目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話 翠国へ(春菜)

 ジャグル討伐を終えた日から一ヶ月が過ぎた。

 アカデミーでの生活にもすっかり慣れて充実した日々を過ごしながら、私は元の世界でろくに謳歌できなかった「青春」というものを噛み締めていた。

 心配していた前期試験でもいい成績を残すことができたし、順風満帆だ。


 そして今日から15日間の長いお休みのはじまり。

 これから私はアレク様と二人で翠国へ渡るところだ。

 二人旅なんてドキドキするなぁ。


 船の乗降口の脇にシャリィちゃんとベルナール部長が立って、手を振ってくれている。


「ハルナっちにあーちゃん先輩、いってらっしゃい。おみやげよろしくね!」


「アサノさん、くれぐれも宿の部屋は別々にとるようにね。アレクはジャグルと変わらないから。野生の生き物だと思って」


「うっせぇぞベル。俺様はいつだって紳士的だろうが」


 アレク様は部長に向かって親指を地面に向けるジェスチャーを見せ、私の腕を掴んでスタスタと乗船口へと足取りを速める。

 この世界の船は蒸気船。翠国までは3日かかる予定になっている。


「それじゃ、行って来ます! おみやげもおまかせください!」


 二人に向かって手を振って、船へと乗り込んだ。

 今日はいい天気で風が気持ちいい。船は少し揺れるかもしれないけど、私は酔いに強いほうだから大丈夫。


「ハルちゃん、充実した旅にしような」


「はい。アレク様と一緒なので、きっと楽しいです」


「おう! そういやハルちゃんの両親はどちらも他界したって話だったよな。で、姉妹もいねぇと」


「そうなんです。でも友達が九重学園にいるんです。会いに行きたいなぁって」


「そうか! 行こうな。俺様も挨拶しておきたい」


 管理センターで別れたっきり連絡をとることができなかったけれど、夜倉さんは元気にしているだろうか。

 漫画の中での九重学園は、規律が重くストイックに勝ちを求める選手が多かったから、大変な日々を送っているんじゃないかな。

 この世界で唯一の転移仲間だから、仲良くしておきたい。

 せっかくだから二人一緒に幸せな未来を掴みたいものだ。


 船に揺られること3日間。

 そう激しく揺れることはなかったのだけど、アレク様が猛烈に酔ってそれはもう大変だった。

 ひたすら吐いて吐いて、甲板に出ては海に向かって吐いてとひどい状態で、私は介抱に忙しく動き回り、ほとんど睡眠をとることができなかった。

 どうなることかと思ったけれど、無事に翠国に到着できてよかった。


「死ぬかと思った……これだから船はキライだぜ」


「ようやく着きましたね。まずは宿をとって少し休みましょうか」


「そうしよう。すまねえな、ハルちゃん」


 アレク様は各国を旅していると聞いていたのでてっきり乗り物酔いはしない方だとばかり思っていた。

 いつも彼に頼りっぱなしだから、たまには弱いところを見せてくれるのは嬉しい。

 その後の入国審査は滞りなく終わった。アレク様のことは婚約者ということで通した。意外とすんなり行くもんなんだな。


 気持ちのいい潮風が髪をゆらす海沿いの道を歩きながら、酔い覚ましにとアレク様に回復剤を手渡す。少しは楽になるといいけど。

 それからすぐに、港の近くに宿をとった。一応部屋は別々で。


「できれば同じベッドで寝たかったが、仕方ねぇ」


「えへへ、ごめんなさい。アレク様を信用してないわけじゃないんですけど、心の準備ができていなくて」


 さすがにまだ友達から始めようという段階だ。同室に泊まるのは勇気がいる。

 足取りがふらついているアレク様を支えて部屋まで送り、そっとベッドに寝かせたあと私も自分の部屋へ向かった。

 別室とはいえ、部屋は隣同士だ。いつでも会いに行くことができる。


 夕方になるとアレク様の体調も戻ったようで、元気な顔を見せてくれた。


「いやー、寝たらすっかり治ったぜ。心配かけちまったな」


「回復してくれて良かったです。そろそろ夕食を食べに行きましょうか」


「おう! 翠料理のオススメとかあるか?」


「さっき宿の周りを散策していたら、牛鍋屋さんを見つけました。そこに行ってみませんか?」


「ギューナベか。初めて聞くな。よし、行ってみよう!」


 牛鍋っていうのは確か、すき焼きのことだよね。

 ストワールにいる間は和食を食べる機会がまるでなかったから、さすがに恋しくなる時期だ。


 牛鍋屋への道のりを歩きながら、アレク様はきょろきょろと興味深そうに周囲を見回している。

 ストワールとは町並みも人々の装いも何もかもが違うから珍しいのだろう。


「看板の文字は読めねぇが、あの店は魔術系統のものを売ってるとこか?」


 指されたほうを見れば、古ぼけた板作りの小屋に「術具屋」と書かれた札が下がっている。


「そうです。帰りに寄ってみましょうか。魔術教本もここで買えると思いますよ」


「そうだな。まずは腹ごしらえだ」


 牛鍋屋はすぐそこ。胃の中が空っぽであろうアレク様に、はやく何か食べさせてあげたい。



「うまいっ!! 初めて食う味付けだが、かなりいけるな!!」


「それはよかったです!」


 魔力を使うにもエネルギーの蓄えが必要だから、どんどん食べちゃおう。

 鍋の中で牛肉とネギを甘辛く煮た味付けは、まさに求めていた和食の味。故郷に帰ってきたという実感が湧く!

 お互い食べることに夢中になりながら、せっせと箸を動かした。

 アレク様は見よう見真似で箸を動かしているみたいだけど、指の収まりも綺麗だし、運びも上品だ。

 そんな細かな仕草に見とれてしまう。はぁぁ、好きだなぁもう。


「ところでよぉ、ハルちゃん」


「なんですか?」


 食事を終えてゆったりとお茶を飲んでいたところで、アレク様が前のめりで声をかけてきた。


「翠は未踏破のダンジョンがあちこちにあるって聞いたぜ。せっかくだから乗り込んでみねぇか?」


「そう……ですねぇ。私がいちゃ足手まといになりませんか?」


「ハルちゃんも治癒術や援護術は使えるだろう? なんなら攻撃術をいくつか教えてもいい」


「本当ですか? お邪魔にならないなら、そばでサポートしたいです」


「おう。決まりな! 二人で踏破しようぜ!」


「はい!!」


 未踏破のダンジョンを踏破し、内部の形状や生息する魔物などについてギルドに報告すれば、報酬がもらえる。

 アレク様は各地のダンジョンを回ってかなりの額を稼いでいるらしい。

 私はまだ自分の力に自信がないけれど、百戦錬磨のアレク様と一緒だったらなんとかなる気がする。



 帰りに術具屋さんに寄って、たくさん買い物をした。

 魔術教本を二冊と、月佳のご加護があるという指輪。綺麗な琥珀色で、デザインもお洒落だ。

 アレク様は両手で抱えるほどに大量の術具を買い込んでいた。お金持ちの散財は派手だなぁ。見ていて気持ちがいい。



 宿に帰り着くと、部屋の前でアレク様が立ち止まり、そっと私の腰に手を回した。かぁっと頬が赤くなるのが分かる。


「俺様の部屋に来ないか?」


 耳元で囁かれて、爆発しそうに鼓動が高鳴った。

 目の前がうるんで、視界がにじむ。心の準備ができてないってば!!


「あ、あの! 今日は一日動き回って疲れたので、その……」


「安心してくれ、下心はない。ただ、もうすこしゆっくり話がしたい」


「うっ……! ごめんなさい! また明日!!」


 そう告げて、自室に逃げ込んだ。

 バタンと勢いよく扉がしまる。

 バクバクと悲鳴をあげている胸を押さえて、思わずその場にしゃがみこんだ。

 ひどく情けない逃げ方をしてしまった。失礼な女だと思われなかったかな。

 静かに隣の部屋のドアが閉まる音を聞きながら、私は悶々としてしばらくその場から動けなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?