目まぐるしい速さで時が駆けて行った。
あっという間に私は四歳。
「ベルティーユ、よく無事で……」
第四妃の言葉がやけに切なくも重い。
「姫様、お誕生日おめでとうございます」
「来年は盛大なお誕生パーティーを開きます。今年は私たちで心を込めてお祝いしますね」
「クロエとマルタンが花踊りを披露します。ご覧ください」
華々しい誕生パーティーは開催せず、身内だけのささやかな誕生日パーティーを開いた。バースデーケーキは旬の果物を使った特製ケーキよ。
アロイスやばあやたちも祝ってくれたから充分。
「世界で一番大好きな姫、お誕生日おめでとうございます」
人形の誕生日プレゼントを渡してくれたアルチュールなんて、可愛いが過ぎる。
それにしても、あちこちから送られてきたプレゼントがバグってる。
「ハーニッシュ帝国の皇帝陛下から初代皇后陛下が愛用された首飾りが届いています。……国宝ですわ」
「ハーニッシュ帝国の皇后陛下や皇太子殿下、宰相からも届いています。……外務大臣や内定侍従長からも……」
今までの誕生日と違って、王太后陛下の母国からのプレゼントかエグい。
「ハーニッシュ帝国の大公殿下やハーニッシュの三公爵様も……もしかして、ハーニッシュ帝国はベルティーユ様と縁を結びたいのでしょうか?」
「シュタルク帝国の皇帝夫妻や皇太子夫妻、大公夫妻からもプレゼントが届いています」
「シュタルク帝国の宰相夫妻からは、魔塔で開発されたばかりの最新の映像の魔導具ですわ。現在、三年待ちの魔導具ですのよ」
「シュタルク帝国はベルティーユ王女と縁を結びたいようです。内々に大使から打診があったそうです」
首席侍女がリストを手に管理してくれるんだけど、クロエやほかの侍女たちは目を回しそうな感じ。
ロゼ商団からのプレゼントも届いたけれど、待ちわびている報告はなかった。
ギー、何しているの?
※
喪が明けるや否や、私の立太子の式典が執り行われた。後継者争いに列強を参戦させないためだろう。
「……お、重い」
王太子としての正装がやたらと重くて歩けない。
髪飾りや国宝のティアラもエグいのよ。
ストン、と尻もち。
やっちゃった。
顔から火が出た。
けど、優しい目に包まれている?
「まぁ、可愛らしい」
「天使はあのような姿も可愛いわ」
ギリセーフ?
「ベルティーユ王女様、大丈夫ですか?」
「殿下、立てますか?」
「ベルティーユ、あと少しよ」
第四妃のお母様たちは慌てるけれど、マジ重い。
凶器サイズの宝石が散りばめられたドレスもマントもどうしてこんなに重い……って、靴もやたらと重いよ?
やっぱ、筋トレが足りなかった?
……あ、アロイスも心配そうに私を見ている。
今日ばかりはアロイスの筋肉に頼れない。
ゴールは遠い。
「これ、いらない」
ズルズルのマントを取ろうとしたら、第四妃に慌てて止められた。
「ベルティーユ、必要なの」
リアル幼児なら絶対にここでアウト。
「ふぬぅ……」
筋トレ、改めて誓ったよ。
うなれ、貴重な私の筋肉。
いでよ、令和日本の残念人生で鍛えた根性。
「まぁ、なんて凛々しいお顔」
「ベルティーユ王女様は幼いながらも国主の器をお持ちですわ」
我ながらよく耐えたと思う。
なんにせよ、私は王太女ならぬ王太子になった。
次期、君主だ。
婚約者のアロイスが私の背後に立つ。
以下、後見人のラグランジュ侯爵夫妻やソレル伯爵夫妻、セレスタン夫妻やソレル派がぞろぞろ続く。
ここぞとばかり、第四王女の外戚であるラグランジュ侯爵家がしゃしゃり出てきたけど、所詮、ソレルの操り人形だよね?
私の後見人がラグランジュ侯爵になるのは仕方がない。
……あれ?
スーレイロル派の首席侍女や専属騎士たちが遠くに追いやられている。
どうして?
「こっち来て」
私が手招きしてもソレル派の宰相に阻まれた。
……げ、元首席侍女や元専属侍女たちに元専属騎士たちがいる。身分を剥奪されて修道院送りになった洗脳担当の元伯爵夫人までいた。
追いやったのに、どういうこと?
……うわ、距離が近いよ。
私の不興を買ったんだから、こんなに近くに来られないよね。
いやな予感。
これ、私が王太子になったことによるソレル派の巻き返し?
立体子の式典まで、ソレル伯爵とスーレイロル公爵だけでなく列強も巻きこんだ凄絶な権力闘争があった。……みたい。
肝心の王太子は蚊帳の外。
これ、このまま最初から最後まで蚊帳の外かな。
国王陛下はソレルの言いなり?
体調が悪いのかな?
とっても顔色が悪くて、正妃や側妃たちも心配している。
陛下、お願いだから倒れないでね。
ここで陛下に何かあったら詰む。
デュクロの王冠、今の私には物理的にも重いから。
いやな予感は当たった。
王太子宮に戻っても、優しくて淑やかな首席侍女やクロエたちがいない。
母方の祖父であるラグランジュ侯爵が猫撫で声で紹介した。
「王太子殿下におなりあそばされたのですから、相応しい者を揃えました」
ラグランジュ侯爵の手の先には、更迭したはずの元首席侍女や洗脳係の鞭夫人……や、元伯爵夫人がいる。
「いや。ラメット夫人やクロエたちがいい」
私がラグランジュ侯爵を後見に持つ王太子として即位したことで、王宮内のパワーバランスが変わった。
それで私の首席侍女から専属侍女、専属騎士たちがまた変わるの?
ソレル伯爵の命を受けて、ラグランジュ侯爵は私の周りをまた洗脳係で埋めようとしているの?
いやよ。
せっかく、毎日が楽しくなったのに。
「王太子殿下におなりあそばされたのです。仕える者も資格が必要になります。相応しき方々を揃えました」
「絶対にいやーっ」
私は首をぶんぶん振った。
「困りましたな。私は王太子殿下の後見人です。立派な君主になれるように導かなければなりません」
ソレルの犬、ほざきやがる。
「後見人、いらない」
ふんっ、と私は悪女っぽく腕を組みながら鼻を鳴らした。
「王太子殿下、悲しいことを仰せにならないでください。後見人がいなければ、ショコラも口にできませんよ」
後見人のいない王子や王女の立場は弱い。けど、べつにいなくても王宮で生きていけないわけじゃない。次期国王に割り当てられた予算はエモい。
「後見人、ソレルの手先」
後見人の立場で私の予算を管理して、いいように使う気?
絶対に許さない。
「……なんと? 第四妃はいったいどんな躾をしたんだ?」
レオンス卿でなくアロイス卿を婚約者にした時も呆れたが、とラグランジュ侯爵は独り言のように続けながら背後の騎士たちに指示した。
魔力拘束具や檻が用意されている。
……そ、それ、それには敵わない。
「王太子殿下、失礼します」
「お祖父様に逆らう王太女殿下が悪いのですよ」
「ベルティーユ殿下、いい子になりましょう」
元首席侍女が勝ち誇ったように笑うと、ラグランジュ侯爵が鞭をしならせながら言った。
「教育を間違えたら国の恥ぞ。言うことを聞くようになるまで、水も飲ませる必要はない」
……な、なんて言った?
絶体絶命の危機?