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第29話

爆音に気を取られ、炎に目がくらむ。シャンメの意識がほんのわずかにアレンから逸れた。


その隙をアレンは見逃さない。屋台の影から飛び出して銀の剣を突き立ててシャンメに向かう。


「舐めてんな」


シャンメがにやりと笑った。確かにほんの一瞬意識が逸らされたがそれで見失うほど間抜けではない。

人間と魔物では持って生まれた動体視力が違うのだ。アランが屋台の影から飛び出すのを目の端でとらえた瞬間に意識は完全にまたアレンへと向かった。


飛び込んでくるアレンを迎撃する態勢を整える。


両方の腕がアレンの頭上に伸びた。速度を見切られている。このままでは腕力で首をねじ切られるか、鋭い爪で引き裂かれるだろう。


「勝った」とシャンメは思った。

そしてにやけ顔のままアレンの身体を両の手で引き裂いた。


「なん……だ?」


シャンメから笑顔が消える。確実に当たるタイミングで突き出したはずの両の手にまるで手ごたえがない。

それもそのはず、本来そこにあるはずの血まみれになったアレンの身体がないのだ。


「バカな……そんなはずは」


シャンメは戸惑った。アレンのスピードはほぼ完全に見切っていた。速いと言っても人間レベルだったはずだ。


「人間レベル……?」と自分の脳裏に浮かんだ言葉に疑問を投げかける。


デーモンハンターと戦った経験はある。

数人だが、どいつもこいつも確かに強者だった。「人間の中では」だが。


魔物と人間では持って生まれたものが違う。それはシャンメが魔物になってから気づいた彼なりの心理である。


シャンメももとは人間だった。もうずいぶんと昔のことだが、確かにその時代は存在する。その頃の自分と比べられるからこそ、どんなに修練を積んだ人間にも負ける気はしなかった。


腕力が違う。俊敏性が違う。感覚の鋭さが違う。どれをとっても人間に勝っている。加えて「魔力」という特異な能力。魔物にとっては人間を侮るなという方が無理な話なのかもしれない。


だからアレンのことも舐めていた。

その動きを見て「速い」と確かに思った。しかしそれも「人間にしては」だ。


「それが間違いだったのではないか」と今になってシャンメは思った。

アレンは普通の人間か? いや違う。確かに半分は人間だ。しかしもう半分は……。


シャンメは本能的に上を警戒した。

目の前から消えたアレン。右にも左にもその姿はない。ならば上だ。と。

しかし、同じく本能が告げていた。「もう遅い」と。


視界にアレンの姿が映る。今にも剣を振り下ろしそうな態勢だ。突き出した手を戻していては防御は間に合わない。


その瞬間を覚悟しながら、最後にシャンメは思った。


「ああ……こいつは半分魔物だった……」と。


首が落ちる。ドサリと音を立てて大柄な肉体が地に伏せる。シャンメは絶命した。


「ふぅ」


着地したアレンは額の汗を握った。

アレンにとっては戦いというよりも賭けに近かった。その賭けに勝ち、ホッとして一息ついてしまう。


シャンメとの戦いが始まってしばらく、アレンは「全力」を出してはいなかった。

攻撃を受け止めた時に力の強さも、逃げる時の足の速さもあえて力を抑えていた。


もちろん必死ではあった。シャンメの攻撃はどれも当たれば一撃でアレンの命を脅かすものばかり。

しかし、正面から戦うことになる以上「正々堂々とした力比べでは勝てない」と戦う前からわかっていた。


だから、命を賭けた計略を練ったのだ。


魔物は人間を侮りやすいということは今までの経験から知っていた。

実際、アレンのことをただのデーモンスレイヤーだと思っている魔物には「半魔の分上乗せされた身体能力」で混乱させて倒したことがある。


今回の戦いでアレンが気にしていたことがあるとすれば「どうやら相手は僕のことを知っているらしい」ということだけだった。

アレンはそれをジーカの話から推測していた。

話に出て来たシャンメの特徴、「大柄で、やせ細り、人間の血を吸う」はどれも吸血鬼に該当する特徴だ。


そして吸血鬼はある種の魔法を使うことに長けた種族だということをアレンは知っていた。


シャンメが戦闘の最中に使った爪から斬撃を飛ばす魔法はアレンにとっては脅威だったが、他の魔物と比べてみると大したものではない。


魔物は種族によって魔法の得意不得意が分かれる。そして魔法を得意とする魔物の中でもどういう魔法を得意とするかはまた種族によって違う。


吸血鬼は魔物の中では「攻撃魔法」が苦手な種族だった。その代わりに得意としているのが「精神操作魔法」である。


吸血鬼の一言一言には微量ながら魔力が含まれる。

会話をしていると知らず知らずのうちに操られてしまうのだ。それは些細な感情の変化や衝撃で解除されてしまう程度のものだったが、無意識のうちに他者に操られそれに気付きもしないというのは恐ろしい。


アレンを襲った時のジーカや屋敷に町の人たちが集まった時のトーマスはシャンメによって操られていたのだろうとアレンは判断した。


その目的は何か。起こした行動すべてが「アレンの命」に関わっている。

どういうわけか「シャンメが自分の命を狙っている」とアレンは理解した。そして「おそらく正体も知っているだろう」と推測した。


「半人半魔である」ことを知られているというのはアレンにとって不利な要因だ。

だから一芝居打ったのである。


戦いを通して自分の実力を隠し、「自分はこの程度ですよ」と暗にシャンメに伝え続けた。シャンメが勝ちを確信して油断するように仕向けたのだ。


そして油断したその一瞬の隙に合わせてアレンは全力を出した。

シャンメの目の前で地面を蹴り、出せる最高速度で空中に飛び上がった。


アレン速度を誤認していたシャンメにはイメージと現実のアレンの速度が重ならない。その認識のずれは混乱をもたらし、一瞬でもアレンが消えたように錯覚させたのだった。

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