながら相槌を打つ。

 シュテファンの、リズの緊張を解そうとしてくれているその心遣いが嬉しい。

「おっと……気をつけて、わざと足を伸ばしているレディがいる」

「仕方ありませんわ。一番の人気者であるシュテファンさまとこうして踊っているのですから」

「ぼく? ……いやぁ、困ったなぁ……ぼくはそんな人気者ではないんだよ、本当は」

「そんな、シュテファンさまより素敵な方なんて……」

 いるんだよそれが、と、シュテファンが少し嬉しそうに笑う。

「どなた様のことかしら?」

「なぜか、彼は身元を伏せてるみたいだけどね……」

 シュテファンが意味ありげに笑った瞬間、ターンしたどこぞの令嬢がリズの足をぎゅっと踏んだ。

 当然、わざとであり、シュテファンの目がまん丸になる。

「おお、さすが完璧令嬢。笑顔もステップも乱さない」

 シュテファンが笑いを堪え、当然です、とリズは嫣然と微笑んでみせる。この程度で負けるリズではない。何度も転生し、幸せになるために努力を重ねて完璧令嬢としてここまできたのだ。この程度で負けられない。

 リズが倒れなかったため、先程のレディが再び足を振り上げるが、リズはすっとそれをかわしてしまう。

 空振りしたレディが凄い顔でリズを睨む。今度は紳士の方が体当たりを仕掛けてくるがそれも、くるりと回避。

「おーお見事!」

「恐れ入りますわ」

 涼しい顔をしているが、度重なる攻撃に内心むっ! としたリズは、小さく呪文を唱えた。

 周囲の人たちの心の声をぼんやりと察知する魔法だ。ほんの数秒程度しか聞くことはできないため日常生活で使うことはまずない。

 当然、禁断の魔法の一つである。ペナルティとして魔力はごっそりと奪われ数日間は魔法が使えない。


――残念。転んで醜態晒せばよかったのに……

――転んで怪我でもするかと思ったのに……運のいい女ね!

――あの男を雇ったのは誰? 狙うのが下手だわ

――ちっ……しくじったか……俺をフリやがって……あの女……転べ!

ーー攫ってめちゃくちゃにしてやろうと思ってるんだがな、隙がない

――わたくしのレオさまに手を出すからよ!


 くらっ、としたリズは、慌てて魔法を切断した。たった一瞬でコレである。数秒も聞き続けたら倒れてしまう。

「やれやれ、どこもかしこも、鬼の形相のレディだらけだ。きみに危害を加えそうな勢いだよ……」

「仕方ありませんわ。みんな、いいパートナーを見つけようと必死ですもの」

「違いない」

 リズもシュテファンも、ぐっと背筋を伸ばして自分を大きく見せる。

「きみは、引く手あまただろう? レオを狙っているのかな? お似合いだけれども……」

「い、いいえ! わたくしはっ……わたくしがお慕いしておりますのは」

 あなたです、と言おうとした瞬間、別の令嬢が体ごとぶつかってきた。会話を聞いていたに違いない。

 薄いピンクのドレスが張り裂けんばかりに体格が良い令嬢が相手だったため、ぐらり、とリズの体が大きく傾いた。

「きゃ……」

「わあ、あぶなっ……」

 シュテファンがとっさに腕を伸ばしてリズを抱き寄せようとするが間に合わず、リズは床に倒れ込んでしまった。大理石の床に体の側面を打ち付けてしまう。

「う……」

「レディ、大丈夫か! すまない、わたしのパートナーが!」

 壮年の紳士が、あわてて駆け寄ってくる。

「ああ、なんてことだ! 怪我は!? 大丈夫かね?」

 大丈夫、と返事をして紳士の手を取り立ち上がろうとした瞬間、リズの右足に激痛が走った。


「あ、い、痛い……」


 思わずその場に蹲ってしまう。シュテファンをはじめとして、周囲にいた男たちがここぞとばかりにリズに駆け寄る。

「どうしたんだい? あ、リズ!」

 なんと、人込みを掻き分けてレオまでが駆けつけてきた。レオの登場に、ぱっと人混みが割れた。


(え……レオさまって何者……?)


「給仕、壁際に椅子を並べてくれ。レディが足をくじいたようだ。シュテファン、彼女を運ぶのを手伝ってくれ」

「はい」

 ふわり、と、シュテファンが抱き上げてくれる。

「シュテファン、こっちだ」

「はい」

 リズは、何とも言えない心地を味わっていた。心配してもらえる幸せ、守ってもらえる安心感。そして、レオとシュテファンの向こうにちらちら見える、露骨に悔しがる令嬢たちの顔。しかし。


――ああ、勝ち誇る余裕なんてないわ……


 足が痛い。

 じんじんと熱を持っている。何度転生しても、どんな記憶を持っていても、魔法が使えても、怪我が痛いものは痛いのである。

 シュテファンが、椅子の上にそっと下してくれた。 

「医者を呼んでくるから、ちょっと待っていて」

「ありがとうございます」

 しかし、リズは一抹の寂しさを覚えていた。

 シュテファンは、どうも、リズを見ていない。もちろん、レディとして丁寧にあつかってくれてはいるが、結婚相手、恋愛対象として気にしてくれていない。なぜか、それがはっきりわかる。

(なぜ……?)

 どうやってシュテファンをその気にさせるか――どうやれば振り向いて貰えるのかーー思案のしどころである。

(弱気はいけないわ。わたくしは、絶対シュテファンさまをモノにして見せるわ!)

 痛みを堪えながら、ドレスの影でこぶしを握るリズであった。

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