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第39話 ジュー夫人の初恋相手 3

「気に入ったわ」

ロゼ商団主のギー。

 こやつ、逃さない。


「光栄です」

「成り上がりの鬼畜、私の弟を探して、伯母様と同じ部屋に監禁して」

「やんごとなき姫、ご用命、承りました」

 やった。

 話が早い。


「第四王女の名前を使っていいわ」

「……では、第四王女御用達の名誉をお与えください。今までデュクロ王室は避けていましたが、どうも匂う」

 直に乗りこむしかない、とギーは息子たちに視線を流しながら続けた。四人の息子たちも真剣な顔で首を縦に振った。


「ソレルの匂いは薄くなったと思うけど」

「年寄りの冷や水もいつまでもつか」

 今現在、デュクロ王室はスーレイロル公爵の奮闘でギリキープ。

「スーレイロル公爵のことね?」


 スーレイロル公爵は本当なら息子に家督を譲って領地に隠居していた。矍鑠としているけれど、いつ体調を崩してもおかしくない。

「スーレイロル公爵はソレル伯爵について何も言っていませんか?」

「嫌っていると思う」

「それ以外で」

「……え?」

 私の目がぱちぱちすると、ジュー夫人がしみじみとした調子で言ったの。

「ソレル伯爵、底の見えない方ですわね」

「伯母様、ソレルに会ったことがありますか?」


 私の質問に答えず、ジュー夫人はにっこり微笑んだ。

「ソレル夫妻に会うわ」

「ソレル夫人にも?」

「失礼ですが、アロイス様のご生母様はソレル伯爵夫人ですか?」

 ジュー夫人は私から渋面のアロイスに視線を流した。


「表向き、俺は夫人の息子になっていますが、父が魔力の強い女騎士に産ませた子供だと聞いています」

 正妻と愛人の差は大きいし、婚外子は当然のように差別される。ただ、魔力が重要視されるから一概には言えない。愛人が産んだ子供を正妻が産んだ子供として届けるケースは珍しくなかった。


「ご生母様はどちらに?」

「産褥で亡くなったと聞いています」

「ソレル伯爵、父上様についてどのようなことをご存じ?」

 ジュー夫人が聖母のような顔で繰りだした質問は、ざっくりしているようでなかなかエグい。


 アロイスは精悍な眉を顰めて聞き返した。

「……はい?」


 アロイスの反応でジュー夫人はある程度、掴んだみたい。

「アロイス様は何も知らされていないのかしら?」

「恥ずかしながら、俺は父の駒です」

「駒でも先代ソレル当主はご存じ?」

「……いえ、俺が生まれた時にはすでに雲の坂を」

「私は可愛い弟を失ったの。姪も断頭台から救ってあげることかできなかったの。本来、あなたを許せないの」


 ジュー夫人が艶冶に微笑みながら言うと、アロイスの目に慟哭の色が強くなった。


「俺も自分が許せません」

「ソレル夫妻に愛されて育ったとお聞きしているわ」

 ロゼ商団でアロイスはリサーチ済みね。ソレル夫人は実子がむくれるぐらい、血の繋がらないアロイスを可愛がっていたもの。

「はい」


「ソレルか、姫様、選ばなければならなくてよ。覚悟はあるのかしら?」

 ジュー夫人が言い終えるや否や、ギーや息子たちがアロイスをきつい目つきで見据えた。ロゼ商団による威嚇だ。姫様の敵になるならロゼ商団の敵になると思え、と。


「覚悟はしています」

「どちらを選ぶの?」

「父を騙し、この場にいることが返事です」

 アロイスの背後に誓いの魔法陣が現れたような気がした。ジュー夫人やイレールの表情を見る限り、目の錯覚じゃない?


「私はソレル夫妻の芽を摘みたいの」

 ソレル夫妻を公開処刑しないと気がすまない、とジュー夫人の副音声が聞こえてくる。顔つきも声音も上品だけど。


「エグランティーヌ様を投獄し、処刑させた父が許せない。……魔力拘束具を外された後、父を殺めそうになりました」

 知らなかった真実に、私の口は開いたまま固まった。イレールやばあやたちは知っていたみたいで、辛そうに唇を噛み締める。


「アロイス様、だいぶ悩んだようね」

 ジュー夫人はソレル夫妻とエグランティーヌの間で葛藤したアロイスを知っているの?

 私はミリも知らなかった。


「父を殺めてもエグランティーヌ様は還らない」

 アロイス、それが実父の殺害を思い留まった理由?


「……えぇ、ソレル夫妻を罰しても私の可愛い弟は還らないの。よくわかっているけれど、水に流せないの」

 優雅な淑女の決意表明。


「ベルティーユ様がエグランティーヌ様の生まれかわりと知った今、迷いはありません」

 ソードマスターの決意表明。


「アロイス様、後悔しないかしら?」

「エグランティーヌ様を逝かせた後悔以上の後悔はない」

 アロイスが腹から絞りだしたような声で言い切った時、けたたましいノックの音。

 同時にアロイスが持っていた伝達の魔導具が光る。


『大至急、お戻りください。王太子殿下が雲の坂を登りました』


 第四王女の貴族街邸にいるリアーヌからの連絡に、私の脳内が真っ白になった。反応したのは、アロイス。

「王太子殿下が雲の坂を登られたのか?」

『さようです。貴族街邸で魔法師コランタンと秘書官が首席侍女たちを誤魔化しています。お早く……』

 リアーヌが言い終える前、私はアロイスに抱き上げられていた。ばあやとイレールがジュー夫人たちに別れの挨拶をする。


「姫様、エドガール様のことは私どもにお任せください。心当たりがございます。エドガール様の訃報が届いても信じないでくださいましね」

 別れ際、ジュー夫人の一言に思うところはあったけれど、確かめる暇はない。私はアロイスに抱かれたまま、ロゼ商団の別荘から貴族街邸に戻った。


※※※


 悲嘆に暮れる王宮。

 辛い。悲しい。苦しい。長くはないと覚悟していたけれど、早すぎるよ。優しい王太子だったのに。

 私と国王陛下には嘆く余裕も与えられなかった。


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