「え?!」
美耶は突然現れた青い光の糸に驚いて、持っていたカップを落としそうになる。
「どうした?」
「そ・・・そこに・・・光の糸が・・・」
「・・・・・・・」
美耶が指差した方向・・・昭平もそこに視線を向けたが、何も見つける事は出来なかった。
「まさか・・・昨日と同じものなのか?」
「うん・・・でも、前のより、薄いかも・・・」
美耶はまた糸を掴もうと手を伸ばした。
「ま・・・待て!」
「!」
その直前、昭平に止められた。
「また何が起こるかわからない」
「・・・でも、このままだと何にもわからないし・・」
美耶は昨日何が起こったのか知りたかった。このまま有耶無耶のままでいるのは、ずっとこのままモヤモヤした気分でいるという事・・・それよりはすっきりと解決したかった。
止めていた手を再び伸ばす。
「・・・・・・・」
包み込むように、光の紐を掴む。なんの感覚もなかったが、確かに何かを握っているようだった。
=・・・・・プリズンチェーン!=
美耶がつかんだ所で、魔法を発動させる。二つの輪が捉えたのは美耶、そしてリサ本人。二人の間には水色の光の鎖が結ばれた。発動と同時に紐は収縮し、リサの体が一方的に引っ張られた。
「・・・・・・・・」
目を開ける。そこには心配そうに見つめる昭平の姿がすぐ近くにあった。
「・・・どう?」
「・・・・・・・・」
美耶になったリサは手のひらを見つめる。意識を集中させると、光の粒が集まってきた。その手をすぐに握りしめて光を消す。
やはり、この地で魔法を使うには、誰かの体に乗り移ればいいようだ。
「君は・・・」
美耶の顔を見つめていた昭平は、はっとして少し離れた。
「・・・ごめんなさい・・・」
リサの視界は時折ぼやけ、足元が揺れる感じがした。前回より、うまく合致していないようだった。いつこの状態が解除されてもおかしくはない。昭平に説明する時間はあとにするしかない。
美耶のリサはテーブルに手をかけながら、よろける様にゆっくりと立ち上がった。、そして両手を広げる。
「百世を渡る精霊・幾百・幾億・・境界に飛びし真実を照らし、その実によって真たらん」
無数の金色の光が再び店内に満ちる。今度は他の客も気づき、何事かとその方へ顔を向けていた。
「照らしだせ!・・・マインダリーゲインズ!」
黄金の爆発が店内に満ち、その場の全員がその光の中に埋もれた。
「リサ・・詠唱の準備はよいか?」
「・・・・」
そう言われてリサは目を開けた。
ここは王都郊外にある試練の場。石柱が取り囲む中心の中、大神官の前に立っている。 神殿周囲には警護の兵が取り囲み、どこからも邪魔される事はない。夜の時刻ではあったが、雲一つない夜空には無数の星が散りばめられ、石の祭壇はわずかに蒼く光って見えた。
「はい」
戻ってきた・・・わけではない。ここはリサの心の中の風景の記憶。
「それでは開始する」
「・・・・・」
リサは両手を星空に掲げた。
風が長い髪を何度か揺らした後。
「・・・讃えしは、永劫の祝宴・・・風の風琴を持って、炎帝の贄と化し・・・・」
数メートル程の巨大な魔法の円の光が二つ、上空に現れた。緑と赤の光が交じり合う。
「地妖の抱擁は、慈悲なる大河の奔流となりて、世界に満ちるべき・・・
新たに茶色の光と、水色の光が加わる。
「・・・・・」
リサの顔が曇る。
魔法術式を展開するとき、その式を頭の中で反芻し続ける必要があり、それを怠った瞬間、魔法陣は胡散霧消してしまう。それは魔法の大きさに比例して複雑となり、通常であれば複数の魔法を同時に固定する事は困難な事であった。今、リサは四種類の異なる属性の魔法を同時に、しかも最大規模で展開している。だが、これは試練の序盤にすぎない。
「招く悠久の静寂に刻はなく・・・・・・視差の怨嗟に抗う術もな・・・し・・・」
円の外側に灰色と黒の円が現れ、内側の円の回転とは逆向きに回り始める。
「我焦がれ・・・」
額から汗が流れてきた。心臓の鼓動が早まってくる。
「直世が焦がれるは、栄光への昇段なりて・・・」
それぞれの輪の中心から同じ色の光の柱が昇り、一点で交わりだす。
「永世の境界の狭間の中、安息を得るだろう・・・・」
その集まった点が次第に大きく膨らんでいく。
「汝らは知るだろう・・・我こそが・・・」
上空の巨大な光の球体は振動を始める。
「リサーニアル、リオスティル・ヴェインドリア・・・三千世界に永劫の繁栄をもたらす王なり!」
球体は無数の光の玉へと分散し、瞬間、夜空は昼間へと変わった。
「おおお・・・」
見上げていた兵士達が驚きの声をあげはじめる。淡い水色の空の上・・白い翼をもった無数の天使達が空を舞っていた。
「・・・はあはあ・・やった・・・」
リサは腕をおろし、肩で息をする。
試練は成功した。王位継承の証を示したのである。
「これで・・・・あぐっ?!」
不意に背中に何か熱いものを感じ、リサはゆっくりと振り向いた。
「・・姫さま・・・残念です」
兵士の一人が背中に剣をつきたてていた。その後ろには大神官が立って黙って見ていた。
「失敗していれば、こんな事をせずによかったのですが、まさか、成功するとは思ってはいませんでしたな・・・」
「・・・あ・・・」
背中から突き刺さった切っ先は、薄いリサの体を突き抜け、前までその輝きを伸ばしていた。
「・・・な・・・なんで・・・」
大神官が近づいてくる。
「王になるのはあなたではないのですよ」
「・・・・」
口から血が流れてきた。
なら、命じた犯人は・・・。
リサはよろめいて地面に両手をついた。視界がだんだんぼやけてくる。
理不尽・・・その言葉が頭の中を強く叩く。抗う術もなく現実に飲み込まれていくという事に。
「・・・さ・・・三千世界・・・」
何の魔法を唱えたのか、とにかく必死だった。それで魔法は発動しないはずである。
リサは空に震える手を伸ばす。
「・・・・じゃあ・・・私は・・・もぅ・・」」
その手は力をなくし、パタ・・と、地に落ちた。
「いやああああああああ!」
美耶のリサは両手で顔を抑えて悲鳴を上げた。その声は光が収まったあとの店内中に響き渡り、全員が凍り付いたかのようにリサを見つめる。
「美耶ちゃん・・・じゃないよな」
昭平は美耶の腕を掴んだ。
「教えてくれ・・・君は・・・誰なんだ?」
「私・・・私は・・・もう・・・」
美耶との接続が絶たれ、リサの視界が真っ暗になった。
=・・・・・・・=
リサの意識が戻ったとき、辺りはすっかり日が沈んでいた。店内は真っ暗で誰もいない。テーブルの上に立てられた椅子が、閉店を過ぎている事を教えてくれた。
=私は・・・・=
試練の儀式の後、刺されて死んだ。そしてこの地・・・と言うか、別の世界に意識だけが飛んできた。それが真実だった。
思い出せなかったのは、思い出せないように自分で封印したからである。
「・・・・・・・」
リサは自分の腕を見つめる。少しだけ向こう側が透けて見えるようになっていた。命の源からの生命力がない以上、このままいけば、そう遠くない時期に消えてしまうだろう。そして魔法はその命の力を使って行使している。使えば使うほど、消える時期を早める事になる。
使わなくてもいつかは消える。
=・・・・・・=
膝を抱えてうずくまる。
消える・・というのはどういう事なのだろうか。
永遠に意識がなくなる・・・という事。それは言葉の上では理解していた。既に体はないので、物に触れたり感じたりする事はできないが、今のように考えたりする事もできなくなる。それが未来永遠。
=怖いよ・・・・兄・・・=
兄を思いだしたが、それは途中でやめた。兄を頼る事はできない。そもそもの原因が、兄にあるかもしれないのだ。
解決策は無く、誰にすがる事も出来ない。それは姫や、大魔法使いとしてではなく、ただの十六歳の少女にとって、絶望という言葉では言い表せない心境だった。
今、できる事は少しでも長く存在すること・・・それだけだった。
喫茶店での一件に、白瀬美那は、やはり何も覚えておらず、
「いや、別に何もなかったけど」
と、いう事で通して、他には何もなく家路についた。
「いや、これはこれは、冷徹なる生徒会長殿、いや、その二つ名は返上という事かな」
有宏の嫌味もしばらくは続いたが、首尾一貫、徹底して無視し続けた所、三日目ぐらいには興味の対象が他に移ったらしく。何も言わなくなっていた。
グランドの亀裂に関しては、地下を走るガス管の破裂・・・という事で結局は収まった。つまり何もない日常がまた戻ってきた事になる。
「・・・・・・」
翌日からの授業中、昭平は後ろの席の美耶について思い返す。今日は登校していない。以前に言っていた母親の実家に行ったようで、ショッピングモールに行く口実というだけでもなかったようだ。
あの時・・・光を引っ張ったという美耶は、どんな理由で取り乱していたのだろうか?
【・・・私・・・私はもう・・・】
もう・・・何が起こったのか? そしてその叫びは、何かよくない事が起こった結果に対してなのだろうか?。
授業が終わり、昭平は真っすぐに家へと帰る。以前は途中で本屋に寄っていたが、今はそんな気をなくしていた。
「彼女の美耶ちゃん、いなくて寂しそうだねえ、昭平君」
「・・・・・・」
「明日、帰ってくるんだっけ?」
「・・・・・・・・」
有宏が後ろからちょこまかと顔を出してくるが、昭平は一顧だにせず、バスに乗る。
「・・・・・・」
バスの窓から流れる景色は、以前と何の変りもない。付き合う事になった彼女ができてすら、日常の中の一部として流れていくだけなのだろう。
「ただいま・・・」
マンションの中、自分の部屋に入る。そこに並んでいる、夥しい数の小説。なんとなく読むことに気乗りがしない。
「・・・未解決だからだな」
一人になった所で、昭平は心に蟠っていた言葉を独り言の形で外へと吐き出す。
「・・何がいやだったんだ?。教えてくれよ」
夕暮れ差し込む部屋の中、昭平の言葉だけが広がっていく。
本の中の主人公、とりわけ、勇者と呼ばれる存在は、程度の差こそあれど困ってる人がいれば放ってはおかない。必ず、持てる力の全てで助け、悩みや困りごとを解決していく。その困りごととは、世界の危機でも個人的趣向でも構わない。最後は必ず納得のいく落ちがある。だが、現実にはそんなものはない。
「小説のようにはいかないもんだな・・・・」
拳を握りしめる
昭平はその言葉を心の中で繰り返す。