全力で町を駆けるアレン。その後ろをシャンメが追いかけている。
町の人々はまずアレンを見て「なんだなんだ」と興味を示し、それからその後ろのもはや異形とも呼べる姿になったシャンメを見て悲鳴を上げた。
「人が多すぎる……もっと少ないところにいかないと」
アレンは方々に視線を散らしながら少しでも戦いやすい場所を探した。
周囲に人がいては余計な犠牲者を出してしまうかもしれない。
目の端に鎧を来た衛兵を見つける。騒ぎを聞きつけてやって来たらしいが状況に混乱している。
アレンは走りながら自分のローブの肩口についているデーモンスレイヤーの紋章を衛兵に見せつけた。
「領主貴族の屋敷に倒れた人たちが! ダンさんの酒場に運んでください!」
すれ違いざまにそう伝えるのが精一杯だった。シャンメはすぐ後ろに迫っている。
長い右手がアレンに迫る。牙ほどではないが血を吸って得た腕力と指の先の鋭い爪もシャンメの武器だ。
振り向きざま、剣でその右腕を受け止める。
そのまま背中を地面につけて足でシャンメを身体をすくい上げる。
「おうっ」
咄嗟の出来事に意表を突かれた声を上げながらシャンメが前のめりになって転がる。
アレンの筋力ではシャンメに太刀打ちできない。シャンメ自身の追いかけるスピードを利用して身体を前方に投げ飛ばしたのだ。
「こしゃくな真似しやがって」
シャンメはすぐに立ち上がる。
アレンは周囲の状況を確認する。今二人がいるのは町の中央広場。大きな噴水と周囲には大きな建物がある。
人はいない。皆騒ぎに気付いて逃げ出したようだ。
屋敷との距離は十分離れた。立地は良くないが、他の人を巻き込む可能性は低くなった。
覚悟を決めてアレンが剣を構える。
「鬼ごっこは終わりか? なにか色々知恵を絞っているみたいだが、すべて無駄なことだっ!」
シャンメが右手を振る。ぞわりと嫌な感覚がアレンを襲った。
初撃を避けられたのは奇跡に近い。アレンの目には何も見えなかった。ほとんど勘で躱したのだ。
二人の間には距離がある。いくらシャンメの腕が長いからと言って爪が届く距離ではない。
しかし、確かに斬撃がアレンの頬を逸れて髪を数本はらりと落とした。
避けた拍子に崩れた体勢をすぐに立て直し、剣を構える。
「……魔法か」
確信めいたようにアレンが言った。
「頭に血が上って忘れていたぜ。魔物にはこういう戦い方があるんだってな」
シャンメが再び腕を振る。今度は両手で交互に。連撃だ。
見えない斬撃にアレンは大きく飛びのいた。
人のいなくなった屋台が見える。その後ろに身を隠す。
屋台が切り刻まれていく。その衝撃は凄まじい。一太刀でも浴びればアレンの肉体は避けてしまうだろう。
「シャハハ! 隠れても無駄だ。お前はもう詰んでいるんだよ」
勝ちを確信したのかシャンメが高笑いをする。
魔法は魔力によって作られる魔物の技だ。
そして魔力は人間には存在しない物。多くのデーモンハンターにとって魔物が扱う魔法は物理法則をした反則的な技であり、最も苦戦する要因の一つである。
だからデーモンハンターは基本的には正面から魔物と戦わない。
有効な毒を作り、罠を使った搦め手を選択する。
今回のように待ち受けた魔物と戦うのはそもそもアレンにとって不利な戦闘なのだ。
加えて立地が悪すぎる。長い手足を振り回すのに十分な広さの屋外。周囲の建物は筋力や瞬発力がずば抜けている吸血鬼が多角的に攻めるのに効果的。
屋敷からシャンメを遠ざけるためとはいえ、アレンは自ら不利な状況に飛び込んでいったと言える。
屋台は木製でこれ以上シャンメの魔法に耐えられそうもない。
アレンは鞄の中から手探りで小瓶を探した。
以前も使った空気に触れると発火する小瓶だ。それからもう一つ、違う形状の小瓶を見つけ両方を指の間に挟んでシャンメの頭上に投げつける。
「あっ?」
ほとんど反射的にシャンメは頭上に放り込まれた二つの小瓶を目で追った。
動くものに的を合わせたのは動物的な本能だろうか。
斬撃は小瓶を捉え、砕く。瞬間空中で爆音がなり、炎が燃え上がる。
アレンが発火する粉の入った小瓶と共に投げたのは黒い粉の入った小瓶である。
発火粉を採取するための素材を持つ魔物が生息する地域にいる別種の魔物の素材である。
それは小型の蜥蜴のような魔物で、戦闘力は決して高くない。付近の知能の低い魔物に捕食されることもあり、時にはクマやオオカミといった獣からも餌として認定されるような弱い魔物である。
特筆すべき点は一つだけ。それはその魔物が命の危機に瀕した時、捨て身の自爆攻撃をすることだった。
なぜそのような行動に及ぶのかは判明していない。一説では周囲にいる同種の魔物を守るためだとか、つがいの魔物がいるときにみせる防衛手段だとか言われている。
はっきりとしているのはその自爆は火に反応して威力を増すということだった。
その魔物から採取される粉は爆薬として扱われる。火に触れれば瞬時に大きな爆発を生む。
デーモンスレイヤーの中でも取り扱いに十分注意が必要とされる代物だったが、アレンはこれをすぐ使えるように火を発する発火粉と同じ鞄にしまっていた。