目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第八話 運命を変えに行きましょう!

=・・・・・・=

 何かのもの音がしてリサは顔を上げた。

 昭平の家へとこもってからこの数日、全く外へと出ていない。維持の魔力のかかるものはやめた。ほとんど移動もせずにじっとしているのは全て魔力の節約の為だった。そのせいか、ここしばらくは衰退したような変化を感じられない。もしかしたら、このままでいけば、ずっと消えずにいけるのかもしれない。

 この塔にある入り口・・玄関から誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。昭平が学校から帰ってきた音だった。時間で帰ってきて、そして時間が過ぎて朝になれば学校に出かけていく・・・その繰り返しの日々を、リサはじっと見守る。

 このままあとどれぐらい過ごせばいいのか・・・。もちろん期限などない。この状態が終わるとき、リサの命も終わる。

 ドアノブの回る音がして、昭平が部屋に入ってきた。

 前は部屋に戻るやいなや、本を開いて楽しそうに読んでいたものだったが、最近、それもない。

 付き合う・・・恋人になった美耶が、最近来ないせいなのだろうか?、それでも明日には戻ってくるらしい。ならばそんな浮かない顔をしてなくてもいいものだが。昭平が暗い顔をしてると、リサの心もさらに重くなる。どうすればいいのか・・・。

 =・・・そんな事を考えても仕方がないのにね・・おかしい・・=

 机に向かって何かを書いている・・・恐らくは、学校からの指示書?だろう。表情を全く変えずに、書き続けている。

 =昭平、ちょっっと=

 居間の方から母親が読んでいる。昭平はペンを置いて部屋から出ていった。

 =・・・・・・=

 リサはまた一人取り残される。時計の音は静かに聞こえてはいるが、時間そのものは止まってでもいるかのように感じられた。

 =・・まさか・・=

 =?=

 向こうの部屋から昭平の声が聞こえた。珍しく動揺しているのが分かったので、膝の中に顔をうめていたリサは耳をそばだてた。

 =・・確かその・・・はず・・=

 =・・・・・=

 全部の言葉を聞き取る事ができない。ここは久しぶりに移動するべきなんだろう。

 指で小さな円を描く。次の瞬間リサは居間の中央にいた。

「・・・ほんとなの?」

 母親が壁ぎわにある、四角くて細長い板を見ながら、昭平に聞いてきた。リサは最初は理解できなかったが、あの四角い薄い板はテレビというもので、そこには魔法の伝書板のように様々な情報が映し出される・・という事はすぐに分かった。

 レポーターが中継している場所は、空港の様で、背後には複数の旅客機が映っている。それがスクールバスとは比べものにならないほどたくさんの人を乗せて空を飛ぶ乗り物だというも、この数日の間にリサは知った。

 “先ほどお伝えした通り、福岡発、成田行き、三十三便が二百七十人の人を乗せて消息不明になっております“

「・・・・・」

 “搭乗者は・・・阿部郁夫さん・・上野絵美さん・・・香川・・ ・“

 テレビは、人の名前を読み上げていく。

 リサはテレビが何を言っているのか分からない。ただその口調から、そこで名前が呼ばれた人は、あまり言いことがないようには感じられた。

 “・・・白瀬美耶さん・・・白瀬孝則さん・・・ “

「・・・な!」

 昭平はその名前を聞いた瞬間、口を開けた。

「学校の人なんでしょ?」

 母親が聞いてきた。

「・・・・クラスメイトだよ」

 それだけ言って、部屋に戻っていく。リサもすぐに後を追った。その後ろ姿はいつもと変わらない感じではあったが、戻って戸を閉めるなり、部屋にある、さっきのよりは小さいテレビをつけるなり、食い入るように画面を睨みつける。

 “・・伊丹管制センターとの通信を最後に、33号の信号が途絶しました。途絶からもうすぐ一時間・・安否が気遣われております・・・ “

「・・・・・く・」

 昭平の握っていた手が震えていた。

 リサはその拳をじっと見つめる。




「・・大丈夫・・・」

 昭平は画面から目をそらさない。ただ黙って見ているのではなく、眼鏡の奥の眼光は一分の情報も逃すまいと、鋭さを増していた。

 “・・三十三便が飛行していた場合、あと一時間足らずで燃料が尽きる計算になります。その前にどこかに不時着していればいいのですが・・どう思いますか? “

 テレビの司会者は、スタジオ内の男性コメンテーターにそう聞いてたが、聞かれた所で何か答えられるわけでもなく。心配ですね・・という言葉を繰り返すだけだった。

「・・・・・・」

 昭平は視線を足元に落とす。

 冷たい現実がそこにあった。

 物語であるなら、必然性があって事故は発生するだろう。が、実際は何に因果関係もなく、善でも悪でもない普通の人達が巻き込まれる、理不尽という名の実際があるだけだった。

 無事でいてほしい・・と、昭平は考えながらも、そんなふうに思う事しかできないのは、無責任なテレビキャスターと同じだと自らを卑下する。

「だとしても、俺に何が出来る・・・」

 こうして状況を確認する事はできるが、それはあくまでも結果のみであり、起こった事、今起こりつつある事を変える事はできない。それが現実の鉄則であるからだ。

「理不尽か・・・」

 不時着している可能性は十分にあるし、もしかしたら美耶が魔法の力が本当にあるとすれば、それでどうにかなるかもしれない・・その全てが、かもしれない・・・という昭平の願望でしかない。そして願望というものに対して現実は全く、情状酌量を認めたりはしないものだ。

 自分には力がない、何とかしてくれるのはそんな自分でなくてもいい。他人任せと笑われようが知った事でもない。

「誰でもいい!、なんとかできるならなんとかしてくれ!」

 叫んだ所でどうにもならない事は知っていた。だが叫ばずにはいられなかった。





 =・・・・・=

 画面の中の乗り物が行方不明で、そこに中に美耶が乗っている事を理解したリサは、目の前で震えている昭平の姿をじっと見つめる。

 もし落ちたら大勢の人が死んでしまう事になる。もちろんその中には美耶も含まれる。昭平の落胆と焦りは当然のものだろう。

 そこにどうすればいいのか・・・慰めたい・・気分を晴らしてあげたい・・その手をとって、温もりで和らげてあげたい・・・リサの中にいろんな気持ちが吹き上げてくる。

「だとしても、俺に何が出来る・・・」

 =・・・・・=

 リサの心を代弁するかの様に、昭平はつぶやいた。

 触れる所か、言葉を伝える事もできない。してあげられる事はないのである。

 今、出来る事はこうして見ている事だけ・・・昭平と同じだとリサは自分の境遇を振り返る。こうして黙って見ている事すら、いつかできなくなる。それをなるべく遠い先に延ばす為の日々でしかない。

 =・・・・・・=

 生き続ける・・・という事では意味がある。消えてしまえば、それこそ無に帰るのだから。が、死んではいないという今の状況・・そこに意味はあるのだろうかとも思う。

 =意味なんか考えたって、他にないし・・・=

「理不尽か・・・」

 =・・・・・=

 理不尽・・という昭平のその言葉、ついこの前、強く思っていた。

 特に何かしたわけでもないのに殺されてしまったのは、理不尽以外のないものでもない。

 ここにこうしている事は、そのささやかな抵抗にすぎず、そんな抵抗も意味もなく終わろうとしている。

 なぜなら力がないから。

「誰でもいい!、なんとかできるならなんとかしてくれ!」

 =・・・・=

 死ぬ瞬間、リサもそう思っていた。でも誰も何もしてくれなかった。それを覆す力を誰も持ち合わせていなかったからだ。

 =・・・・力・・・=

 今もその理不尽な力でたくさんの人が不幸になりつつある。

 =・・・・理不尽・・=

 諦めて枯れかけていた心に一筋の光が走った。

 理不尽という運命の神の思惑のまま、こうして消えようとしている。そしてその神はまた多くの人々を飲み込もうと手ぐすねひいている。そんな神がほくそえんでいられるのは、その盤上の人間に意味を持たない駒の一つとしか見ていないからだ。

 だったら、このままその神様の計画通り、消えてしまうのはどうなのだろう?

 =いやだ!=

 どうせ消えるなら、自分の意思で最後まで生を全うしたい。

 このまま生きているだけの生に、意味はないのだから

 =・・・よし!、覚悟を決めるか!=

 リサは自分に気合を入れた。

 どんな手段を使ってでも、美耶を含めた飛行機に乗った全ての人々を助けようと思う。そうすればその大勢の人々の運命もまさしく神様の思惑から外れる事となり、ひと泡もふた泡も吹かせる事になる。

 そしてなにより大切な人が無事という事で、昭平は喜ぶに違いない。

 =我焦がれるは天の楔・・・=

 リサは魔法を唱える。すぐに両手の先から水色の魔法陣が現れた。それは二人を鎖でつないで離れなくする魔法。なぜか美耶には見えていたが、今ではその理由がなんとなく分かった気がした。

 美耶は好きだったのだ、ずっと前から昭平の事が。だから先に環をかけた昭平の鎖が見えた。

 この世界では(思い)が、力を増減させる基準のようだ。

 =・・・絆にてその血脈を繋ぎ止めん・・・=

 水色の輪が、昭平に引っかかる。そこから紐が伸びていた。

 =プリズンチェーン!=

 リサをとりまく輪に、昭平から伸びた紐がつながった。





「!」

 椅子に座って机のテレビを見ていた昭平は、グイと後ろに引っ張られて倒れそうになった。

「・・・・・なんだ?」

 体に水色に光る輪がかかっていた。その輪が後ろに引っ張ったようだった。

 =こ・・・こんにちは・・ショウヘイ・=

「・・・・・」

 名前を呼ばれて昭平はゆっくりと振り返る。

 銀色の長い髪、少し赤みがかった瞳、あちこちにフリルのついた真っ白なふわりとしたドレス・・・そこにいたのは、高校生?‥‥ぐらいの少女だった。僅かに体の輪郭が光っている。

「き・・・君は・・・」

 =え、えっと・・・=

 少女は気まずそうにはにかみながら顔をかく。

 =初めまして・・・でもないけど、私はヴェインフィールド王国の姫・・・リサーニアル、リオスティル・ヴェインドリア・・・略してリサと呼んでください=

 リサはニコ・・と、少し首を傾げて笑った。

「前に・・・校庭のグランドから大地の魔法を使ったのは・・君・・リサなのか?」

 =はい、そうです。先日は失礼しました=

「あ、いや・・・」

 丁寧なお辞儀をされ、昭平はどう対応していいか分からず。聞きたい言葉がなかなか出てこない。

 =・・・・ショウヘイ・・・=

 リサの表情が少し硬くなる。

 =詳しい話をしてる時間がないので、それは途中ででも・・・短めに言うと・・・=

「・・・・」

 昭平は息を飲みこむ。

 =運命を変えにいきましょう!=

 リサが伸ばしてきた手を、昭平は静かにとる。小さなその手は、とても柔らかく、温かかった。

 =ふふっ=

 リサは幸せそうな顔でほほ笑んだ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?