翠の国は、ハオダンの中でほんの少し町並みや文化に触れたものの、基本的にはミステリアスな東洋の島国という扱いだった。
日本をベースに作られた国なので読者としても馴染みやすく、九重学園を支持する読者も少なくなかった。
九重学園の覇道部は規律を守り、国のために力を尽くそうという愛国戦士の集いだ。
ゆえに外部から見るとすこし堅苦しく近寄りがたい印象がある。
特に部長の西園寺さんなんか、バリバリの軍人さんという雰囲気だもんなぁ。
「ここが、ココノエアカデミーか」
「すごい石垣ですねぇ」
観光を兼ねて、二人で九重学園まで散策に来た。お城のような外観は眺めているだけで気持ちが引き締まる。ここで夜倉さんも学んでいるんだなぁ。
「今日から翠も連休なんだろう? 友達は寮にいるのか?」
「どうでしょうね? あら、あの子は――!」
漫画の中で見慣れた顔を発見し、思わず体が動いた。
「こんにちは。あなたこの学園の1年生ですよね?」
「――ああ、そうだが?」
目の前に立っているのは、刃山迅くん。ハヤトくんの幼馴染だ。
まさか人気投票一位の大人気キャラにこんなところで出会えるなんて!
「天月ハヤトくんをご存知ですよね?」
「ああ。幼馴染だけど……」
「私、ストワールの覇道部でマネージャーをやっていまして。ハヤトくんから、あなたのことをよく聞いていました」
「へぇ。アイツ元気にやってるか?」
「とっても元気に頑張ってますよ! ね、アレク様?」
きょとんとした顔で私達の会話を見守っていたアレク様を手招きする。
ハヤトくんはいつも幼馴染の話を聞かせてくれるから、彼も迅くんの名前は頭に入っているはずだ。
「なかなか見所のある1年だぜ。あんたも強いらしいな。覇王祭で会えるのが楽しみだ」
「ストワールって毎年人数不足だろ。今年は人が集まったのか?」
「おうよ。今年は5人いるぜ。見てろよエリート校。てっぺんまでのぼるのは俺様達だ」
「いや、今年も翠の優勝だ。なにせオレがいるからな」
俺様キャラ同士、バチバチと火花が飛び散っているのが分かる……!
原作ではこの二人の会話はなかったから、すごく新鮮! テンション上がっちゃう!!
「ところで、夜倉渚ちゃんがどこにいるか知りませんか? 彼女を訪ねて来たんですが……」
「ああ、アイツなら休日は朝から月ヶ瀬神社にいる」
「月ヶ瀬神社! ちなみにどのあたりにあるんでしょう?」
「ここから近い。大通りをまっすぐ歩けば、ノボリが出てるはずだ。そこから左折してしばらく歩けば着く」
「ありがとうございます!!」
面倒くさがられるかと思いきや、すんなりと丁寧に道順を教えてくれた。いい子だなぁ。
そのまま迅くんに頭を下げて、月ヶ瀬神社へと向かう。
「ツキガセっつーと、有名な術師がいるよな。ココノエの3年に」
「そうですね。彼の実家の神社もこの国で一番大きなものですし、翠の国で彼の名を知らない人はいません」
「ほー。エリート中のエリートか」
「そうですね。でも有名だと私生活での自由時間も少なそうで少し気の毒に思います」
どこへ行っても声をかけられるだろうし、何より神社の仕事で忙しくしているようで、漫画の中では部活にもあまり顔を出していないようだった。
自由気ままに世界各国を回り、見聞を広めたり、たくさんの精霊と契約を交わしているアレク様とは対照的な生き方だ。
月ヶ瀬神社は、前の世界で私が見た数々の神社の中でも別格の広さをもつ大神社だった。
参道も広々としており、脇にしげる緑も太陽光を受けてキラキラと光っている。なんてすがすがしい場所なのだろう。
拝殿で手を合わせ終わったところで、背後から声をかけられた。
「こんにちは。いずこからお越しですか?」
なんと月ヶ瀬さんだった。
青い袴姿は清浄な空気をまとっており、見ほれるほど似合っている。
「ストワールです」
「遠きところより、ようこそ。ご夫婦ですか?」
「い、いえあの……」
「婚約者だ」
照れることもなく堂々と答えるアレク様はすごい。
翠国出身者が異国の人間を連れているということはだいたい婚姻関係にあるものだから、堂々としていて間違いはないと思うけれど、やっぱり恥ずかしい。
「なるほど。よき旅になりますように」
と、月ヶ瀬さんは懐から取り出したお守りを私達に手渡してくれた。
月佳恵護と文字が刺繍してある、桃色の可愛らしいお守りだ。
「ところで、こちらに夜倉渚さんはお越しでしょうか? 彼女に会いに来たのですが」
尋ねると、月ヶ瀬さんは一瞬驚いたような顔をして、優しく微笑んでくれた。
「彼女はこの先の祠におりますよ。ご案内しましょう」
「ありがとうございます!!」
祠への道は、アーチ状に緑で覆われたトンネルのようになっており、一歩進むたびに心の中をすっきりと浄化してくれるようだった。
神社っていいなぁ。豊かな自然で彩られていて、すごく落ち着く。パワースポットって本当にあるんだな。
トンネルを潜り抜けたところで、祠に向かって祈祷する少女を見つけた。
「あれ? 夜倉さんはここにはいないみたいですね」
ちっこいお嬢さんがちょこんと立ってお祈りしている姿は可愛らしくほほえましい光景だ。
夜倉さんはこの子に場所を譲って他の場所に行っちゃったのかな?
「いえ、彼女が夜倉さんですよ。夜倉さん、祈祷中にすまないが、お友達が見えているよ」
月ヶ瀬さんが少女の肩をそっと叩けば、彼女は驚いたようにこちらを向き、首をかしげた。
「……友達? うわっ!! アレクセス!!」
まるで害虫でも見たかのように顔をしかめて、彼女は飛びのいた。
「んん? 俺様のこと知ってんのか」
「うわ、本物だ……ってことは、こいつと一緒にいるアンタは……」
「私、浅野春菜です。あなたは夜倉さん?」
「う、うん……」
こちらが名乗ると、夜倉さんは納得したように頷いた。
管理センターにいた頃ととは、お互い別人のような容姿になってしまっている。気づかなくて当然だ。
「すみません、少し二人だけで話をさせてください」
「構いませんよ。私達は社務所で待ちますので、ごゆっくり」
穏やかに微笑んで、月ヶ瀬さんはアレク様とアーチをくぐって社務所へと戻っていった。
その場に残されたのは、私と夜倉さんの二人。約ひと月半ぶりの再会だ。
「久しぶりですね。ずいぶん変わってたから、びっくりしちゃいましたよ」
「ウチも驚いた。昔の面影全然ないじゃん」
「それはお互い様ということで。こっちに来てどうですか?」
背が伸びた私と、縮んだ夜倉さん。対照的で面白い。
私よりも十数センチは小さいかな。思わず撫でてみたくなる可愛らしさだ。
「まぁまぁ楽しくやってるよ。アンタは?」
「私も毎日楽しいですよ。こっちの世界に引っ越してきて本当によかったです」
「うん、ウチも。ところで何でアレクセスなんか連れてきたんだよ」
「アレク様も翠国に行きたがっていたので。えへへ、実物も格好よかったでしょ?」
「いや、月ヶ瀬さんの方が数億倍格好いいから」
お互い、想い人の顔を思い浮かべてほわわんと口元がゆるんだ。
たしかに月ヶ瀬さんもスラっとしていて爽やかで素敵な人だったな。今のちっこい夜倉さんと並んだら良いカップルになりそう。
「翠国も今日から連休なんですよね。なにか予定はあります?」
ひとしきり近況報告が終わると、社務所のほうへ歩き出した。あまり長々と二人を待たせてもいけない。
「予定何もないよ。だからひたすらココに祈祷にくるつもり」
「へぇ! そんなに熱心に祈祷してたら魔力も上がりそうですねぇ」
「うん。今度実戦形式の実習があるからさ、鍛えておきたいんだ」
「実戦経験って大事ですよね」
ジャグルの討伐についていった時に実感した。身を守るためにもある程度の実力は必要なのだと。
今後も覇道部のみんなとギルドの依頼をこなしたり魔窟の調査に出かけたりする機会はあるだろう。
そのときのために私も最低限の魔術は覚えておかなきゃ。足手まといにはなりたくない。
社務所につくと、月ヶ瀬さんとアレク様が何やら地図を広げて言葉を交わしていた。
「やっぱ行くならこの東の魔窟がいいんだが……」
「そこは特に獰猛な魔物が住むと言われている場所ですよ」
「いいじゃねぇか。仕留めがいがありそうだ」
「未踏破ダンジョンのほとんどは、強力な魔物が支配する危険地帯です。お二人で潜ることは勧められませんね」
どうやらダンジョンのことについて話しているようだ。未踏破のダンジョンに乗り込もうとアレク様は勇み立っていたから。
「ダンジョンに潜るの? ウチも行ってみたい」
会話を遮るように、夜倉さんが割って入る。
「お、なかなか勇気のあるお嬢ちゃんだな。俺様について来たいってか?」
「いや、アンタとは関わりたくない。アサノが行くならついていきたい」
バッサリと両断されたアレク様は、納得のいかない表情だ。
けれど、私と一緒に行きたいと言ってもらえるのは正直嬉しい。
「私も、夜倉さんが一緒に来てくれたら嬉しいな。アレク様、だめですか?」
「ダメじゃねぇさ。ハルちゃんに頼まれちゃノーとは言えねぇ。ついて来な、お嬢ちゃん」
「その呼び方やめてもらえる? ウチ、夜倉渚」
「そっか。よろしくな、ナギちゃん」
「鳥肌が立った」
夜倉さんは目をそらして、両腕をさすっている。ホントにすごく鳥肌たってるな。
アレク様と夜倉さんのやりとりを眺めながら、月ヶ瀬さんはふっと笑みを見せた。
「でしたら、僕も同行しましょう。遠路はるばる翠まで来てくださったのですから、万一のことがなきよう」
「わ! 月ヶ瀬さんも来てくれるんですか!? すごく心強いです!!」
夜倉さんが目をキラキラさせて、その場を飛び跳ねる。かわいい仕草だなぁ。
「大切なマネージャーに何かあってはいけないしね」
「えへへ、ありがとうございます」
「おいコラ、俺様と話してる時と態度変わりすぎじゃねぇか」
アレク様は、二人のやりとりを見て口を尖らせている。仕方ないことだ。乙女の内面はフクザツなんです。
そんなわけで、私達は急遽4人でチームを組むことになった。
全員術師で少しバランスが悪いという話にもなったけれど、きっと大丈夫だ。アレク様は接近戦でもそれなりに戦える。
さて、準備を済ませていざ魔窟へ!!