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第10話 特別実習(渚)

 九重学園に「特別実習生制度」というものがあると知ったのは、入学から4週間ほど経った頃だった。

 1年生から3年生までの実力ある生徒を選抜して、魔物の棲家である「霧雨の搭」へ討伐に出るという内容だ。

 各学年、魔術科から1名、武術科から1名の計6名を選抜して数日間実践訓練を兼ねた修行の旅に出る。

 実習生に選ばれ、見事任務を果たした生徒には、冒険者渡航証であるA級ライセンスが発行される。

 この世界でのパスポートであり、遺跡や洞窟に潜る際の通行手形となるものだ。

 C級からS級までがあり、A級のライセンスがあれば大抵の国には入国可能と聞く。


「これは絶対挑戦しなきゃな!」


 配られたプリントを熟読しながら、ぐっと拳を握る。

 きっと月ヶ瀬さんも参加することだろう。ならばできるだけサポートしたい。


 参加希望の生徒は明後日行われる選抜会で学年1位の成績を修める必要があるそうだ。

 筆記試験と実技試験の合計得点で選抜者が決まるとのこと。ウチは授業外でも図書室にこもって勉強しているから筆記には自信がある。

 問題は実技だ。いくつか術を覚えておく必要があるな。今日の放課後から本格的に魔術修行をはじめよう!!



「ようし! やるぞ!!」


 放課後、マネージャーとしての仕事を終えて魔術の修行にとりかかる頃には、もうすっかり陽が落ちてしまっていた。

 最近は朝夕と月ヶ瀬神社へ祈祷に行くことが日課になっている。

 おかげで治癒魔法を連続で唱えても、以前のように寝落ちすることがなくなった。

 今では恐らく、続けて10回くらいは体に負担をかけることなく詠唱できるだろう。


 部員達が寮へと帰って行ったタイミングで、修練場の端を陣取って修行をはじめる。

 休み時間に、使ってみたい術をあらかじめピックアップしておいた。

 治癒術を2種と、解毒の術、結界法、相手の力を増幅させるサポート術。このくらいできれば十分役に立てるだろう。

 あと1つ、できれば攻撃魔法も覚えたいところだけど、それは時間があったらということで。



「なんだ、先客ですか」


 結界法の練習をしていたところで、背後から声をかけられた。

 振り返った先にいたのは、覇道部の2年生、滝沢鬼炎たきざわきえん先輩だった。


「滝沢先輩! こんばんは。先輩も修練ですか?」


「ええ。君はマネージャーでしょう。わざわざ居残りで修練を?」


 額から二本の角を生やした滝沢先輩は、翠でも珍しい鬼族の生き残りだそうだ。

 生まれつき「炎鬼」という鬼を体内に宿し、精霊の力ではなく、鬼の力を借りて術を繰り出す。

 炎鬼の術式についても勉強したかったから、ばったり出会えてラッキーだ。


「明後日の特別実習生の試験に挑戦しようと思って」


「ほう、君が? 女子で実習生となった者はこれまで一人もおらぬと聞きますが」


「それでも、私は実習生になりたいんです」


 そう言って印を切り、先輩に向かって「月佳昇霊げっかしょうりょう」という術を唱えた。

 体内に蓄積された魔力と筋力を増幅させるサポート術だ。


「おお。補助魔術ですな」


「はい! 成功したみたいで良かったです。すみません、実験に付き合ってもらったみたいになっちゃって」


「いえ。部活後で疲労もありましたので助かります」


 そう言って、先輩はぶつぶつと詠唱をはじめ、手のひらを藁で作った的のほうへと向けた。


「炎鬼よ、我が血を糧に来たりませ」


 そうつぶやくと同時に、右手からすさまじい勢いの炎の柱が飛び出した。そしてそれはまるでレーザービームのごとく的を貫く。

 縦に三つ並んで置かれていた的は、三体とも胸のあたりを貫かれ、そこからみるみる全身に炎が回り、燃え落ちた。


「氷来ひょうらい」


 立て続けに印をきり、先輩は息をつく間も与えずに追撃を加える。

 灰になった的を天空から降ってきた無数の氷柱が貫く。それはさながら鋭く研ぎ澄まされた刃物のように、ぎらりと闇の中で光っている。


「すごい……先輩も試験のための練習ですか?」


「そうです。受かるという確証がないもので、当日まで落ち着かぬのです」


「先輩ほどの実力でも、気を抜かずにこうして修練を欠かさないんですね。尊敬します」


「いえ、ただの心配性です」


 滝沢先輩は漫画の中にも登場する。総勢150名の部員達の中から、覇王祭の選抜メンバーに選ばれるのだ。

 実力は折り紙つき。あらゆる属性の攻撃魔法を習得したアタッカー型の術師だ。


「私も攻撃術を覚えたいと思うんですが、どうやら治癒術や補助術とは違う魔力の流れを作らないといけないそうで……」


 術ごとに別々の回路で魔力を吸い上げながら繰り出すのが魔術だ。

 ウチはもっぱら治癒術補助術を修練してきたので、攻撃用の回路を作ることができない。

 魔術書とにらめっこしながら何度か挑戦してみたけれど、まるで反応してくれなかった。奥が深すぎる。


「攻撃性を高めることで、霊脈を操ることができます。ぶち殺してやりたい相手はおりませんか?」


「ぶ、ぶちころ……! そこまでの相手はいないです」


「では一発殴ってやりたい輩でも。一人くらいはおるはずです。そやつの顔面に叩きつけるつもりで詠唱なさると良い」


「なるほど、やってみます!」


 まず浮かんだのは性悪三人組の顔だった。

 そしてそのあと、ふっと頭によぎったのは、ストワールのアレクセスの憎たらしい表情。

 あの勝ち誇ったような顔が気に入らないんだ!

 肚の底で、チロチロと炎が燃えているような感覚。これが攻撃性を高めるということか!


「全身に気をみなぎらせ、怒りで回路を作れば、詠唱を短縮しても許されるはずです。お試しあれ」


「はいっ!! 降り来たりませ月佳! 我が腕に宿りて禍を祓い給え!!」


 イメージは、燃えはじめた炎にガソリンをぶっかけるモーション。メラメラと体の奥が熱くなっていくのが分かる。

 そうして両の手のひらに力を集約していけば、数体の的を巻き込んですさまじい勢いで爆発が起きた。あたりはぽっこりと地面がえぐれてクレーター状になっている。


「すごいっ!! 成功した!!」


 月の攻撃術「閃華せんげ」

 漫画で月ヶ瀬さんがこの術を繰り出すシーンがあったので、ウチも習得しておきたいと思っていたものだ。

 もっとも月ヶ瀬さんはウチと違って無詠唱だったけれど。ここまで詠唱を短縮できたのは滝沢先輩のアドバイスのおかげだ!


「先輩、ありがとうございました。攻撃用の回路の作り方を掴めた気がします」


「それは良きこと。君は潜在的な魔力も高いようだ。その調子で地道に修練していけばみるみる上達するはず」


「はい! 明後日までにものにしたいと思います! 先輩も頑張ってくださいね!」


「お互い力を尽くしましょう」


 滝沢先輩の攻撃術を見学しながら、詠唱短縮の方法やムダのない印のきり方などを勉強させていただいた。

 ウチに鬼術は使えないけれど、根本的に魔術の繰り出し方は同じだ。よく見て技術を盗んでいこう。



 翌日の朝。早起きして月ヶ瀬神社へと赴き、2時間ほど祈祷した。

 ついでにお参りも済ませておく。明日の試験にどうか受かりますように!


 どうやら1年魔術科の生徒の中で、選抜テストを受けるのはウチ以外全員男子とのこと。

 もともと九重学園は女子の数が少なく、全体の2割程度しかいない。

 ウチ以外に誰もエントリーする子がいないなんて。野心のないお嬢様の集まりなんだろうなぁ。


 放課後になって、マネージャーの仕事をこなしながら修練場で訓練する部員達を見守る。

 やっぱり1年生は初歩的な術を繰り出すことにも一苦労といった感じだ。

 ウチもまだまだたどたどしい所がある。昨夜見た滝沢先輩のように、間隔を明けずに連射できるようになれば頭ひとつ抜きん出ることができるだろう。


 性悪三人娘は相変わらずのサボリなので、一人でせっせと霊蘇を作り、部員に差し入れに行く。

 倉庫を出たところで、裏のほうから何やらぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

 こっちにはマネージャー以外にほとんど人は来ないはずだけどな。誰だろう?

 相手から死角になる場所からそっと覗いてみると、月ヶ瀬さんとマネージャーの女の子が向かい合って何やら話しこんでいた。

 あの子、ウチと同じく1年のマネージャーだ。一体どうしたんだろう。


「……ですから、その、月ヶ瀬先輩のこと、ずっと見ていました」


 耳をすませて一言一句聞き逃すまいと、壁に張り付いた。やけにぼそぼそと話す子だなぁ。


「そう。それで君、マネージャーの仕事はどうしたの? 先日見かけたときも手が動いていなかったように見えたけど」


「月ヶ瀬先輩のことが、あの……好きなんです。中等部のころからずっと想っていて……」


「気持ちはありがたいよ。けれど、目の前の仕事を放り出して私情を優先させるのは良くないね」


 真っ赤になって時折うつむきながら、同級生の女の子が一世一代の大告白をしている。

 盗み見なんてしてしまうのは申し訳ないけれど、相手が月ヶ瀬さんともなればじっとしていられない。


「マネージャーになったのも、あなたの傍にいたいからです。だから、月ヶ瀬先輩のことを見かけるとつい手が止まってしまって……」


「一言言っておこう。――そういった理由でマネージャーを志望する子は少なくない。けれど皆一年ともたずに辞めていくよ」


 鋭く、冷たい声だった。いつもの柔らかな優しさが感じられない。ここからでは月ヶ瀬さんの顔はよく見えないけれど、どんな表情なのかは想像がつく。

 ウチは女の子の心情を思って冷や汗をかいた。心臓がばくばくとうるさいくらいに鳴っている。


「好きで好きでどうしようもないから、こうして気持ちをお伝えしているんです! あなたのためなら何でもします! だから……」


「ごめんね、君の気持ちには応えられない。僕はひたむきに頑張っている子を応援したくなるタチでね。君からはそんな情熱が感じられない」


「好きだという気持ちは、情熱ではないのですか!?」


「何か1つのことに命をかけて取り組んだことはあるかい? 誰かのためではなく、自ら選んだ分野でだ」


「……そ、そんなことは男子がするものではないのですか。女子は好いた男の人のうしろを歩くことができたら、それで……」


 古風な子だ。そしてそんな気持ちは痛いほど分かる。分かるけれど、きっと月ヶ瀬さんが求めている返答とは真逆のものだ。


「そう思うのであれば、君の意見に頷いてくれる相手を探すといい。さて、僕はそろそろ戻るよ。1年の修練に付き合う約束なんだ」


「そんな、月ヶ瀬先輩……!!」


 いけない。月ヶ瀬さんがこちらに向かってくるようだ。倉庫の中に戻ろう。

 ウチは霊蘇が入った鍋を抱えながら、足早にその場を離れた。



「……ふう」


 静まり返った倉庫の中で大きくため息をつく。


「渚ちゃん、さっきの言葉身に沁みたんじゃない?」


 ポケットの中に潜んでいたリンリンが顔を出して、心配そうにこちらをのぞきこんでくる。


「……そうだね。ウチもあの子と似たような理由でマネージャーを志望したし」


「でもさ、月ヶ瀬さんに会えなくても渚ちゃんは部のために頑張ってるじゃない。きっとそれは皆に伝わってるよ」


「そうかな……。なんか、自分の考えが浅ましいものだったんじゃないかって、急に不安になった」


 マネージャーとして走り出したあの日、興味の対象は月ヶ瀬さんだけだった。彼に尽くしたいという一心で入部希望を提出した。

 けれど、日々の仕事をせっせとこなすうちに、だんだんと視野が広がって、考え方が変わってきた。

 今は部のために尽くす覚悟でいる。九重学園に優勝してもらうことが、ウチの望みだ。


「渚ちゃんが熱意を持ってマネージャーの仕事に従事してるのは知ってるよ。浅ましくなんかない」


「ありがとう、リンリン。ウチも人の背中ばっかり追いかけるのをやめる。これから自分なりに頑張ってみるよ」


 好きな人の背中をおいかけていきたいと、以前いた世界では思っていた。

 けれど、ここに降り立って徐々に考えは変わった。ウチは、好きな人の隣を歩きたい。

 熱意と信念を持って、魔術師としての腕を磨いていく。今日から新しいスタートだ。

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