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第11話 選抜試験(渚)

 ついに特別実習生の選抜試験の日が訪れた。

 希望者は放課後演舞場に集うようにとの話だったので、ウチは早めに会場に到着した。

 緊張しながらあたりを見回す。見知った顔が多い。

 どうやら希望者は覇道部員ばかりのようだ。なんとなくホーム感があって一安心。


 筆記試験は問題なく終わった。

 以前月ヶ瀬さんが教えてくれた月術全書を読み込んでいるから、中級程度の魔術についてはあらかた頭に入っている。

 問題は実技。修練場に出て、それぞれが的に向かって術を唱える形で審査される。

 1年の試験では、試験官として月ヶ瀬さんも呼ばれている。気合を入れて日々の成果を披露しなきゃな。



 1人、また1人と呼ばれて順に習得した術を披露してゆく。

 まだまだ中級以上の術を使い分けられる生徒は少ないようで、ほとんどが初級の回復術や攻撃術を覚えている限り唱えるという流れだ。

 ちなみにウチの出番は最後。

 のんびりと見守っていると、やがて試験官に呼ばれ、ひょろりと背の高い生徒が前へ出る。

 同じクラスの三輪くんだ。中等部の頃から才能を買われていた優等生で、選抜候補だと噂されている。


「招ぎ奉る此の柏手に恐くも来たりましませ月佳の大神……」


 最初に唱えたのは治癒術。ウチも一番最初に覚えた月佳塞傷だ。

 自らの腕につけた切り傷を癒してみせる手法は誰の目にも分かりやすく、痣1つ残さない美しい施術に高得点がつくことだろう。

 三輪君の詠唱はまだ終わらない。


「月佳の大神。此の柏手に恐くも来たりませ……」


 的に向かって右手を差し出し、詠唱するのは「散華さんげ」

 ウチが習得した「閃華」よりも1段勝る爆破攻撃で、相当な魔力を消耗する上級魔術だ。

 空中で集約された魔力が膨れ上がり、やがて大きな爆発を起こす。すさまじい威力のそれは、あちこちに破片をとばしながら的を四散させた。

 詠唱も略さず丁寧なもので、印の切り方も様になっていた。おまけに誰が見ても大技であると理解できるこの破壊力。

 同じ1年の志望者は皆息を呑み、そして大きくうなだれた。こんな高度な術を使えるやつに適うわけがないと、思い知らされる完成度だった。


 三輪くんは深々と1礼し、待機位置へと戻る。

 すごい。きっと連日手を抜かずに修練に励んでいるのだろう。皆が静まり返る中、ウチは彼の健闘を称えて拍手をした。




「次、夜倉渚、出なさい」


 ようやくウチの番がきた。

 立ち上がって位置につくまでに、ひそひそと中傷する囁きが耳に入ってくる。


「女子のくせにでしゃばってんじゃねーよ」

「大人しくマネージャーだけやってりゃいいのに」

「どうせロクに術も使えねーよ。いい笑いモノだ」


 女子が特別実習生の試験を受けることは10年に1度あるかないかと聞いた。こうして中傷されるのもおかしくはないか。

 選抜されるのは1人だけという厳しい試験だから、ピリピリするのも分かる。

 けれど、退く気はない。月ヶ瀬さんの眼に写って恥ずかしくない生き方をする。この世界で生まれ変わるんだ!


 試験開始の合図とともに、聞こえていたヤジが止んだ。

 ウチなりに最善をつくそう。大丈夫。自信はある!!


「掛け巻くも畏き月ヶ瀬の神殿に坐す神魂……」


 最初に唱えたのは、月術全書三に記されていた修復術。月ヶ瀬さんが教えてくれた術だ。

 練習を重ねて、十数行あった呪文を半分ほどに短縮させることができた。

 気持ちを込めて丁寧に詠唱し、そして眼前でボロボロになった的たちに向けて、放つ。

 三輪くんの術で跡形もないほどバラバラになっていた木片と藁束が宙に浮き、やがてあるべき位置へと還っていく。

 それらは早送りで再生されたパズルのように、しっかりと結合し、元の人型に戻った。

 背後から感嘆の声が聞こえる。よかった、手ごたえアリ!


 続いて攻撃術。円形の鋭利な刃が回転しながら敵を襲う月術の初級「風深かざみ」

 的に当てると見せかけて、己の左手をえぐるように繰り出した。

 鮮血が噴出し周囲がざわつくけれど、失敗したわけじゃない。狙ってここに当てたのだ。


 続いての詠唱は大半の生徒が披露した治癒術「月佳塞傷」……と見せかけて、その一段上に位置する「月佳癒想」という術だ。

 呪文と印が塞傷よりも少し複雑だけれど、深い傷も一瞬で塞いでしまうお役立ち仕様だ。

 ざっくりと割れた左手の痛みに耐えつつ詠唱を終えると、あたたかな光がじわりと腕を包み、みるみるうちに傷を癒してくれた。

 背後でパチパチと拍手が聞こえる。その合間にヤジもいくつか飛んだけれど、気にしない。

 ここで終わるウチではない。もう一回ぶん付き合ってもらう!!


 ここまで加護をくださった月佳さまに礼をして、回路を切り替える。

 ウチはオッドアイの混血。もう一体の精に見守られながら生きている。


「雷の精、ロンカ・ヘルトよ!!」


 頭の中で回路の切り替えをイメージする。片目に宿った雷精ロンカに語りかけながら、ゆっくりと呪文の詠唱をはじめた。


「はるか天空より降り来たりませ。大いなる信仰と我が半身に流るるキーリスの血を捧ぎて請う。ゼスラ・ジオ・フェリート!!」


 図書館には雷術を扱った本が一冊もなかったため、漫画の中で出てきた呪文を思い出しながらの詠唱となる。

 原作漫画やファンブックはもちろん、アニメ雑誌の付録の小冊子まで読み込んだウチの頭の中には、大抵の呪文は入っている。


 これから実行するのは「ジオフェリート」と呼ばれる雷の中級術だ。

 両手を的に向かって突き出し、一言一句間違えぬように噛み締めながら詠唱する。

 やがて上空には暗雲が立ち込め、トドメの印を結べば、無数の電撃がスコールのように的に降り注いだ。

 耳を塞ぎたくなるほどの轟音がとどろき、あたりには焦げ臭い匂いがたちこめた。

 すさまじい勢いの雷が止むころには、原型を崩され無残な姿で転がる複数の的が目に入った。

 成功してくれてよかった。昨夜の時点で完成度は50パーセントほどだったので、内心ヒヤヒヤだった。


 これでウチが持っている術のほとんどを披露した。

 大人しく1礼して、元の位置へと戻る。

 ヤジを飛ばそうとする輩は1人もいなかったけれど、あちこちから苦々しい舌打ちが聞こえる。

 これ以上のパフォーマンスは今の自分にはできない。熱意を評価してもらえますように。


 やがて試験官の審議がはじまれば、待たされる側の生徒たちは皆落ち着きなく視線を泳がせたり、落胆した様子で互いを慰め合ったりしながら結果を待った。

 怖いなぁ。手数で勝負してみたものの、一発の規模でいうと三輪くんの方が上だ。どう判断を下されるのかヒヤヒヤしてしまう。


「それでは、合格者を発表する」


 魔術科講師の黒貴くろき先生が、結果待ちの生徒達の前に立った。いよいよだ。


「今年の魔術科生はいまひとつ気合が抜けているな。貴様ら治癒術1つを持って魔物の群れへ飛び込むつもりか?」


 ざわざわとどよめきが走る。そういえば治癒術のみを唱えて終了というアッサリしたアピールの生徒も少なくなかったな。


「そんな中、三輪と夜倉はよく頑張った。審議の結果だが――」


 思わずごくりと息をのむ。お願いします、合格をください!!


「今年の特別実習生は、夜倉渚! 女子では初の快挙だ。おめでとう」


 先生はパチパチと手を叩きながらウチのほうに歩み寄り、合格者の証であるツクヨミの腕輪を手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます!! もっと勉強して精進しますので、どうかよろしくお願いしますっ!!」


 腕輪は、ずしりとしてなかなかの重量があった。右腕に装着すると、じわりと内側から魔力が充実していくのを感じる。

 周囲からは大きなため息と落胆の声があがっている。

 こんな結果になったからには、一部の男子から引き続き嫌味を言われてしまうだろう。

 けれど構わない。実力でもぎとった立場だ。堂々としていよう。


 こうして、緊張のひとときは幕を閉じた。

 今日からウチも特別実習生だ。明後日、さっそく選抜者全員による顔合わせが行われるそうだ。

 きっと月ヶ瀬さんや西園寺さんも参加することになるだろう。

 あらたに踏み出した一歩は大きく、ウチは胸を高鳴らせながら今日という日を終えるのだった。


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