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第5話  今も昔も敵は幼馴染み 1

 第四王女はエグランティーヌの生まれ変わり。


 そんな噂がアロイスとの婚約話に飛び交う。国王陛下が婚約をさせたのはエグランティーヌの呪いを解くため、とも。

 エグランティーヌがアロイスを愛していたことは誇張されて知れ渡っていた。


 恋する乙女、エグランティーヌ?


 珍しい芸術品や魔導具を買い集めてはアロイスに貢いだ、とか?

 アロイスは幼馴染みのニノンと愛し合っていたのにエグランティーヌが横恋慕してお金と権力でアロイスと婚約した、とか?

 アロイスと新しい城に住むために重税を取り立てた、とか?

 ダルシアク革命の最大の原因はエグランティーヌの恋、とか?


『お聞きください。私とアロイス様は誰よりもお互いを理解しています。アロイス様のお気持ちは手に取るようにわかっています。エグランティーヌ様には申し訳ないのですが、アロイス様は苦しんでいました』

 ニノンはここぞとばかりにいろいろ捲し立てているみたい。


 耳を澄まさなくても、専属侍女たちの会話で知ることができた。


 過ぎ去りし日、ソレル伯爵が巧みに持ちかけた縁談なのに、エグランティーヌが強要した縁談になっていた。そりゃ、王位継承権を持つ公女と子爵家の次男はありえないもの。

 エグランティーヌが一方的に夢中になって、強引に結んだ縁談ならばしっくりする。

 死人に口なし、っていうけど、マジにそれ。


『エグランティーヌ様の次がベルティーユ王女様なんて……いくらなんでも、アロイス様がお可哀相です。どうか、アロイス様のため、この縁談をお止めくださいまし』

 恥も外聞もなく、ニノンは王宮で泣きじゃくったらしい。あちこちに、第四王女とアロイスの婚約解消を頼んでいる。アロイス様のため、がアピールポイント。


 ……それ、エグランティーヌ時代にもよくやられたよ。今でも耳に残っている。

『エグランティーヌ様、アロイス様のためです。どうかアロイス様のご友人にお声をかけないでください。エグランティーヌ様の身分が高すぎて恐縮しています』

 ……とかね。


 投獄された地下牢でソレル騎士から罵られた。

『公女は高慢だから婚約者の友人に声もかけなかった。アロイス様の面目を潰した』ってね。


 教訓、婚約者の幼馴染みは信じるな。


『エグランティーヌ様とのことでアロイス様は深く傷ついていらっしゃいます。アロイス様を支えられるのは私しかいません。どうか、どうか、アロイス様のためにお力をお貸しください……私たちは真実の愛を育んでいました……』

 専属侍女たちの噂話の内容が正しければ、実際、アロイスとニノンの縁談が持ち上がっていたらしい。

 ニノンはアロイスを一途に想って、行き遅れになりかけている。ソレル伯爵が折れた感じ? ニノンの父親はソレル伯爵のために暗躍したみたいだし?

『ようやく……ようやく、アロイス様と結ばれると思いましたのに……こんな……このような形でまた引き裂かれるなんて……』

 ニノンの捨て身にも関わらず、王室とソレル伯爵の間で話は進んでいる。

 専属侍女たちはニノンに同情するふりをして嘲笑った。

 何せ、ソレル一族から第四王女に対する贈り物がバグっている。


 私の侍女たちは高価な贈り物に度肝を抜かれた。三年先の予約まで埋まっているサロンのドレスの数はえぐい。これ、全部袖を通す前に、私は育っているんじゃないかな?

「……さすが、ソレル伯爵でございます。民のために設立したソレル商団は王国一ですもの」

 首席侍女は目録に目を通しながら、感服したように言った。現在、ソレル伯爵によるソレル商団は飛ぶ鳥を落とす勢い。小耳に挟んだけど、抜け目のない商売をしている。


「ニノンは?」

 私がダイヤモンドの首飾りに触れながら聞くと、首席侍女の細い眉が微かに動いた。

「……ニノンとは?」

 そんな侍女はいたかしら、と首席侍女はほかの侍女たちに視線を向けた。

 けど、ほかの侍女たちは一様に知らないふり。


 こらこら、東南宮にもニノンの噂は流れているでしょう? アロイスの長年の恋人、ってニノンは自分で言っているんだよね? 私の耳にもきっちり届いたわよ……って、まぁ、私が盗み聞きしたんだけどね。


「アロイスの幼馴染み」

 私が腰に手を当ててズバリ言うと、首席侍女は誤魔化せないと悟ったらしい。貴族的な笑みを口元に張りつけた。

「……あぁ、ビヨー男爵令嬢のことでしょうか?」

 ニノンはダルシアク公爵家傘下のビヨー男爵家の長女だった。ソレル同様、お父様を裏切った奸臣の娘。


「アロイスの恋人?」

「……まぁ、どこでそのような戯言をお耳に入れました?」

「あっちこっち」

「アロイス様にとってビヨー男爵令嬢はただの幼馴染みでございます。お気にかけることではございません」

 高位貴族の首席侍女にとって、田舎の男爵令嬢は路傍の石。

 ほかの侍女たちも中央貴族出身だから気にも留めていない。何より、ニノンの振る舞いは王宮ではNG。


「真実の愛」

「真実の愛でございますか? 舞台のお話でしょうか?」

 政略結婚が常の貴族社会において、真実の愛は夢物語よ。舞台でも数えきれないくらい取り上げられている。


「違うの」

「まさか、フレデリク七世の『真実の愛』ですか?」

 先代の国王であるフレデリク七世は王太子時代、平民出身のセシャン伯爵家養女を寵愛して、政略結婚を拒もうとした。『真実の愛』を主張して、王位継承権を放棄しようとしたらしい。あの手この手でなだめすかし、ハーニッシュ帝国の皇女と政略結婚をさせると同時に、真実の愛の相手を第三妃として迎え入れた。


 けど、第三妃は台風の目。

 当代随一のモテ女。

 王太子殿下だけでなくセシャン伯爵家の義兄も第三妃を深く愛していたという。親密な義兄と第三妃は有名だったみたい。

 結局、悲劇として幕を下ろした。


 義兄による無理心中事件はデュクロ王室の深い闇のひとつ。


 ダルシアク公爵家も巻きこまれて大変だったと聞いている。当時の宰相はダルシアク公爵当主だし、無理心中事件を起こした義兄の婚約者はダルシアク公女。


 そんなに遠い話じゃないから、当時を知る宮廷人は残っている。スーレイロル公爵はフレデリク七世の御学友だった。フレデリク七世の正妃である王太后も離宮で健在。


「真実の愛、真実の愛、真実の愛……ニノン、うるさい」

「まぁ、小者の戯言でございます。意中の男性を射止めるため、勝手に歌っているのでしょう。相手にしたら小物の思う壺」

 高貴な淑女が婚約者と仲のいい男爵令嬢風情に騒いではいけない。はしたない。

 黙認した。

 ……うん、それ、エグランティーヌ時代にやって詰んだ。


「ニノン、めっ」

 同じ轍は踏まない。


「婚約式までの悪あがきでございましょう」

「めっめっめっめーっ」

 上手い言葉が出てこない。

 ただ、ニノンはどんな手を使うか、わからないから怖い。父親のビヨー男爵も不気味だ。エグランティーヌ時代にはお父様ともども綺麗に騙されたの。これがまぁ、温厚な紳士の顔をしていたのよ。


 教訓・悪人は悪人の顔をしていない。


「ビヨー男爵令嬢はアロイス様をずっとお慕いしていたようです。確かに、縁談は持ち上がっていたそうですが、ビヨー男爵の懇願にソレル伯爵が負けたようなもの」

 だから、そうじゃない。

 それは知っている。

 ソレル伯爵にとってソードマスターになった次男は自慢の息子よ。格下の男爵令嬢を正妻に迎えたくなかっただろう。


 アロイスの気持ちを知りたい。


「真実の愛?」

 エグランティーヌの死後、アロイスが独身宣言をしたのはニノンのため?

 ソレル伯爵がニノンとの結婚を認めないから? 

 真実の愛なの? 

 ニノンに同情している宮廷貴族や侍女もいるのでしょう?


「そんなにお気になさるのでしたら、アロイス様ではなくレオンス様になさいませんか?」

 そういや、首席侍女はレオンス推し。ソレル一門としても本来はレオンス推し。

 その手には乗らない。


「アロイスで」

 アロイスはニノンを愛しているの?

 ふたりは愛し合っているの?

 私は悪女だから愛し合うふたりを引き裂いてもいい……いいよね……悪女はそれぐらいしてもいいよね?

「まぁ、よほどお気に召されたのですね」

「ニノン、来る?」

 ニノンは直に私に訴える気かな?


 アロイスと愛の逃避行もちらつかせた、って聞いた。

 駆け落ちなんてしたら、国を挙げて追い詰めてやる。不敬罪の適用でどこまで罰せることができるかな? 

 絶対、許さない。


「ビヨー男爵がベルティーユ王女様の前に現れる、という意味ですか?」

 首席侍女に質問の意味を確認され、私は肯定するように大きく頷いた。

「うん、それ」

「菫色の姫殿下はデュクロ王国の煌めく星でございます。どんなに手を伸ばしても天の星には届きません」

 よく覚えておいてくださいね、と首席侍女は人差し指を立てて続けた。


 さすがにニノンも王女の私には直言できないだろう。……まぁ、会えない。

 王宮といってもどこかの街のように大きいし、私が普段生活しているのは東南宮だ。さして身分も高くない男爵令嬢がなんの用もないのに王宮、それも王族の私的区域まで辿り着けない。面会要請なんて出したところで受付担当が却下。


 ……いや、マナー的に考えれば、出すこともできないと思う。

 ダルシアク領と違って偶然に出会うこともないからね。

 ……ううん、あれは偶然を装った待ちぶせ。私がアロイスとふたりで散歩している時に限ってばったり会った。

 どうして、ニノンが待ち伏せできたの?

 アロイスに聞いた?

 アロイス、私とふたりきりがそんなにいやだった?

 深淵に深く刻まれた棘が疼きだしたような気がした。



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