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第七話 信じたくはないけど‥‥それが真実なの?

「え?!」

 美耶は突然現れた青い光の糸に驚いて、持っていたカップを落としそうになる。

「どうした?」

「そ・・・そこに・・・光の糸が・・・」

「・・・・・・・」

 美耶が指差した方向・・・昭平もそこに視線を向けたが、何も見つける事は出来なかった。

「まさか・・・昨日と同じものなのか?」

「うん・・・でも、前のより、薄いかも・・・」

 美耶はまた糸を掴もうと手を伸ばした。

「ま・・・待て!」

「!」

 その直前、昭平に止められた。

「また何が起こるかわからない」

「・・・でも、このままだと何にもわからないし・・」

 美耶は昨日何が起こったのか知りたかった。このまま有耶無耶のままでいるのは、ずっとこのままモヤモヤした気分でいるという事・・・それよりはすっきりと解決したかった。

 止めていた手を再び伸ばす。

「・・・・・・・」

 包み込むように、光の紐を掴む。なんの感覚もなかったが、確かに何かを握っているようだった。




 =・・・・・プリズンチェーン!=

 美耶がつかんだ所で、魔法を発動させる。二つの輪が捉えたのは美耶、そしてリサ本人。二人の間には水色の光の鎖が結ばれた。発動と同時に紐は収縮し、リサの体が一方的に引っ張られた。

「・・・・・・・・」

 目を開ける。そこには心配そうに見つめる昭平の姿がすぐ近くにあった。

「・・・どう?」

「・・・・・・・・」

 美耶になったリサは手のひらを見つめる。意識を集中させると、光の粒が集まってきた。その手をすぐに握りしめて光を消す。

 やはり、この地で魔法を使うには、誰かの体に乗り移ればいいようだ。

「君は・・・」

 美耶の顔を見つめていた昭平は、はっとして少し離れた。

「・・・ごめんなさい・・・」

 リサの視界は時折ぼやけ、足元が揺れる感じがした。前回より、うまく合致していないようだった。いつこの状態が解除されてもおかしくはない。昭平に説明する時間はあとにするしかない。

 美耶のリサはテーブルに手をかけながら、よろける様にゆっくりと立ち上がった。、そして両手を広げる。

「百世を渡る精霊・幾百・幾億・・境界に飛びし真実を照らし、その実によって真たらん」

 無数の金色の光が再び店内に満ちる。今度は他の客も気づき、何事かとその方へ顔を向けていた。

「照らしだせ!・・・マインダリーゲインズ!」

 黄金の爆発が店内に満ち、その場の全員がその光の中に埋もれた。




「リサ・・詠唱の準備はよいか?」

「・・・・」

 そう言われてリサは目を開けた。

 ここは王都郊外にある試練の場。石柱が取り囲む中心の中、大神官の前に立っている。 神殿周囲には警護の兵が取り囲み、どこからも邪魔される事はない。夜の時刻ではあったが、雲一つない夜空には無数の星が散りばめられ、石の祭壇はわずかに蒼く光って見えた。

「はい」

 戻ってきた・・・わけではない。ここはリサの心の中の風景の記憶。

「それでは開始する」

「・・・・・」

 リサは両手を星空に掲げた。

 風が長い髪を何度か揺らした後。

「・・・讃えしは、永劫の祝宴・・・風の風琴を持って、炎帝の贄と化し・・・・」

 数メートル程の巨大な魔法の円の光が二つ、上空に現れた。緑と赤の光が交じり合う。

「地妖の抱擁は、慈悲なる大河の奔流となりて、世界に満ちるべき・・・

 新たに茶色の光と、水色の光が加わる。

「・・・・・」

 リサの顔が曇る。

 魔法術式を展開するとき、その式を頭の中で反芻し続ける必要があり、それを怠った瞬間、魔法陣は胡散霧消してしまう。それは魔法の大きさに比例して複雑となり、通常であれば複数の魔法を同時に固定する事は困難な事であった。今、リサは四種類の異なる属性の魔法を同時に、しかも最大規模で展開している。だが、これは試練の序盤にすぎない。

「招く悠久の静寂に刻はなく・・・・・・視差の怨嗟に抗う術もな・・・し・・・」

 円の外側に灰色と黒の円が現れ、内側の円の回転とは逆向きに回り始める。

「我焦がれ・・・」

 額から汗が流れてきた。心臓の鼓動が早まってくる。

「直世が焦がれるは、栄光への昇段なりて・・・」

 それぞれの輪の中心から同じ色の光の柱が昇り、一点で交わりだす。

「永世の境界の狭間の中、安息を得るだろう・・・・」

 その集まった点が次第に大きく膨らんでいく。

「汝らは知るだろう・・・我こそが・・・」

 上空の巨大な光の球体は振動を始める。

「リサーニアル、リオスティル・ヴェインドリア・・・三千世界に永劫の繁栄をもたらす王なり!」

 球体は無数の光の玉へと分散し、瞬間、夜空は昼間へと変わった。

「おおお・・・」

 見上げていた兵士達が驚きの声をあげはじめる。淡い水色の空の上・・白い翼をもった無数の天使達が空を舞っていた。

「・・・はあはあ・・やった・・・」

 リサは腕をおろし、肩で息をする。

 試練は成功した。王位継承の証を示したのである。

「これで・・・・あぐっ?!」

 不意に背中に何か熱いものを感じ、リサはゆっくりと振り向いた。

「・・姫さま・・・残念です」

 兵士の一人が背中に剣をつきたてていた。その後ろには大神官が立って黙って見ていた。

「失敗していれば、こんな事をせずによかったのですが、まさか、成功するとは思ってはいませんでしたな・・・」

「・・・あ・・・」

 背中から突き刺さった切っ先は、薄いリサの体を突き抜け、前までその輝きを伸ばしていた。

「・・・な・・・なんで・・・」

 大神官が近づいてくる。

「王になるのはあなたではないのですよ」

「・・・・」

 口から血が流れてきた。

 なら、命じた犯人は・・・。

 リサはよろめいて地面に両手をついた。視界がだんだんぼやけてくる。

 理不尽・・・その言葉が頭の中を強く叩く。抗う術もなく現実に飲み込まれていくという事に。

「・・・さ・・・三千世界・・・」

 何の魔法を唱えたのか、とにかく必死だった。それで魔法は発動しないはずである。

 リサは空に震える手を伸ばす。

「・・・・じゃあ・・・私は・・・もぅ・・」」

 その手は力をなくし、パタ・・と、地に落ちた。




「いやああああああああ!」

 美耶のリサは両手で顔を抑えて悲鳴を上げた。その声は光が収まったあとの店内中に響き渡り、全員が凍り付いたかのようにリサを見つめる。

「美耶ちゃん・・・じゃないよな」

 昭平は美耶の腕を掴んだ。

「教えてくれ・・・君は・・・誰なんだ?」

「私・・・私は・・・もう・・・」

 美耶との接続が絶たれ、リサの視界が真っ暗になった。




 =・・・・・・・=

 リサの意識が戻ったとき、辺りはすっかり日が沈んでいた。店内は真っ暗で誰もいない。テーブルの上に立てられた椅子が、閉店を過ぎている事を教えてくれた。

 =私は・・・・=

 試練の儀式の後、刺されて死んだ。そしてこの地・・・と言うか、別の世界に意識だけが飛んできた。それが真実だった。

 思い出せなかったのは、思い出せないように自分で封印したからである。

「・・・・・・・」

 リサは自分の腕を見つめる。少しだけ向こう側が透けて見えるようになっていた。命の源からの生命力がない以上、このままいけば、そう遠くない時期に消えてしまうだろう。そして魔法はその命の力を使って行使している。使えば使うほど、消える時期を早める事になる。

 使わなくてもいつかは消える。

 =・・・・・・=

 膝を抱えてうずくまる。

 消える・・というのはどういう事なのだろうか。

 永遠に意識がなくなる・・・という事。それは言葉の上では理解していた。既に体はないので、物に触れたり感じたりする事はできないが、今のように考えたりする事もできなくなる。それが未来永遠。

 =怖いよ・・・・兄・・・=

 兄を思いだしたが、それは途中でやめた。兄を頼る事はできない。そもそもの原因が、兄にあるかもしれないのだ。

 解決策は無く、誰にすがる事も出来ない。それは姫や、大魔法使いとしてではなく、ただの十六歳の少女にとって、絶望という言葉では言い表せない心境だった。

 今、できる事は少しでも長く存在すること・・・それだけだった。




 喫茶店での一件に、白瀬美那は、やはり何も覚えておらず、

「いや、別に何もなかったけど」

 と、いう事で通して、他には何もなく家路についた。

「いや、これはこれは、冷徹なる生徒会長殿、いや、その二つ名は返上という事かな」

 有宏の嫌味もしばらくは続いたが、首尾一貫、徹底して無視し続けた所、三日目ぐらいには興味の対象が他に移ったらしく。何も言わなくなっていた。

 グランドの亀裂に関しては、地下を走るガス管の破裂・・・という事で結局は収まった。つまり何もない日常がまた戻ってきた事になる。

「・・・・・・」

 翌日からの授業中、昭平は後ろの席の美耶について思い返す。今日は登校していない。以前に言っていた母親の実家に行ったようで、ショッピングモールに行く口実というだけでもなかったようだ。

 あの時・・・光を引っ張ったという美耶は、どんな理由で取り乱していたのだろうか?

 【・・・私・・・私はもう・・・】

 もう・・・何が起こったのか? そしてその叫びは、何かよくない事が起こった結果に対してなのだろうか?。

 授業が終わり、昭平は真っすぐに家へと帰る。以前は途中で本屋に寄っていたが、今はそんな気をなくしていた。

「彼女の美耶ちゃん、いなくて寂しそうだねえ、昭平君」

「・・・・・・」

「明日、帰ってくるんだっけ?」

「・・・・・・・・」

 有宏が後ろからちょこまかと顔を出してくるが、昭平は一顧だにせず、バスに乗る。

「・・・・・・」

 バスの窓から流れる景色は、以前と何の変りもない。付き合う事になった彼女ができてすら、日常の中の一部として流れていくだけなのだろう。

「ただいま・・・」

 マンションの中、自分の部屋に入る。そこに並んでいる、夥しい数の小説。なんとなく読むことに気乗りがしない。

「・・・未解決だからだな」

 一人になった所で、昭平は心に蟠っていた言葉を独り言の形で外へと吐き出す。

「・・何がいやだったんだ?。教えてくれよ」

 夕暮れ差し込む部屋の中、昭平の言葉だけが広がっていく。

 本の中の主人公、とりわけ、勇者と呼ばれる存在は、程度の差こそあれど困ってる人がいれば放ってはおかない。必ず、持てる力の全てで助け、悩みや困りごとを解決していく。その困りごととは、世界の危機でも個人的趣向でも構わない。最後は必ず納得のいく落ちがある。だが、現実にはそんなものはない。

「小説のようにはいかないもんだな・・・・」

 拳を握りしめる

 昭平はその言葉を心の中で繰り返す。


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