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第31話

混ぜ合わせた薬草をアレンが湯の中に沈める。

湯の色が赤く染まった。


「本当はこのお湯を三日ほど煮込んでドロドロになった物を薬として使います。その方が効果が高いんですけど今は時間がない。このままでもある程度効果は見込めるのでこれを飲ませましょう」


アレンはそう言ってコップ一杯分の薬を倒れている人たちに交互に飲ませていく。


「これをずっと続けていかなければ行けません。飲ませるのは僕がやります。二人は薬を作り続けてください」


薬の効果が出ているのか、何か他の手段が必要となるのか。その判断はアレンにしかできない。


アレンの指示通りハッカとダン調理場で薬を作り始める。


全員に均等に、そして迅速に薬を飲ませられるようにアレンは倒れた人を抱きかかえ、一人ずつ一口ずつ薬を飲ませていく。


「あの……外の衛兵に手伝ってもらっては? 彼の負担が大きすぎる」


薬草を混ぜ合わせながら、絶えず動き続けるアレンを見たハッカがそう提案した。

店の外ではアレンを追いかけて来た衛兵がアレンの指示で扉を守っている。


襲ってくる可能性のある脅威はアレンが排除した。衛兵を立たせている意味は人払いだ。


「あんた、今まで薬師をしていてデーモンスレイヤーの使う薬の調合法を耳にしたことはあるか?」


二つの鍋で同時にお湯を沸かしながらダンが言った。

ハッカは「なぜ急にそんな話を?」と思いながら首を横に振る。


「だろうな。討伐依頼の報酬金額まで細かく明確にしている連中だ。薬を直接売ることはあってもその調合法をタダで教えるなんてことはないんだろう」


ダンがそこまで言ってようやくハッカも気付く。デーモンスレイヤーが緊急時だからといって規則を和らげるような組織ではないことに。


「あいつは今、危ない橋を渡ってんだよ」


アレンが薬の調合法をあえてダンとハッカの二人に教えたのは一人では到底手が足りないと判断したからだ。

その調合法は本来門外不出。人前で披露するのは当然禁止されている。


ダンはともかくとして出会ったばかりのハッカを信用したわけではない。ただ、そうしなければ間に合わない。倒れた人たちを救えないと判断した。


もしもそれが教会にバレれば大問題となる。そして問題を起こしたらアレンがどうなるか、ダンは知っていた。


「人は増やさない」


額に汗をかきながらそれでも動きを止めないアレンを見ながらダンはそう言った。

この状況を知る者は少なければ少ないほどいい。


「どうかデーモンスレイヤーの教会にバレないでくれ」望みは薄いとわかりつつ、ダンはそう願うのだった。



その作業は夜まで続いた。


「一先ずもう大丈夫」


アレンがそう判断したのは倒れた人たちの青白かった顔に生気が戻り始めた頃だ。


「あとは朝昼晩と作った薬を飲ませれば大丈夫だと思います。深刻だった血の欠乏は防げましたから」


アレンがそう言うとダンもハッカもホッとして額の汗を拭った。

飲まされた睡眠薬の効果が切れて目を覚ましたジーカが自分の母親のもとに駆け寄る。


途中で目を覚ました彼は薬の調合の仕方を見ていない。


「おかあは? おかあも無事なのか?」


ジーカが心配そうに尋ねる。アレンが頷くのを見るとジーカは人目も気にせず泣き出した。


一番最初のシャンメに血を吸われたのはジーカの母親だ。その母親が一番危険な状態だったがアレンの薬で一命を取り留めた。

他の人も皆無事である。


「ありがとう……ありがとうございます。デーモンスレイヤー様……」


ジーカはそう言って何度もアレンに頭を下げた。

シャンメの魔力にあてられて、操られていたとはいえ一度は命を狙った相手。


それが世間でどれほど重い罪になるのかをジーカはようやく理解した。理解したからこそ自分の母親を救ってくれたアレンに感謝してもしきれない思いだった。


アレンはそそくさと荷物をまとめだす。


「おい、出ていくのか?」


ダンが慌てて止める。

シャンメはアレンを狙ってやってきた。その真意はわからなかったが「自分が町を巻き込んでしまった」とアレンは思った。


なぜ命を狙われたのかわからない以上、他にも命を狙ってくる魔物がいるかもしれないと警戒するしかない。


再び町を巻き込むようなことがないようにすぐにここを離れるべきだと判断した。


「せめて一晩くらい泊まって体を休めて行けよ」


アレンが事情を説明してもダンはそう言って引き留めた。

強敵との戦闘。長時間の看護。神経をすり減らし、体力も削られている。


アレンの表情には疲労の色が浮かんでいる。


「私も……君には残ってほしいのだが」


二人が出ていくかどうかで多少揉めていると、目を覚ましたトーマスが身体を起こしてそう言った。


「まだ眠っていてください。ゆっくり体を休めて、体内の血液量を増加させるんです」


アレンの言葉にトーマスが笑う。「休息が必要なのは君もだろう」と言いたい気分だった。


「まさか魔物に操られていたとは……それに気付かなかったというのも情けない。不甲斐ない男だが、これでもこの町の責任者だ。このまま何が起きたかもわからずに君を行かせられない」


トーマスはそう言って気を失うように意識を手放した。


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