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第42話 王太子になりました 3

 ラグランジュ侯爵は毒親ならぬ毒祖父。


 娘は父親に従うもの、女は男に従うもの。

 そう思いこんでいる典型的な貴族だ。

 これが第四王女、つまり私の祖父?


 教育が必要なのはそっち。

「……ふぬ~ぅ」

 特製の魔力爆弾、お見舞いしちゃる。

 手に魔力を集めた時、アロイスの言葉を思い出した。

 ここで魔力を爆発させたら危険視される。


 ……あ、アロイスにもらったやつ。

 国宝クラスの腕輪、使えるの?


「いやーっ。アロイス、助けてーっ」

 私は腕輪に向かって助けを求めた。


 その途端、シュッ。

 深紅混じりの黒い煙とともに騎士姿のアロイスが現れた。


 嘘じゃなかったんだ。


「……これは?」

 アロイスは魔力拘束具や檻を確認した途端、すべて把握したみたい。凄絶な怒気を発散させ、ラグランジュ侯爵を見据える。


「アロイス卿、魔獣討伐の折はお世話になりました。感謝しています」

 魔獣に苦しめられた領地の領主はソードマスターに頭が上がらない。私に対する態度とだいぶ違うんじゃね?

「王太子殿下に対し、これはなんだ?」

 アロイスの視線の先は魔力拘束具や檻。

元専属騎士たちはアロイスが漲らせる怒気と魔力に怯えている。


「私は王太子殿下の後見人です」

「それが?」

「王太子殿下の責任を取る立場です。ご理解いただけますね?」

「王太子殿下の意向に背くな」

「王太子殿下はまだ幼い。教育が必要です」

「問題があった奴らばかり」


 アロイスは鋭い目をさらに鋭くさせ、元首席侍女たちを睨み据えた。魔力が漏れ、ピリピリピリッ、とした火花が散る。


「誤解です。ソレル伯爵夫妻も称賛する者たちです。王太子殿下のためですぞ。今回、私が誤解を解かせていただきます」

「王太子殿下の婚約者として認めない」

 無骨な騎士にしては珍しく、自分の立場を声高に主張した。

「無体な」

「ベルティーユ様を守る気がないのならば去れ」

 アロイスが右手を上げた途端、深紅混じり漆黒の嵐が巻き起こった。ラグランジュ侯爵の身体が宙に浮く。


「ひっ、ひーっ」

 元首席侍女や洗脳係たちも天井間際で大回転。

 ……うわ、こんなことができるんだ。

 アロイス、ヤバい。


「アロイス卿、父上に逆らうつもりですか……ひーっ」

「ソレルの剣が……どうして……」

「……む、無体な……ソレル派のくせに……」


 誰が何を言ったのか、わからないけれど、ラグランジュ侯爵を始めとするソレル派は消えた。魔力拘束具や檻もない。


 アロイスの魔力、以前にもまして半端ない。

 魔法師の修業もしていないのにどういうこと?

 なんであれ、邪魔者は消えた。


「アロイス、来た」

 アロイスは私に対し、騎士としての礼儀を尽くした。

「姫様、遅くなって申し訳ありません」

「あの人たちいや。鞭もいや。ショコラくれないのもいや。クグロフもサブレもくれないし、髪の毛を引っ張る」

 よくよく思い返せば、アロイスと婚約後、若い侍女に意地悪された記憶がある。確か、ソレル伯爵夫人がねじ込んできた侍女だ。


「……許せない」

 アロイスが大きく頷いた時、ノックもなく専属騎士のマルタンが飛びこんできた。

「王太子殿下、ご無事ですか?」

 マルタンの背後にはほかの専属騎士、クロエたちもいた。


「マルタン、どこにいたの? わたくちのきちでちょ」

 くそ、こんな時に限って呂律が回らない。

「すみません。ソレル伯爵にクビを言い渡され……いえ、ちょっと寄り道していました。遅くなって申し訳ございません」

 マルタンをぺちぺちした後、クロエに抱きついた。


「クロエ、どこにいたの?」

「姫様、ごめんなさい」

 クロエがいつもそばにいてくれるから力強い。

「クロエ、ずっと一緒」

「私も姫様から離れません」


 優しく包んでくれる首席侍女のドレスも右手で掴む。

「夫人、ずっと一緒」

「姫様がおいやになっても離れません」


 私はマルタンの裾も左手でつかんだ。

「マルタン、ずっと一緒」

「大丈夫です。スーレイロル公爵が奥の手を使いました」

「じいじの奥の手?」

「はい。じいじは開戦直前の戦争を回避させたり、泥沼の戦争を止めたり、気難しい派遣国家の君主から譲歩を引き出したり、圧倒的に不利な状況から有利な条約を結んだやり手です。腹を括ったら強い」

 フレデリク六世の時代から国を支えた重鎮の手腕は知れ渡っている。フレデリク七世にとっては父親にも等しい存在。


「じいじ、今まで強くなかったの?」

 素朴な質問。

 スーレイロル公爵がもっと早く奥の手を使っていたら、ソレル派はここまで増長しなかった、ってこと?


「……な~んか、今までのスーレイロル公爵とは違うような気が……元々、権力志向はありませんから、そちらに興味はなかったんですが、それにしても……」

 マルタンが意見を求めるように視線を流すと、首席侍女は同意するような顔で扇を振った。


 ……何かあるの?

 何を感じているの?

 伯母様もスーレイロル公爵には含みがあったみたいだし。


「マルタン、ベルティーユ様から離れるな」

 アロイスが低い声で言うと、マルタンはコクコク頷いた。

「わかっている。勅命でも離れない。……これ、殿下が抑えられたら……じゃねぇ、殿下から目を離したら終わりだと思う」

 マルタン、もうちょっと口を滑らせてちょうだい。


「姫を奪われるな」

 ……うわ、アロイスが言った。


 王宮内で拉致されて、ソレル派に監禁される危険もある?

 そういうこと?

 身分は高くても四歳児。

 周りをソレル派で固められたら詰む。

 王太子の薄氷を踏むような日々が始まった。

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