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第六話 こうなったら最後の手段!


=・・・・むう・・・=

リサは不機嫌だった。

その理由は分かっている。

それほど混んでもいない車内、横向きの座席に座っている昭平と美耶は、肩がくっつく程の距離にある。浮遊の魔法を応急処理で改良して、なんとかついていく事ができた。今は二人にではなく、この細長い乗り物がターゲットであったが。

その近い距離、二人はずっと話し続けている。昭平の方はあまり普段と変わらない感じだったが、美耶の方は明らかに昭平を意識して、それを隠すように喋っている。それは魔法を使って分かったのではなく、リサが直観でそう感じたのだった。

つまり二人が楽しそうに話してる姿がリサを不機嫌にさせていた。

=・・・ショウヘイは私の騎士なんだからね!・・・離れなさい!=

 間に割って入って、両手を広げる。が、相手に触れる事もない事は、リサも知っていたが、そうせざるをえなかった。

=もう!=

 両手をふりまわしてみたが、全く意味がない。リサは溜息をついて少し離れた。



二人は都内に入るいくつか手前の駅で降りた。そこにはまだできて間もないショッピングモールがある。平日昼間ということもあって、人はそれほど多くはない。

「私達、補導されないかな?」

 少しだけ前を歩いていた美耶は、後ろに手を組んだまま、クルリと昭平の方に振り向いた。心配している・・・という顔はしていない。なぜか嬉しそうにも見える。

「学校をサボってきたわけじゃない。もし聞かれたら学校に追い合わせてもらえば、それでいいはずだ」

「そうだね」

 美耶はフフ・・と小さく笑った。

「なんかおかしい事言った?」

「ううん、昭平君らしいなって」

「・・・・・」

 そんな言葉に、昭平も少し顔を和ませる。

 ファッション雑誌に紹介されてた店を幾つかはしごした後、建物内にあるおしゃれな雰囲気の喫茶店に入った。

 頼んでいた飲み物が運ばれてくる。美耶はミルクティー。昭平はマンデリンコーヒーだった。

「・・・今日はわざわざ付き合ってもらって悪い」

 一口だけ飲んだ後、昭平はそう会話をきりだした。

「ううん、来週、福岡のお母さんの実家に行くんで、その買い物もしなくちゃならなかったし、ちょうどよかったよ」

 ミルクティー・・少し甘いかな・・と、思いながら、美耶は笑った。

 それからいよいよ本題である昨日の出来事の話になる。

「うん・・・なんか光ってる紐みたいなのを掴んで引っ張ったら気を失ったみたいで・・・気が付いたら、グランドわきの体育用具室にいたの。あとは何も・・・」

「・・・光る紐・・・」

 昭平はカップの淵を手でなぞる。

 美耶が意識がないとした時間中も、確かに会話をしていた。美耶はその時の記憶が飛んでいるようだが、魔法を使っていたのはまさにその時だった。ならば、その時使った魔法について聞いても知らないのは道理ではある。

「うーん・・」

 光る紐。タイミング的にはその紐を引いたときに、美耶と引き合ったという事・・・今はそれしか手がかりがない。

「他には?、なんでもいいんだ。そのとき他に何かなかった?」

「うーん・・・と、言っても・・・」

 美耶は上を向いて顔を曇らせた。

「紐は、昭平君に結ばれてて・・・もう反対方向は霧がかっててよく見えなかった」

「引っ張ったとき、紐はどうなった?」

「・・・・・・昭平君側のは動かなかったけど、反対側のは緩んできて・・・あとは何も・・・」

「・・・・・」

 質量的な観点から言えば、その霧の先にあるのは、自分よりそうとう軽いものであったはずである。

「紐は俺の後ろから真っすぐに伸びていた。それを美耶ちゃんが斜めに引っ張ったとすると、その軽いなにかは勢いをつけて、美耶ちゃんにぶつかった可能性があるな」

 それが分かった所で、結局はそのぶつかった何かは不明なままだ。が、それがぶつかった事により記憶の逸脱と、魔法力の会得が起きている。同じ現状が起こるなら、同じように魔法が使えるようになるかもしれない。

美耶が二重人格の可能背はどうだろうか?、魔法の使える美耶と、今目の前にいる美耶・・・記憶を共有しない二つの人格があるなら、覚えていなくても不思議ではない。だが、その可能性はあまり高くはないだろう。

なぜなら、魔法使いの方の美耶は、昭平の個人的な秘密まで知っていた。いかな二重人格と言えども、知らないものは知らないはずである。

「それとも、魔法を使って俺の動向を監視していたとか・・・」

 そんな事をする意味が分からない。魔法使いが脅迫する事で得られるものが何もないからである。どちらにせよ、美耶以外の人格、もしくは知能を持つ、何かが存在している。魔法を使ったのはそのどちらであったにせよ、今の美耶ではない。

そうとは知らず、ファンタジー小説好きなオタクな一面をベラベラと喋ってしまった。それにこうして、付き合わせてしまっている。明日学校に行けば、余計な事を聞いてくる奴もいるだろう。

 昭平は、自分の思慮の浅さに溜息をついた。

「ごめん」

 改めて深く頭を下げた。

「記憶がないのに、聞こうとしたって嫌なだけだろうに」

「・・・・・」

「いや、ほんとに・・・これから何かあったらすぐに言ってくれ」

「・・・・・・」

「俺に出来る事なら、なんでもするから」

「・・・ほんとに?」

 両手で口を押えながら黙って聞いていた美耶は、悪戯っぽい笑顔を向けた。

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・一つだけ、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「私と・・・付き合って」

「え?」

「だって、そうすれば、昨日抱き合ってた事も、今日デートした事も、ちゃんと説明がつくでしょ?」

「まあ・・それは・・・」

 何かまるめこまれている気もしないでもないが、断る理由もない。

「それなら・・・いいかも」

「やった!」

 美耶は手を叩いて喜び、その笑顔を昭平に向けた。




 リサは更に不機嫌になっていた。

 寂しさと焦りと恐怖が入り混じった感情で、正確に言えば、不機嫌とは違うものである。

昭平は元いた王国と今を繋ぐただ一つの希望であったが、城以外で初めてまともに言葉を聞いた人間でもある。意思の疎通はままならなかったが、ここ数日ずっと一緒にいて親近感以上のものを、兄以外に初めて感じていた。

それがどういう感情の類なのか・・・リサには分かっていない。だが、その昭平の好意の気持ちが、美耶に向けて傾きつつあるのは分かった。

リサにはそれが寂しさであり、焦りであり、恐怖だった。

昭平を取られてしまったら・・そう考えずにはいられない。元々、言葉を交わす事が出来ない以上、取られる以前に昭平はリサの存在を知る由もない。これはリサが一方的に昭平に向けているのにすぎないのであったが。

それすらなくなったら・・・ただ宙に漂うだけの存在になってしまう。

=そんなの・・・=

 その恐怖には耐えられない。またたった一人・・・。

そうなる前に、どうにかして言葉を交わさなければならない。

=飛翔する・・その先を征く者達よ!=

 緑色の環を二つ出す。

=切り裂け!ウインダリー!リッパー!=

手を交差させてその環を宙でぶつけた。

 光は緑色の火花となって消えていく。それなりに大きな魔法を使ったつもりだったが、風は美耶のスカートの裾をわずかに揺らしたにすぎなかった。

=やっぱり・・・=

ほとんど魔法の効力がない。せめてペンでも動かせるほどなら、多少はやりようもあるのだろうが、この有様では気づいてももらえない。

改めて考える。

この地はどういう存在なのか。なぜここに来たのか。

=・・・分かんない・・=

 どう頑張って思いだそうとしても、試練の場からの記憶が、すっぽりと抜けている。それは忘れた・・とかの話ではなく、そもそも完全に欠落している。

=まさか魔法で・・・記憶を変えられた?=

 事象に働きかける魔法とは違い、精神を変化させる魔法は難易度が高い。しかも変えられた本人が解除するのはリサであっても非常に難しい。

=・・・・百世を渡る精霊・・・幾百・・・幾億・・・境界に飛びし真実を照らし、その実によって真たらん・・・=

リサの広げた手のひらの先に金色の光の輪が現れる。足元にも三つ・・・それらが互いに回転を始める。回転する接地点から、金の光の粒が噴出し始める。

=照らしだせ!・・・マインダリーゲインズ!=

金色の輝きにリサの体はすっぽりと包まれた。お店の他の人間にも、その光は当たってはいたが、昭平達を含めて、誰もそれに気づかない。

=・・・・・・・・=

 その眩い光が陰ってきた頃、リサはゆっくりと目を開いた。

 試練の儀・・・その後の事は・・・。

=やっぱり・・・思いだせない=

 失敗だったのか、最初から魔法で記憶が消されたのかも分からない。何も変わっていない。

 やはり、もっと強い力が必要のようだ。

 昨日のような。

=・・・・もしかして・・=

 再び魔法の円が、正面に広がる。

=我焦がれるは天の楔、絆にてその血脈を繋ぎ止めん=

 青の光が周囲に展開される。


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