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第30話

「ふぅ……」


一息つくアレン。その目の前でシャンメの身体や斬り落とした首が灰のようにぼろぼろになって崩れ落ちる。


それが吸血鬼の死後の特徴だった。

原初の吸血鬼以外の吸血鬼は皆元人間である。そして人間としての生を終えた後、吸血鬼の毒により細胞が変質し吸血鬼になる。


その細胞の変質が死んだ時に身体を崩壊させるのだ。


風に流されて徐々に消え去っていくシャンメを見ながらアレンは思う。


「どうしてこの吸血鬼は僕を狙っていたのだろう」と。本当は殺さずに情報を引き出したかった。しかしその余裕を持てないほどシャンメは強者だった。


「屋敷に戻らないと」


なげいてばかりはいられない。

屋敷にはシャンメに血を吸われて倒れている人が大勢いる。


衛兵に助けを求めはしたが、しっかり伝わっているかどうか不安だった。


疲れた身体に鞭打ってアレンは屋敷に向かった。


しかし、屋敷について目を見開く。


目の前で屋敷が燃えているのだ。


「なんで……」


中の人はどうなったのか、そんなことを考えるよりも早くアレンは屋敷の中に飛び込もうとした。


「デーモンスレイヤー様!」


その背中に衛兵が声を駆ける。

ずっと走り通しだったのかアレンの元にたどり着く頃には肩で息をしていた。


「よかった……入れ違いになったのかと……」


呼吸を整える衛兵にアレンが尋ねる。


「屋敷の中に人は? 状況はどうなっていますか」


衛兵はまだ呼吸を整えている。

屋敷が燃え上がり、仲間に消火の手伝いを頼んだ後状況を伝えようとアレンと出会った広場まで走った。


そこに姿がなかったため、慌てて屋敷まで戻って来たのである。


アレンにとっては何でもないような距離でも普通の人には中々答える。


「全員……無事です。言われた通り、ダンの酒場に運びました」


息絶え絶えになりながら何とかそれだけ伝える。

アレンは安堵する。


それからすぐに炎で死ななくても彼らが血を抜かれて瀕死の状態だったことを思い出す。


「それではすぐに酒場に向かいましょう」


そう言ってアレンはすぐに走り出した。

衛兵は見かけによらずにタフガイなアレンに驚きつつも


「は、はい」


と後をついていくのだった。



「おい、なんとかなんねぇのか。このままじゃ死んじまうぞ」


だんだんと身体から熱を失っていく倒れた人たちを前にしてダンは苛立ちを隠しきれずにいた。

その側でおろおろとしているのはリントリールに店を構える薬師ハッカである。


「そんなことを言っても……こんな状態の人に効く薬なんてわかんないですよ」


ハッカも苛立っている。二人とも怒ってもどうしようもないということはわかっていたが、今にも消えてしまいそうな命の灯を前にして焦りと何もできない自分の無力さに感情を隠す余裕がなかった。


「すいません。お待たせしました」


そう言ってアレンが店の中に入ってくる。さすがのアレンも度重なる全力疾走に息を弾ませている。

道の向こうにはもっと苦しそうな衛兵が悲痛な表情になりながらも自分の仕事を全うするためによろよろとここに向かっているのだが、それを待つ余裕はなかった。


「デーモンスレイヤー様……言われた材料はできるだけ多く集めましたが、私ではどうしようもありません」


突然現れたデーモンスレイヤーにハッカが目を白黒させながら言う。

これが平常時ならばアレンはハッカに「畏まった喋り方はやめてください」と伝えるところなのが、当然そんな暇はない。


「仕方ありません。魔物に襲われた人に効く薬はデーモンスレイヤーしか知りませんから」


アレンはそう言って店のテーブルに積まれた薬草を確認する。確かに、ダンに渡したメモに書いた通りの薬草が二種類集められている。


横目で店の奥の席を確認するとジーカが突っ伏して眠っているのが見えた。

その視線に気づいたハッカが状況を補足する。


「極度の混乱状態にあり、手が付けられなかったので薬で眠らせました。起きるころには多少落ち着いているかと」


そのハッカの言葉にアレンは「ありがたい」と思った。

今から行う二種類の薬草の調合はデーモンスレイヤーの間に伝わるものだ。


手伝いとして人ではほしいが、最小限でいい。調合法を知る者は少ない方がいいのだ。


「ダンさんはお湯を大量に沸かしてください。薬師の方は僕の調合法を見て覚えてください」


アレンは二人にそう指示をしてさっそく調合に取り掛かった。


二種類の薬草を小鉢に入れそれを丁寧にすりつぶしていく。

それをしばらく続けると薬草の色が変わった。


「これは……」


アレンの肩口から覗き込んでいたハッカが驚きの声を漏らす。この調合方法は薬師業界には浸透していない。


そもそもアレンが集めさせた薬草は「傷薬」と「熱さまし」という二つの違った薬を作るための素材だった。

ハッカ自身その二つをかけ合わせてみようと思ったことはなかったし、それを行った薬師の話を聞いたこともない。


見たことのない調合に薬師としての好奇心が刺激された。


「アレン……いいのか?」


湯を沸かした大なべを運ぶダンが尋ねる。アレンはその問いの意味を正しく理解した。

その上で


「構いません」


と即答した。




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