目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第九話 あと少しだけ‥‥

 飛翔の魔法をかけられ、昭平は空へと舞い上がった。

 家々の屋根があった言うまに小さくなり、やがては大まかな地形の稜線しか分からなくなる。

 =風折の咢・・・エアフィールド!=

 一定の高さまで上がった所で、リサは昭平のまわりに空気の壁を作った。これである程度の風は防ぎ、山頂のような息苦しさも感じられなくなるはずである。

「すごい!」

 魔法を使う度、昭平は驚きの声をあげる。

 =私は魔法が直接使えないので、ショウヘイを通して発動しています=

 二人を繋ぐ水色の光の紐が、その力を橋渡ししていた。使う度に紐が輝く。

 =ヒコウキのいるだいたいの場所は分かりませんか?=

「・・・うん・・」

 小さな端末を見ていたが、

「伊丹管制センターそこが最後に連絡してきた場所だ・・大阪にあるんだけど、そこはここから西にある。西っていうのはそっちの方だ。ここからの距離は・・・五百キロぐらいか・・・」

 端末が圏外になり、昭平はポケットに戻す。

 =・・・・・・=

 リサは目を閉じる。五百キロ・・・という距離の単位が今一つ分からなかったが、大体の感覚で納得する。

 =事象の理に反する者、堰嶽の巨神に我は問う!=

 灰色の光の環が広がる。その輪の中心から、昭平の言う方向に向けて一筋の光の筋が走った。

 =インペリアルロード!=

 灰色の輝き?に包まれ、次の瞬間、二人は何処かの海上に出ていた。

「ここは・・・」

 =さっきの場所からその位の場所に移動したんで=

「・・・・・」

 わずかに傾きかけた日の光が錆色の光を海の上に落としていた。

 昭平は何か言いそうな顔になったが、すぐに顔を横に振る。

「時間が惜しい、すぐに捜索を始めよう」

 リサも頷く。

 =ヒコウキの形はだいたいの形は分かるけど=

 魔法の探査の及ぶ範囲はそれほど広いわけではない。

 =ワイバーンズアイ!=

 リサの瞳が赤く光った。色彩は見えなくなるが、これで視覚は数十倍まであがる。

 =・・・・・・・=

 遠くまで見えるには見えた。だが、一定以上の距離になると海上の靄に邪魔されてそれ以上は認識が難しい。

 =サーペンテッドイヤー!=

 聴覚を研ぎ澄ます。

 潮騒の音、空を飛ぶ鳥の声、海中の魚のはぜる音・・・遠くの陸地から聞こえる船舶の音・・・特に変わった音は聞こえない。

 =・・・見つからない・・・=

「・・・・・・」

 リサが何をしてるか、その呪文でだいたい理解した昭平は、何か方法がないかと考えっる。

「飛行機は巨大な鉄の塊だ。空を飛ぶその反応があればその可能性が高い」

 =・・・鉄の塊・・・=

 周囲にその物質があるかどうかを知る為の魔法は知っている。だが、その魔法では、どの方向にあるか、正確に知る事は出来ない。

 リサはその事を昭平に言った。

「だったら・・・」

 一瞬、考え込んだが

「その魔法の感覚をその・・この鎖を通して俺に渡してくれ」

 昭平は二人を繋ぐ鎖をつかむ。

 =わかった=

 灰色の光が鎖を通して昭平に流れ込んでくる。

「・・・凄い・・・」

 頭の中に数式が思い浮かぶ。それをなぞると、昭平の周囲に光のリングが現れ、回転を始めた。

 =リアラウンタブル、アイアンサーチ!=

 リサが叫ぶと、昭平の中に遠くにある大きな鉄の塊のイメージが浮かび上がってきた。

「・・・なるほど・・・つまりこれは・・・」

 頭の中にあるイメージを少し変更してみる。

 手前に広がったリングの中心の点から、リング外周に向けて一本の線が伸びてつながる。線は点を中心としてぐるぐると回転を始めた。

 そのうち線が回転して通り過ぎた瞬間、小さな光の点が現れる。

「あっちだ!」

 昭平は指をさす。見ても何も分からないが。

 =・・・・=

 リサはそんな昭平の姿を見て胸に手を当てていた。目を潤ませる。

「どうした?」

 =い、いえ・・・なんでも・・・さあ、行きますか!=

 笑顔で返したリサに昭平はうなずく。

 =魔法の合体です、そっちの術式の維持は任せます!=

 手を指し示す方向に向ける。

 =インペリアルロード!=

 二人は光となって飛んでいく。




「お客さま、落ち着いてください!」

 件の三十三便の機内の中、客室中が喧噪につつまれていた。非常事態を告げるアラームが鳴り響く機内で、冷静を保つ事は難しい。客室乗務員の女性達が、そんな慌てる乗客たちの対応に追われていた。

「大丈夫だ」

 となりに座る美弥にそう言っているのは、美弥の父親だった。

「うん」

 安全具をつけてはいるが、いざ事が起こった場合、どれほどの効果があるのか疑わしい限りではあったが、それを口にする者は誰もいない。

「エンジンのトラブルと言っていたが・・これじゃ、明日は学校に遅刻だな」

 冗談ふうにそうは言っていたが、事態はそれ以上に深刻なのは誰もが知っていた。

 美弥の座席脇の窓から飛行機の翼が見える。そこから見えるエンジンが今にも止まりそうになっていた。吸気口から鳥などの異物を吸い込んだ事によるトラブル・・それ自体は珍しいものではなかったが、最悪な事に衝撃で片翼の電気系統がすべてショートしてしまい、操作が不能になっている。もちろんそのような詳しい内容は乗客たいが知る術もないが、事態が深刻なのは伝わっていた。

「・・・・なんで・・」

 こんな事になってしまったのだろうか。

 本当に魔法が使えれば・・・どうにかなったのだろうか?

 実際はそんな奇跡は起きない。今はただできるだけ無事に不時着できる事が現実としての最良の結果なのだろうと。

「・・・昭平君・・・」

 彼ならこんなときどうしていただろうか。普通に考えれば、人一人でどうにかできる問題ではない。できるとしたら人間ではなく、本当に魔法使いの類なのだろう。

 だが、もしかしたら、彼ならばなんとかする気がしてならない。

 ろくに話もしていない昭平に惹かれていたのは、彼に、どこか非現実なものを感じていたからなのだろう。が、今となってはこれからそれを確かめる事は出来ないかもしれない。

 祈るのは現実の神様ではない。

 翼から大きな音が響いた。

「!」

 エンジンの一つから黒い煙を噴き出していた。

「やっぱり・・・」

 座席の後ろに頭を伏せ、手を組んで目を瞑ったその時、

「・・・な・・・なんだあれは?!」

 誰かが声を上げた。

「・・・・・・・」

 美弥は顔を上げた。窓に顔を向ける。

「・・・人?・・・え?!」

 飛行機と併走するように飛んでいるのは人だった。それも見知った人に似ている。

「・・・昭平・・・君?」

 それから紐で繋がるようにもう一人。白い服を着た人形のような少女が同じ軌道で飛んでいる。



「追いついた!」

 風圧に逆らい、昭平は旅客機との差を詰めていく。

「・・・右側の翼がマズイようだな・・リサ!、とりあえずあの火を消してくれ」

 =・・・・アプソリュート、コッフィン!=

 火を噴き始めていたエンジン回りに青い光が走り、一瞬で凍り付く。これで燃料の延焼による爆発という最悪の事態は防ぐ事ができた。

 だが、まだ煙は噴き出したままだった。速度はかなり落ちており、このままでは失速して墜落するのは時間の問題だった。

「機首・・前の方からこの機体を持ち上げられるか?」

 =・・・む・・・=

 無理・・・と、リサは言いかけたが、何も言わずに魔法の詠唱を始める。

 =・・・我は理を操りし者!=

 灰色の輪が次々と現れる。

 =・・・汝が寂寞の重貪たる者であれど・・・=

 六つの輪が旅客機の胴体に輪投げのように取り囲む。

 =我の理は、幾何の枷を外すであろう・・・=

 輪の方向に向けた自分の腕を見て、リサは一瞬だけドキ・・とした。透けて向こうの機体が見えている。

 =・・・・・・=

 リサは意識を集中し直す。

 =・・・ヘヴンリアルグラヴィティー!=

 前方に傾いていた旅客機が再び体制を立て直した。

 =・・・・うぐ・・=

 それも長くは続かず、機体はまた前の方に傾き始めた。機体を巻いていた光の輪が砕けて散った。

 =・・・ダメ・・=

「・・くそ・・・何か方法が・・・」

 完全に右のエンジンが停止した。機体は海洋の方に向きを変えた。

「なにか・・何かないのか!?、このままだと」

 =・・・・・・=

 リサは唇をかみしめる。かなり薄くなってきた手のひらをじっと見つめ、それから昭平の顔をじっと見つめた。


 =・・・ショウヘイ・・・=

「・・・」

 =術式を渡すので、ヒコウキの下に潜り込んで、下から支えててください。私はこれから・・・=

 そこでリサは言葉を区切る。

 =・・・魔法を使ってなんとかします=

「・・・分かった・・・」

 昭平は紐を伸ばしたまま、飛んで行った。

 =・・・私は・・・うん・・・楽しかったから・・無駄じゃない=

 現実を支配している無慈悲で不条理な神様に心の中で祈る。

 あと一度だけ・・と。

 大きく深呼吸する。それからゆっくりと詠唱を始めた。

 =・・・讃えしは、永劫の祝宴・・・風の風琴を持って、炎帝の贄と化し・・・・地妖の抱擁は、慈悲なる大河の奔流となりて、世界に満ちるべき・・=

 巨大な三色の輪が空に浮かび上がる。

 =招く悠久の静寂に刻はなく・・・・・・視差の怨嗟に抗う術もなし・・=

 新たな光がそれに加わる。

 =我焦がれ、直世が焦がれるは、栄光への昇段なりて、永世の境界の狭間の中、安息を得るだろう=

 輪はそれぞの色の球体へと形を変え、光の粒子が周囲に噴き出す。

 リサは両手を上に掲げた。

 =汝らは知るだろう・・・我こそが・・=

 機体の下にいる昭平の姿をチラ・・と見る。

 =リサーニアル、リオスティル・ヴェインドリア・・・三千世界に永劫の繁栄をもたらす王なり!=

 大きく息を吸い込む。本来ならそこで詠唱は終わりだった。

 =ビューティフルワールド!=

 光の玉は宙で爆発し、光の奔流が旅客機を包み込んだ。夕暮れ迫っていた紅い世界は、金色の輝きの海へと変わる。

「・・・なんだ?」

 付近を飛ぶ白い鳥のようなものに気づき、昭平はあたりを見渡す。

 それは絵画から現れでたかのような天使達だった。それも、もの凄い数で幾百、数千はいる。それぞれが優雅に回りを飛びまわっている。

 機体は完全に停止していたが、ゆっくり、ゆっくりと下へと降りていく。

 小島の上に風船のように着地した瞬間、天使達の姿はフ・・とかき消え、金色の世界も元の夕焼け空へと戻っていった。

「・・・うわ!」

 少しだけ浮いていた昭平は、不意に浮力を失って、海に落ちたが小島まで泳いだ後で這い上がった。

「・・・リサ?」

 昭平は空を見上げる。そこには沈みゆく太陽があるだけで、リサの姿はどこにも見えなかった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?