目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第6話 今も昔も敵は幼馴染 2

 ……でね。

 深淵の棘が増えちゃったよ。やっぱり私は甘いと痛感した。断頭台エンドを乗り越えても甘いなんて、引き締め直さなきゃならない。

 ……うん、ニノンと会うことはないと思っていたけれど、会っちゃった。 王太子宮に王太子殿下のお見舞いに行った帰りにばったり偶然……じゃなくて、私の予定を知って待ち伏せていたんだと思う。王太子宮の女官長はソレルの手先だ。王太子殿下の侍従長もソレルの手駒になったみたいだし。

 やるね。

 ニノンがうるうる目で迫ってくるけど、ソレルの下僕と化した首席侍女が背後に立つから逃げられない。

 ちょっと、首席侍女の例の教育はなんだったの?

 王国の星である王女がどうして男爵令嬢にばったり会うのよ、って文句を言いたいけれど、そんな場合じゃない。

 私の専属騎士たちも抑えられていた。王太子宮を警護している騎士たちはいつもと同じように無言で見守っている。

「光り輝くデュクロの星よ。ベルティーユ殿下、ニノン・レリア・ラ・ビヨーがご挨拶させていただきます。どうか、アロイス様をお助けください」

 ニノンの背後にはソレル伯爵夫人やセレスタンの妻もいる。地下牢で私に氷水を浴びせた侍女もいた。よくよくみれば、裏切りの女性陣が勢揃い。あの時より、みんな、化粧が濃くなったね。

「アロイス?」

 私が三歳児を意識して首を傾げると、ニノンは宥めるように言った。

「アロイス様は王女様のお婿さんに相応しくありません」

「どちて?」

「お年です。アロイス様は王女様よりお父様の年に近いのです」

「アロイスがいい」

 私がきっぱり言うと、ニノンは苦悶に満ちた顔で首を振った。

「愛らしい王女様にはレオンス様がお似合いです。アロイス様を指名されたから、レオンス様は泣きっぱなしです。レオンス様が可哀相だとは思いませんか?」

 ニノンの言葉に同意するように、ソレル伯爵夫人やセレスタンの妻たちは相槌を打った。さすがに、この場にレオンス本人はいない。一応、弁えているのかな?

「レオンス?」

「どうか、レオンス様のお嫁さんになってください……王女様はお優しいからレオンス様を助けてくださいますね? 王女様の立場ならばレオンス様を選ぶべきです。それが王女様です。誰も教えてくださらなかったのですか?」

 ……うわ、それ、エグランティーヌの時と一緒だよね。ニノンが自分の意見を押し通そうとする時のヤツ。

『どうか、お父様にエスコートを頼んでください。エグランティーヌ様はお優しいからアロイス様を助けてくださいますね? 公女様の立場ならばエスコートはお父様か弟様に頼むべきです。それが公女様です。誰も教えてくださらなかったのですか?』

 婚約した直後、ダルシアクと親交のある侯爵家のパーティーに招待された。当然、私は婚約者であるアロイスにエスコートを頼むつもりだった。けど、ニノン曰く『子爵家の次男に公女のエスコートは辛い』と。『アロイス本人も嫌がっている』と。『婚約したばかりだから、今回は許してあげてください』と。

 寝耳に水。

 あっという間に私は説き伏せられ、幼い弟にエスコートを頼むことになった。それだけじゃない。王宮のパーティーでも幾度となくあった。弟にしてみれば、社交マナーを学ぶ場になってよかった。けれど、地下牢で私はソレル騎士にさんざん詰られた。『傲慢な悪女はアロイス様の身分をいやがって、エスコートさせなかった』ってね。

 もう騙されない。

「アロイスがいい」

「王女様ではないのですか?」

 うわ、声音も顔つきも一緒。

『公爵令嬢ではないのですか?』

 今でもニノンの言動は魂にこびりついている。

 エグランティーヌは揉めないように優雅に微笑んで鎮めた。もっと言えば、やられた。『淑女』に縛られていたのよ。

 悪女の私を見てちょうだい。

「じゃ、アルチュール」

 三歳の誕生パーティーでおばちゃん心をくすぐられた男児は婿候補として非の打ち所がない。祖父のスーレイロル公爵はソレル伯爵に取りこまれていない貴重な存在だ。

「……はい? アルチュール?」

 ニノンは豆鉄砲を食った鳩のような顔をした。

 やった。

 初めてニノンにやり返した。

「わたくち、アチュの嫁になるでち」

 あれ? 舌が回らなくなってきた?

 ニノンは茫然としているけれど、首席侍女が血相を変えた。

「アルチュール……アルチュール……外務大臣のお孫様のアルチュール様ですか? スーレイロル公爵家のご令息?」

 長年、スーレイロル公爵は宰相として辣腕を振るってきた。数年前、年齢と体調を理由に隠居しようとしたという。けど、フレデリク七世たっての願いで外交の責任者に回ったんだ。デュクロの大黒柱のひとり。

「あい。アルチュールにちゅる。アルチュールとケーキ、モグモグちてない。アルチュールとケーキ、モグモグするでちーっ」

 私が大声で叫ぶと、ニノンやソレル伯爵夫人、セレスタンの妻たちは色を失った。護衛の騎士たちも動揺する。

「……あ、アロイスです。アロイスですわね?」

 ソレル伯爵夫人が慌てたように口を挟むと、セレスタンの妻も続いた。

「……あ、ベルティーユ王女様はアロイス様のお嫁さんになってくれるのですよね?」

 ニノンは何か言いかけたけれど、セレスタンの妻たちに睨み据えられる。護衛騎士に囲まれるや否や、どこかに連れて行かれた。これらはほんの一瞬の出来事。

「アルチュールでちゅ。ニノンがアロイスはめっ、言った。アルチュールと洋梨のショコラ、モグモグ」

 ……そうか、スーレイロル公爵の孫と結婚させたくないんだ。……いや、自分の家門以外の男と結婚させたくないんだよね。

 なんて、わかりやすい。

 やっぱり、ニノンとソレル一門は違う。

 一枚岩じゃない。

「どうか、アロイスと一緒に召しあがってくださいませ」

 当然、ソレル伯爵夫人の作り笑顔には騙されない。

「苺のミルフィーユも檸檬のスフレも黒いサクランボのクラフティもアルチュールとモグモグ」

 誕生パーティーで食べ損ねたスイーツを羅列すると、コバルトブルーの髪と瞳を持つ専属騎士が声を張り上げた。

「姫殿下、かしこまりました。即刻、アルチュール様をお呼びします。ほんの少しだけお待ちください」

 間髪を入れず、マルタンという名の一番若い専属騎士も伝達の魔導具を手に言い放った。

「アルチュール様の祖父である外務大臣に連絡を入れました。ちょうど会議が終わったらしくすっ飛んでく……いらっしゃるそうです。申し遅れました。アルチュール様の乳母は私の叔母です」

 私の専属騎士のひとりがアルチュールの乳母の甥とは知らなかった。

 ソレル伯爵夫人が文句を言う前、スーレイロル公爵を中心とした高位貴族がわらわらと現れる。早い。

「……おじちゃん、いっぱい」

 スーレイロル公爵がいらしたわね、と私は言いたいのに言えない。

 私の無念を知らず、マルタンが嬉々として教えてくれた。

「アルチュール様のお祖父ちゃんと叔父ちゃんふたり、大叔父ちゃんもいらっしゃいます。従兄のお兄ちゃんもスーレイロル騎士団のおじちゃんもいますね……あ、アルチュール様のママンのほうのお祖父ちゃんや伯父ちゃんもいます」

 スーレイロル公爵の関係者が団体でやってきた。全員、スーレイロル派だ。私は手招きしたけれど、ソレル伯爵夫人たちが立ち塞がる。

 ちょっと、前が見えない。

 けど、スーレイロル公爵も引いたりはしなかった。

「ベルティーユ王女のお召しにより、参上しました。アルチュールもほどなく参ります。煌めく星を遮る雲は行き先を風に託さなければなりませぬな」

 貴族辞書で要約・こっちは王女様のご指名だ。邪魔すんな。ゴラァ。

「外交の要が天の星に惑わされましたのね」

 貴族辞書で要約・外務大臣が幼い王女様の気まぐれに振り回されて情けない。さっさと帰れ。ゴラァ。

「ソレル伯爵夫人、ベルティーユ様にご挨拶を申し上げたい」

 埒が明かないと悟ったのか、私に理解させたいのか、スーレイロル公爵は直接話法に切り替えた。

「王女様が怖がっていますわ。お年を召した男性が大勢でいらっしゃるから……」

 ソレル伯爵夫人、私の名を騙って大嘘をつくな。

 これ、ここでスルーしたらあかんやつ。

 今後、ずっとやられる。

「アルチュール、クグロフ、モグモグするでちーっ」

 私がゲンコツを振り回しながら叫ぶと、スーレイロル公爵たちは感嘆の声を上げた。

「王女様、アルチュールの大好物はクグロフです。どうか、一緒にモグモグする名誉をお与えください」

 スーレイロル公爵の幼児言葉が渋い。

「ベルティーユ王女様はお疲れです。お連れしなさい」

「お待ちください。話はまだ終わっていません」

「無礼者、第四王女様に近づかないでください」

「無礼はどちらですかな?」

「第四王女様はソレルに降嫁されることが決まりました」

「まだ正式に決まってはおりません。第四王女はアルチュールをお気に召したご様子ですぞ。スーレイロルはやんごとなき姫の降嫁先に最も相応しい」

「アルチュール様はラグランジュ侯爵令嬢との縁談がお決まりでしょう。おめでとうございます」

「やはり、アルチュールとラグランジュ侯爵令嬢の根も葉もない噂を流したのはソレル伯爵ですな?」

 いったい誰が何を言っているのか?

 あっという間に、スーレイロル公爵たちとソレル伯爵夫人たちの言い争いの場になった。……いや、いつしか、ソレル伯爵や宰相まで集まっている。

 なんか、優雅の欠片もない言い争い。

 王宮の基本は『優雅』じゃなかったの?

 宮廷貴族はソレル一色に染められかけていると思っていたけれど、スーレイロル公爵みたいに抗っている勢力もある。……うん、文官長もスーレイロル派なのかな? ……あ、近衛騎士団の騎士団長がスーレイロル派で近衛連隊長はソレル派なの?

 どうなっている?

 勢力図を見ておきたかったのに、私は首席侍女に抱かれて王太子宮から運びだされた。騎士たちは綺麗な連係プレイで追いすがるスーレイロル派をブロック。

 私の部屋で首席侍女に注意されたけど、右から左に聞き流した。

 スーレイロル公爵率いるスーレイロル派についてリサーチしなきゃ。

 ソレルへの復讐は私だけではできない。

 スーレイロル派の協力があれば、なんとかなる?

 ニノンも王宮でところかまわず『真実の愛』を吹聴しているし、私はアルチュールと婚約することになるのかな?

 次、スーレイロル公爵と会う時にはそれとなく探りを入れよう。一日も早く、呂律がちゃんと回るようにしなきゃ。

 私は筋トレと一緒に舌トレもスタートした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?