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第3話 小野寺side

「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「おう。またな」

 控えめに音が鳴ってドアが閉まった。聖の足音が遠ざかって行く。

 本当に料理して、食って、しゃべって、帰った。

 あーーーーっ! 緊張した……!

 俺のこと好き? ってなんだよ、焦んだろ。

「……もぉ〜……」

 正直、聖のことは好き。ただ、恋愛対象ではない。なぜって、俺は男で、女が好きだから。しかしながら残念なことに、女の人と話すのは苦手で、挙動不審になってしまう。

「だから童貞って言われるんだろうな…」

 恋愛対象ではないけど、好きと言われ、好きになってもらえるように頑張ると宣言され、意識しないわけない。

「明日の仕事、変な感じにならないといいな…」

 なんでこんな独り言言ってんだ。寝よ。


 ◇

 結局よく眠れないまま仕事になってしまった。

 配信用の動画撮影と新曲の打ち合わせで事務所に全員集まる。

「……?」

 扉を開けると、いつもは先に誰か来ているのに今日は誰もいない。

 数分後、扉が開く前から声が聞こえてきて、ガチャっと開いたと同時に関西弁が飛び込んできた。

「〜〜ねん。ほんまやって!」

燈二とうじくん、それは……盛ってない?」

「さすがに、お! 翔くんおつかれ〜」

「おはよ、翔」

 燈二の後ろにはカイが、その後ろにはリヒトが、さらに後ろに聖が見えた。珍しくゾロゾロと入ってくる。

「なんだ一気に」

「今日は俺がみんな連れてきたの」

 俺たちは五人グループで活動している。俺以外の四人が同時に来たので何かと思ったらリーダーのリヒトが送ってくれたらしい。俺も送ってくれよ。

「セイ様めずらしいね、リヒトに送ってもらうなんて」

 俺は幼馴染であることを気にしているわけではないが、なんかちょっと気まずくて、みんなの前では「セイ様」と呼んでいる。

「偶然拾ってもらった」

 俺たちは免許ある組が送るか、マネージャーの車かで移動することが多い。何人かは電車に乗るときもある。

「じゃあ撮影用のセットしようか」

 リヒトの指示で机を移動させたり、椅子を並べたりする。

「うぉっ」

「あぶなっ…」

 たまたま近くにいた聖の胸に飛び込んでしまった。椅子を運んでいる最中に片方だけサンダルが脱げてしまい、バランスを崩してしまったのだ。結構な勢いで突っ込んでしまったが、聖は両手で受け止めてくれた。

「聖、ごめっ…」

「もう、だからサンダルやめなって言ってるのに。大丈夫?」

 俺の体勢を戻してくれた後、転がったサンダルを取って履かせてくれた。俺が転んで靴が脱げると、いつも同じようにしてくれる。

「ありがと」

「シンデレラじゃん……最高かよ」

 カイが小さな声で呟いているのが聞こえてきて、聖の行動が普通でないことがわかった。途端に恥ずかしくなり顔が熱くなった。

 みんなに背を向けて、椅子の場所を調整しているふりをした。赤くなった顔を見られたくなくて。

 数秒パニックだったが、振り返ると誰も気にせずに作業をしていて、それがまた俺を恥ずかしくさせた。

「おはようございます。作業してくださったんですね」

 撮影スタッフが到着した時にはすでに準備が終わっており、彼らは焦った様子だったが空気が変わったので俺は安堵していた。気にしているのは俺だけだったようだけど。

「早めに着いたので」

 リヒトにそう言われ、スタッフは何度もお辞儀をしていた。できる人がやればいいだけの話なのにな。

「本当にありがとうございます、でも次からは休んでいてくださいね」

 機材準備をするから、と座って待つよう半ば強引に座らされた。

「ねぇ」

「うぉわ! ……なんだよ」

 急に顔を覗き込みながら聖が話しかけてきて変な声が出た。

「怪我してない? さっきの」

「へ、へいき」

「そっか。気をつけてね」

「ん」

 助けてもらって心配してもらってるのに、超冷たかったかも……と反省しつつ、俺だけのせいじゃなくない? と心の中で言い訳を繰り返した。

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