「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「おう。またな」
控えめに音が鳴ってドアが閉まった。聖の足音が遠ざかって行く。
本当に料理して、食って、しゃべって、帰った。
あーーーーっ! 緊張した……!
俺のこと好き? ってなんだよ、焦んだろ。
「……もぉ〜……」
正直、聖のことは好き。ただ、恋愛対象ではない。なぜって、俺は男で、女が好きだから。しかしながら残念なことに、女の人と話すのは苦手で、挙動不審になってしまう。
「だから童貞って言われるんだろうな…」
恋愛対象ではないけど、好きと言われ、好きになってもらえるように頑張ると宣言され、意識しないわけない。
「明日の仕事、変な感じにならないといいな…」
なんでこんな独り言言ってんだ。寝よ。
◇
結局よく眠れないまま仕事になってしまった。
配信用の動画撮影と新曲の打ち合わせで事務所に全員集まる。
「……?」
扉を開けると、いつもは先に誰か来ているのに今日は誰もいない。
数分後、扉が開く前から声が聞こえてきて、ガチャっと開いたと同時に関西弁が飛び込んできた。
「〜〜ねん。ほんまやって!」
「
「さすがに、お! 翔くんおつかれ〜」
「おはよ、翔」
燈二の後ろにはカイが、その後ろにはリヒトが、さらに後ろに聖が見えた。珍しくゾロゾロと入ってくる。
「なんだ一気に」
「今日は俺がみんな連れてきたの」
俺たちは五人グループで活動している。俺以外の四人が同時に来たので何かと思ったらリーダーのリヒトが送ってくれたらしい。俺も送ってくれよ。
「セイ様めずらしいね、リヒトに送ってもらうなんて」
俺は幼馴染であることを気にしているわけではないが、なんかちょっと気まずくて、みんなの前では「セイ様」と呼んでいる。
「偶然拾ってもらった」
俺たちは免許ある組が送るか、マネージャーの車かで移動することが多い。何人かは電車に乗るときもある。
「じゃあ撮影用のセットしようか」
リヒトの指示で机を移動させたり、椅子を並べたりする。
「うぉっ」
「あぶなっ…」
たまたま近くにいた聖の胸に飛び込んでしまった。椅子を運んでいる最中に片方だけサンダルが脱げてしまい、バランスを崩してしまったのだ。結構な勢いで突っ込んでしまったが、聖は両手で受け止めてくれた。
「聖、ごめっ…」
「もう、だからサンダルやめなって言ってるのに。大丈夫?」
俺の体勢を戻してくれた後、転がったサンダルを取って履かせてくれた。俺が転んで靴が脱げると、いつも同じようにしてくれる。
「ありがと」
「シンデレラじゃん……最高かよ」
カイが小さな声で呟いているのが聞こえてきて、聖の行動が普通でないことがわかった。途端に恥ずかしくなり顔が熱くなった。
みんなに背を向けて、椅子の場所を調整しているふりをした。赤くなった顔を見られたくなくて。
数秒パニックだったが、振り返ると誰も気にせずに作業をしていて、それがまた俺を恥ずかしくさせた。
「おはようございます。作業してくださったんですね」
撮影スタッフが到着した時にはすでに準備が終わっており、彼らは焦った様子だったが空気が変わったので俺は安堵していた。気にしているのは俺だけだったようだけど。
「早めに着いたので」
リヒトにそう言われ、スタッフは何度もお辞儀をしていた。できる人がやればいいだけの話なのにな。
「本当にありがとうございます、でも次からは休んでいてくださいね」
機材準備をするから、と座って待つよう半ば強引に座らされた。
「ねぇ」
「うぉわ! ……なんだよ」
急に顔を覗き込みながら聖が話しかけてきて変な声が出た。
「怪我してない? さっきの」
「へ、へいき」
「そっか。気をつけてね」
「ん」
助けてもらって心配してもらってるのに、超冷たかったかも……と反省しつつ、俺だけのせいじゃなくない? と心の中で言い訳を繰り返した。