目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話

中に入ると血の匂いはさらに濃くなった。常人ならば鼻を塞ぎたくなるほどだったがアレンはもう慣れている。


アレンは屋敷の中を下から順に見回した。廊下、各部屋に繋がる扉、階段、壁、天井。


屋敷の中は静かだった。物音も叫び声も聞こえない。

ジーカの話をもとに会議室がどこにあるのかを推測しアレンはその部屋の扉を開いた。


「うっ……」


アレンですら一瞬気圧されるほどの惨劇。

集まった町の人たちが首から血を流して倒れている。


山のように積み上げられたその人々の上にそいつは立っていた。


「様子が違う」とアレンは思った。ジーカの話では細い腕に細い足。ひょろ長い不気味な男だったはずだ。


今アレンの目の前にいるのは背こそ高いが腕や足は太く、筋肉が膨張し血管が浮き出ている。漲る力を持て余しているその姿は身体から湯気が見えそうな勢いだった。


「おいおい、マジかよ。俺様は運もいい


シャンメが言った。ニタニタと不気味に笑う。


「なぜ僕を狙う」とか「なぜこんなことをした」とアレンが疑問を投げかける隙は無かった。


シャンメが一足飛びに襲い掛かり、大口を開けて鋭い牙を突き立てたのだ。

それがあまりにも早く、一瞬の出来事だったためアレンはシャンメの口と自分の間に辛うじて剣を差しこむだけで精一杯だった。


牙に貫かれるのは防いだが、その勢いは殺しきれない。衝撃に身体を飛ばされてアレンは部屋の扉を突き抜けて廊下の壁に背中をぶつけた。


「うぉ……おえ。なんだこれ、不味っ」


シャンメは口の中に感じた違和感をそのまま言葉に出す。多くの人間の血を吸って力を得た。それは一時的なものにすぎないが、運よく能力が最大限の時に標的がのこのこやって来た。


シャンメは興奮していた。その興奮が彼の野性的な感覚を研ぎ澄ましている。


剣の味は不快だった。ただの鉄の味ではない。「これが話に聞くデーモンスレイヤーの銀の剣か」とシャンメは苦々しく思いながら唾を吐いた。


銀は魔物にとって有効的な人間側の最大の武器だ。

もちろん鉄の武器でも魔物は傷を負う。胸を貫かれればそれがどんなものだろうと絶命するだろう。


しかし魔物が持つ魔力は彼らの生命力を大きく高めている要因なのだ。人間に比べ傷の治りが早く、たとえ腕を斬り落とされようとも一晩傷口に落とされた腕を密着させておけば繋がる。


銀の含む成分はその回復力を妨げる効果があった。斬られた傷は魔物にとってはまるで「焼かれた」ともう程に熱を持つ。

その熱が傷の治りを遅くする。些細な傷でも多くの血を流すことになり気を抜けない。


しかしシャンメが苦々しく思ったのは銀の成分に対してだけではなかった。

シャンメの味覚は血にしか反応しない。そういう種族だ。「不味い」と反応したのはアレンの銀の剣に染み付いた魔物の血だった。


「お前……一体どれだけの魔物を殺してきた」


憎々し気にシャンメがアレンを睨む。仲間を殺されて怒っているわけではない。そもそも魔物同士に「仲間意識」なんてものは存在しない。

憎かったのはアレンの存在そのもの。魔物を何体も屠れる強さが憎かった。


「逆に聞くよ。一体何人の血を吸った。吸血鬼め」


アレンもシャンメを睨む。

ジーカの話を聞いて魔物の種類はある程度察しがついていた。


実際に会ってみてそれは確信に変わる。

シャンメは「吸血鬼」だった。その特徴は人の肉ではなく、血を好んで捕食すること。そして取り込んだ血の分だけ力を増すことだ。


「クク……勘がいいな半端者。いや、よくお勉強しましたってところか? どっちでもいいか、お前は殺される運命だからな」


そう言ってシャンメは再びアレンを襲う。

アレンは逃げた。屋敷の外へ。臆したわけではない。シャンメを誘い込むように、誘き出すために逃げたのだ。


吸血鬼が人間を捕食し、吸血するときにはある法則がある。

それは「血を完全には吸い取れない」ということだった。


吸血鬼の牙にはある種の毒が含まれている。血を吸うときにその毒は人間の体内に入るが人間の血にはその毒に対する抗体のようなものが自然と備わっている。


一定量の血が体内に残っていれば毒は無効化されるわけだ。

しかし、身体の中に血が残っていなければ毒は身体を蝕み人間の肉体に変化を与える。


その変化が厄介なのだ。人間にとっても吸血鬼にとっても。

吸血鬼は生殖行為を行わない。正確には人間のような性別の概念を持たず種族を増やすのに生殖行動を必要としないのだ。


ではどうやって種族を増やすのか。それが「牙に含まれた毒」である。

人間の体内に入った毒は細胞を活性化させ、変質させる。吸血鬼に血を完全に吸い取られた人間は「吸血鬼」になるのだ。


数を増やすのであれば血を吸い続ければいい。ただ問題もある。吸血鬼となった元人間の思考は人間のまま残ってしまうのだ。


例えばシャンメが騙して屋敷に集めた人間たち。仮に彼らが吸血鬼になったとしたら。

「シャンメに騙された」という記憶を残したまま吸血鬼となって復活する。


人間としての性質など何十年、何百年もすれば薄れていき高貴な吸血鬼となるだろう。

しかし、生まれて間もない吸血鬼は人間味が強すぎる。


自分を騙したシャンメを恨み、得たばかりの吸血鬼の能力である意味親とも言えるシャンメを襲うだろう。


そうなってはいくらシャンメでも手に負えない。標的を狙うどころではなくなる。

「だから屋敷の人間は完全に血を吸い取られていない」とアレンは考えていた。


「まだ温かかった」


母親の身体に触れたジーカは言っていた。

屋敷の人間たちの身体の中には血が残っている。限界まで吸血され、いずれは血が足りずに死んでしまうかもしれないがまだ猶予がある。


その猶予を活かすためにアレンはあえて屋敷から離れることを選んだのだ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?