ある日の事だった。
それは正に突然で、突拍子も無く、不可思議で白昼夢の様な光景だった。
「やぁ貧乏人! ふふん!」
リムジンと呼ばれる類の胴体が長い犬みたいな長い車から降りてきた女性が、僕の頭にいきなり生ハムメロンを乗せてきた。
「……なに? ……これ」
謎の毛皮コートとキツネみたいな頭のついたマフラー。それにド派手で嫌にデカいサングラス。最初は誰だか判らなかったが、サングラスを外した顔は僕が知る幼馴染みの芽衣子
「エフエックスの力よ! 我に集え!!」
謎の掛け声と共に、何処から沸いたのか謎の黒服達がワラワラと芽衣子を取り囲む様に集まってゆく。
「…………なに? ……これ」
僕はどう反応して良いのか分からず固まったままだ。そろそろ頭の生ハムメロンが生温くなってきている。
「エフエックスでボロ儲けしたのよ!! これからは
「め、芽衣子様ーー!!」
餅や金の小槌を投げ始めた芽衣子。騒ぎを駆け付けた近所の人達が芽衣子の前にひれ伏し、ばらまきをねだっている。
さり気に僕の母親も混じってるぞ……。
「ほーほっほっほっ!!」
そしてばらまかれる小銭。白銀に光る100円と500円を奪い合う様に奪取するご近所さん達を眺めながら、僕は頭の生ハムメロンを食べていた。
「それでは、ごきげんよう♪」
上機嫌でサングラスをかけた芽衣子はリムジンへと乗り込み、狭い町内の道を進んでいった……。
「……曲がれるのか?」
しかし僕の心配は杞憂に終わり、狭い曲がり角を難無くと、リムジンが曲がって行った。
「で? お母さん?」
「──何かしら?」
「それ、使っちゃダメだよ?」
「えーーーーーっ!!!!」
「返すからね?」
「やだやだやだやだやだ!!」
駄々をこねる母親から小銭がたんまりと入った袋を回収すると、僕は部屋へと戻った。
全く、母親と言えど所詮は人の子か──。
「あら、お帰り?」
部屋の扉を開けると、何故かそこには芽衣子が居た。思わず部屋の外を確認する。うん大丈夫、僕の部屋だな。
「あぁん、言わないで! 言いたいことは分かるわ。どうして
「ううん、別に聞いてないよ?」
「あぁん、仰らないで!
僕は芽衣子を無視して机に座り宿題を開いた。
「ふふん! そんな強がりが出来るのも……後30秒よ!」
芽衣子はいつの間にか持ってきていた金のスーツケースを中身が僕に見えないように開けた。
「貴方を1日買うわ! その間は
と、スーツケースから帯の着いた札束が三つ出て来た。
「見たことあるかしら? 一つ100万円よ~! あらご免なさいね!
──よし、数学の宿題終わり。次は現代文だな。
「ほぅ……生意気ね」
ドン! と、三つの札束の上に更に三つ札束が乗る。
おっと、僕としたことがついつい横目で見てしまった。
「ふふん、そろそろ落ちそうね!」
ドドン! と、隣に同じ量の札束が置かれた!
一日で1200万円……だと!?
「あら? これ以上は出なくてよ?」
僕は目の前の宿題が目に入らず、集中力は完全に無くなっていた。しかし、それでも気丈に振る舞い冷静さを保とうとした。しかし金に負けてはいけない!!
「……もう! イライラするわね!!」
ドドドン!! と、1200万円の上に帯が八つ上乗せされた!!
「──芽衣子様!!!!」
僕はついに金の力に負け、芽衣子の足下に跪いた!!
やはり人の子である以上誘惑に耐えるのも限界があるのだ。許して欲しい。
「ほっほっほっ!!!! ついに勝ったわ!! このいけ好かない男の心を勝ち取ったわ~!!」
と、急に芽衣子の顔が真顔にもどる。
「あーあ、何だか拍子抜けね。アンタもその程度だったとは。もう良いわ、それはタダであげる。子どもの頃からの付き合いに免じて許してあげるわ……」
と言い残し、キョトンとする僕を捨て、芽衣子は優雅に部屋を去って行った。
僕は残された2000万円を眺めては虚しさを噛み締め、独り部屋で孤独に耽るしかなかった…………。
──次の日、僕は河川敷の下で段ボールハウスで生活する芽衣子を発見した。
「…………なに? ……これ」
僕の存在に気が付いた芽衣子は、そっぽを向いて段ボールハウスへと籠もってしまった。
「どうしたの? リムジンは?」
僕が段ボールハウスへ入ろうとすると、芽衣子の立ち入りを拒む声がした。
「来ないで!! エフエックスが大暴落して他にも色々手を出した株とか金券とか纏めて大損!! 借金だけが残ったわ!!」
「……いくら?」
「2000万円よ!!
僕は薄ら笑いを浮かべ
「──なによ……」
「芽衣子を一日買うよ。そんな哀しい顔が出来るのも……後30秒だ。そうだな、先ずは芽衣子にキスをしよう。ずっと夢だったからね」
僕は返すつもりで鞄に入れていた札束を三つ、芽衣子の隣に置いた。
「なっ! アンタ頭おかしくなったの!?」
「そうだね、人は突然大金を手にすると変になるね」
ドン!と、三つの札束の上に更に三つ札束が乗る。
芽衣子は目を潤ませながらも気丈に僕を睨みつけた。
「宝くじで大当たりして事業や店を始めた人の殆どが倒産しているそうだよ?」
バサバサバサ!! と、鞄をひっくり返し残りの札束を一気に放り出した。
「良いわよ!! 好きにしなさいよ!!」
芽衣子は涙を零しながら札束を集め出した。
──ガッ!
僕は左手で芽衣子の右手首を掴み、右手で
潤んだ瞳と、そこから流れる涙が2000万円以上に僕の劣情を誘う。
「
芽衣子は震える身体と荒い息遣いの中、静かに瞼を閉じて僕を待ってくれた……。
……僕は静かにキスをした。