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第40話 王太子になりました 1

 大国の王太子の葬儀。

 けど、長く患っていて社交界に顔も出していなかったから、ひっそりと執り行われた。


 ただ、離宮の王太后陛下も参列された。

 黒いベールに顔を包まれ、どんな表情をしているのかわからない。

 けど、凄絶な慟哭が伝わってくる。

 国王陛下は国母に対し、最高の礼儀を尽くした。この世で唯一、権力の頂点に立つ君主が臣下のように仕える相手。


 エグランティーヌにとってもベルティーユにとってもお祖母様。

 私と弟を見捨てたお祖母様。


 エグランティーヌの呪い、って王国内外でも噂されているけど、お祖母様はどう思うのかな?

 エグランティーヌの呪いだと思う?

 お祖母様の母国であるハーニッシュ帝国にも噂は届いているよね?

 あの時、国母が手を差し伸べてくれていたら、エグランティーヌとダルシアク公爵家は助かったと思うよ?

 国王陛下も宰相もお祖母様には頭が上がらないもの。


 ソレルに至っては、ハーニッシュ帝国の後ろ盾を持つ国母の足元にも及ばない。

 お祖母様の態度は国母として賢明だけど……それはよくわかっているけれど、心から慕った思い出があるから辛い。


 そんな思いが湧き上がるけれど、恨んでいる場合じゃない。

 私は第四王女。

 ベルティーユ、と自分に言い聞かせていたら、葬儀の最中、心が身体に引きずられたみたい。


「お兄ちゃま、おっきちて」

 王太子殿下の遺体に向かって、私の口は知らず識らずのうちに動いていた。それまで堪えていた王妃様や側近たちも嗚咽を零す。

「お兄ちゃま、おねんねは終わり。おっきちてよ。お茶のお約束」

 私は必死に呼びかけたけど、お兄様の固く閉じられた目は開かない。魔力もまったく感じなかった。

 ……あぁ、本当に逝ってしまったんだ。


「ベルティーユ、休ませてやろう」

 お父様の国王陛下に抱きあげられ、私は王太子殿下から離れた。

「悲しい」

「……うむ」

 国王陛下は私を抱いたまま、伏し目がちに頷いた。

「悲しいよ」

「余の代わりに泣いてくれるのか」

「お父様も悲しいね」

「……うむ」

 王太子殿下の顔が安らかだったことが不幸中の幸い。思うにならない身体から解放され、これで楽になった……って思いこんでも辛い。


 ……え?

 涙も吹き飛ぶ光景が視界に飛びこんできた。

 ソレル伯爵夫人が王太后陛下に近づこうとしている?

 それも、宰相夫人とかビヨー男爵夫人とかニノンとか、お取り巻きをぞろぞろ連れて囲もうとしているの?

「王太后陛下、ようやくお会いすることができました。一言なりともお言葉を賜りたいと存じます」

 近衛騎士たちは止めないの?

 マナー違反どころか、逮捕されてもおかしくない。


 さすがに、ソレル伯爵が止めた。

「お悔やみを言いたかっただけですわ」って、ソレル伯爵夫人は言い訳している感じ?

 こんなところでも、ソレル伯爵夫人はマナー違反……って、さすがに度を越している。

 王太后陛下は優雅にスルーしているけれど、首席侍女のモニエ侯爵夫人が毅然とした態度で咎めた。

「ソレル伯爵夫人、雲の階段を埋める花になるお覚悟ですか」

 貴族辞書で要約・葬儀にあるまじき振る舞い。不敬の極み。公開処刑でも文句ありませんね。

 ……うん、これ、一言でも注意しないと侮られる。さすが、嫁ぐ際にハーニッシュ帝国から連れてきた首席侍女はできる。


「申し訳ございません。ただただ大事な王太子殿下を亡くされた王太后陛下をお慰めしたい一心で……」

 ソレル伯爵夫妻はしおらしく謝罪した。

 けど、上辺だけ。……だよね?

 いくらなんでも不敬罪、不謹慎、人としてありえない。


 止まったはずの涙がまた溢れた。

 なのに、嘆き悲しむ暇もない。


 第四王女の立場は一変した。



 とうとう国王陛下の子供は私だけ。

 まだまだ男盛りなのに、もう誰の閨にも通うつもりがないみたい。つまり、子供を諦めた。国王の義務を放棄した、ってこと?

「ベルティーユ、許せ」

 お前にデュクロを託した、っていう副音声が脳内に響く。

 つまり、私が次期君主。

 そういうこと。

 お父様の言葉が切なすぎる。


 ……って、スルーできない。

 孫より若い人妻を妊娠させて、顰蹙を買った君主がいるのに何をしているの?


「お父様、弟いっぱい。妹もたくさん。お母様、弟ーっ」

 子沢山の呪いよ。

 祟っちゃる。

 私が真っ赤な顔で呪っても、国王陛下は力なく微笑むだけ。王妃や側妃たちも諦めているみたい?


 王室専属魔法師も王家直系の血筋が呪われていることを否定しなくなったという。……まぁ、今まで頑なに否定していたらしい。王太子殿下の死により、否定しなくなったけれど、肯定もしていない。

 ……それ、認めた、ってこと?

 魔法師のコランタンに確かめたいのに、そんな余裕もなかった。


 ソレル派が入れ代わり立ち代わり、ウザい。あわよくば取り入ろうとする新興勢力もウザい。ソレル派も歯牙にかけないような地方の没落貴族までツテを伝って現れた。

「王太子殿下、エグランティーヌの呪いを解く方法を知っています。どうか、我が家門にお任せください」

 これ、信じたらあかんやつ。

 エグランティーヌの呪いじゃない。

 ソレルは呪ったけれど王家は呪っていない、って私は喉まで出かかったけれど言えない。


 普段は優しい首席侍女が扇を振り、即座に退出させた。マルタンも激怒して、二度と王宮入りできないように手を打つ。

「姫様、気にしないでくださいね」

「そうそう、呪いなんて、ゲートもない大昔の遺物です。魔導具が発達した今、呪いは詐欺アイテムですよ」

 みんなで慰めてくれたけど、胸に棘が突き刺さったまま。


 当然、私は王室専属魔法師を突撃した。

「呪われているの?」

 私がローブを力任せに引っ張ったら、王室専属魔法師はローブを深くかぶり直した。

「ベルティーユ王女の魂は強い。打ち勝ってくだされ」

 王室専属魔法師が背中を向けようとするから、私はローブを掴みなおした。下肢にも力を入れて踏み止まらせる。

「ちょっと、逃げちゃ駄目」

 おどれ、筋トレの成果、見せちゃる。


「ベルティーユ王女が唯一の希望」

 王室専属魔法師は私の背後にいる首席侍女やクロエたちにアイコンタクト?

 逃げるな、ってマルタンが剣を手にかけるふりで脅してくれた?


「呪われているの?」

「……力及ばず、申し訳ございません」

 こやつ、否定も肯定もしない。

 この調子で今までずっと躱してきたの?


「だから、はっきり言って。呪われているの?」

「大陸で呪われていない王室など、ございません。どの王室であれ、皇室であれ、数多の呪詛を受けたうえで成り立っています」

 デュクロ王国に限らず、どの国も呪術合戦に勝利した家門が王冠を被った。

 だから、呪術ブロックも長けているはず。

「そんなこと、聞いていないわよ。エグランティーヌの呪い? 呪われているなら、呪い返しとか、あるでしょう?」

「ベルティーユ王女、どうか女王として即位し、デュクロに繁栄をもたらしてくだされ」


 ……あれ?

 私の手にはローブの切れ端?

 一瞬で王室専属魔法師が消えた。

 ……あやつ、逃げやがった。

「……に、逃げるなーっ」

 瞬間移動できるぐらい魔力が強いなら、呪い返しにも心当たりがあるでしょう?

 どうして、逃げるの?

 何を恐れているの?




 デュクロ王国史を振り返れば、女王の時代はある。

 けれど、弟王子が成人するまでとか、甥の王子が成人するまでとか、中継ぎのような女王が多い。王配が権力を握って、国を動かしたという。

 実際、女王として即位して終生、国政に携わったのはひとりだ。列強から侮られ、防戦一方の治世だった。


『女王はよろしくない』


 宰相たちは新しい側妃を後宮入りさせようと必死になった。こればかりは、ソレル派もスーレイロル派も関係ない。

 癒し系の美女から健康的な美女まで、各タイプが国王陛下に引き合わされた。ニノンの従姉妹まで、ソレル伯爵とビヨー男爵に連れられてくるから驚いたものよ。

 この際、ニノンの従姉妹でもいい。

 なのに、国王陛下はすべてやんわり蹴り飛ばした。

 結果、私よ。


 まだ喪も明けていないのに、私が王太子に指名され、居住区域は東南宮から王太子宮に移った。

 帝王学やら地理やら、各教師が増え、筋トレする時間がない。もっと言えば、疲れすぎて筋トレする余裕がない。

 私以上に首席侍女や第四妃は忙しそう。

 倒れないでね。


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