なんて、卑怯な。
真っ先に狙われたのが、私の首席侍女であるラメット伯爵夫人。
ラグランジュ侯爵が息子や文官たちを連れ、私とお母様の第四妃に詰め寄った。
「王太子殿下の首席侍女の家門は多額の借金を抱えています。明日にも破産するでしょう。殿下の首席侍女が平民落ちなど、殿下のお名前にも傷がつきます」
ラグランジュ侯爵が言いたいことはわかる。
首席侍女の家門が破産する前、その任を解け。
新しい首席侍女にソレル派の夫人を指名しろ。
ふざけるな。
「いやっ」
私が仁王立ちで拒むと、第四妃が庇ってくれた。
「お父様、ベルティーユはラメット伯爵夫人に懐いています。私も心より尊敬しています」
私の目から見ても、第四妃と首席侍女の仲は良好よ。首席侍女はなんであれ、こまめに第四妃に報告しているの。元首席侍女は宰相やソレルにあれこれ告げ口しても、第四妃にはなんの報告もしなかったみたいだから。
「第四妃、甘やかしすぎだ。王太子殿下は玉座に座るお方ぞ」
ラグランジュ侯爵に叱責され、お母様は今にも背中から倒れそう。子供の頃から、父親に逆らうことなく育ち、後宮入りしたんだよね。
いつしか、首席侍女は文官たちに囲まれていた。
……うわ、聞こえた。
明日、借金が返済できなければ破産?
明日、領地や屋敷など、明け渡すんだったら爵位も返上?
ラメット伯爵夫人は平民落ち?
……それ、ソレルの罠だよね?
明日じゃなくてせめて明後日だったら何か手が打てたかもしれないのに……って、手が打てないように今日、乗りこんできたの?
クロエたちは泣きそうな顔でハラハラしている。
これ、流されたらあかんやつ。
ラメット伯爵夫人を助けられなかったら、次、クロエやマルタンたちもやられる。
「夫人、あげる」
私は胸元を飾っていたダイヤモンドのブローチを首席侍女に手渡した。
「……まぁ」
首席侍女の目がゆらゆらと揺れ、頬がほんのり上気した。
「これもあげる。……こっちもあげる。全部、あげる」
私は背伸びしてチェストの宝石箱を取った。魔石の花瓶や高価な魔導具も売れば、まとまったお金になるはず。
「……殿下」
ぽいぽいぽいぽいっ、と捨てているわけじゃない。首席侍女の手に強引に渡している。
「ぜ~んぶ、あげる」
王太子宮には東南宮とは比較の対象にならない高価なもので溢れている。値段のつけられない遺物もあるから、ラメット伯爵家の破産を止めることはできる……明日の破産は止めることができるんじゃないかな?
「王太女殿下、ひとりの侍女に下賜を集中させるのは美しくありません。国の崩壊も招きかねる」
ラグランジュ侯爵、マジウザい。
けど、こういうタイプには真正面から正論をぶつけても駄目。
「じいじ、あげる」
渾身の姫スマイルを浮かべ、ラグランジュ侯爵の手首を私のダイヤモンド付のリボンで結んだ。
「……じいじ?」
ラグランジュ侯爵は雷に打たれたように固まる。
私がこんなにサービスしているの。
おちてよ。
あともう一押し?
猫脚のテーブルに用意されていたボンボン・オ・ショコラもラグランジュ侯爵に差しだした。
「じいじ、あげる。あ~んして」
ラグランジュ侯爵の目の焦点は定まっていないけど、私が言った通り、口を開けた。
ぽいっ、と木苺味のボンボン・オ・ショコラを入れる。
「じいじ、おいちい?」
「…………」
「おいちいよね?」
ラグランジュ侯爵、いやな奴だと思ったけれどそうでもない?
第四妃がびっくりしているけれど、孫には意外と甘いのかな?
なんであれ、ラグランジュ侯爵はそれ以上、首席侍女について何も言わなかった。お礼を言うと風のように去る。
外祖父との勝負、一本勝ち。
「姫様、いつのまにそんなテクを……」
クロエやマルタンたちが笑っているから、私は渾身のドヤ顔を決めた。
「悪女をナめないで」
ぶはっ、とクロエとマルタンが噴きだす。
そこ、笑うところじゃないでしょう?
首席侍女が私に跪くから、慌てて手を取った。
「我が家門は当主の不徳により、領地や屋敷を手放すことになりました。本来、首席侍女を辞するところではございますが、私は王太子殿下から離れるつもりは毛頭ございません」
「夫人、一緒よ。ず~と一緒」
意外なようだけど、首席は言うまでもなく専属侍女の存在は大きい。正直、専属侍女の立ち回りにより、格が決まることもある。王太后陛下でさえ才媛と名高いモニエ侯爵夫人が支えなければ、デュクロ王宮で生き抜くことは難しかったという。
この先、私はラメット伯爵夫人に支えてほしい。
「ありがとうございます」
けど、借金はどうしよう。
首席侍女に家門の経済状況を聞いたら、火の車なんてものじゃなかった。今まで破産しなかったほうが不思議。
私が唸っていたら異世界ATMじゃないアロイスの登場。
「……俺の、使ってくれ」
アロイスが個人資産を提供してくれたから助かった。
改めて確認したけど、ラメット伯爵家がソレルの巧妙な罠に落ちたんだ。 ラメット伯爵夫人が知った時、手遅れ状態だったみたい。
「恥ずかしながら、夫の秘書官と家令がソレル商団に買収されていました。ふたりとも信用していましたので、すっかり騙されてしまいました」
それ、ソレルの手口。
「みんな、気をつけて」
ほかの専属侍女や専属騎士たちが激戦地に向かうような顔で頷く。アロイスは特攻隊長みたいな顔で去っていった。