泣きながらジーカはダンに屋敷での出来事を説明した。
それをアレンは食糧庫の中で聞き耳を立てている。
この店に来るまでジーカはすれ違うすべての人に警告し、助けを求めた。
「魔物が……魔物が出た!」
と。しかし、誰一人としてジーカの言葉に耳を傾けてくれる人はいなかった。皆ジーカを一目見て呆れたようにこう言うのだ。
「またか」
昨夜の騒動を知っている人は誰一人として信じてくれなかった。門にいる衛兵さえ「ランド様を困らせるような嘘はもうやめろ」と言って相手にもしてくれない。
「本当なんだよう……今度は嘘じゃねぇんだ。皆……皆死んじまう。おかあも、ランド様も、ネスもリーも……誰か助けて……」
ジーカの行くあてはもうこの店しかなかった。
立場は違えど、昨日の真実を知っている人ならば少なくとも自分のことを信じてくれるかもしれないと思ってダンを訪ねて来たのである。
「嘘じゃねぇ。信じてくれ。昨日のことなら詫びる……。罰受ける。おかあの身体はまだ温かかった。今ならまだ助かるかもしれねぇ。頼む……助けて」
床に頭をこすり付けてジーカは懇願した。冷静ならばダン一人にこの話をしたところでどうしようもないことくらいわかるだろう。
仮にダンがこの話を信じてくれて、それから他の町の人を説得してくれたとしてもそれにいったいどのくらい時間がかかるのか。
シャンメはその間に食事を終わらせてしまうだろう。
もっと言えば、この話を信じた人はそもそも力を貸してくれるのか?
屋敷にいる人たちはもう手遅れの可能性の方が高い。そんな人たちを助けに行くよりも自分が助かることを優先するだろう。ジーカの救いを求める声は誰にも届かないはずのものだった。
「この場にデーモンスレイヤーがいなければ」である。
「顔を上げてください。それから相手の詳細な特徴と屋敷までの案内図をお願いします」
その声と共に肩に手が置かれる。温かい手だった。ジーカが顔を上げるとそこに銀の剣を携えたアレンが立っていた。
「お、お前は」
ジーカが驚きの声を上げる。見間違えるはずもない、自分が一度殺そうとした相手だ。
昨夜はあんなに憎かったのに、一緒にいた少女の正体を知った時はあんなに恐ろしかったのに。
虫のいい話だが、ジーカはアレンを見て安心した。
「本当に行くのか? 罠かもしれんぞ」
行く準備を短時間で整えたアレンにダンが尋ねる。心配そうなダンにアレンが答える。
「行きますよ……それが仕事ですから。彼の肩に魔物の魔力の残差が確かに残っていた。罠だったとしてもそこに魔物がいることは確実です」
それからアレンは紙に殴り書きしたメモをダンに渡す。
「ダンさんは町の薬屋や衛兵の人に言ってこの薬草を集めて貰っておいてください。きっと大量に必要になりますから」
アレンの渡した紙には数種類の薬草の名前と特徴が書いてあった。紙の隅にデーモンスレイヤーが関わることを示す紋章が描かれている。
「それがあればたとえ話を信じてもらえなくても動いてくれるはずです」
デーモンスレイヤーの紋章は「魔物を討伐するのに必要」とデーモンスレイヤーが判断した時に人々の協力を得るために提示されるものだ。その効力は教会が保証していて貴族の命令と同等の力を持つ。
それ故に偽物が出回ることは少なく、もしも偽の紋章を扱ったとバレれば重罪となる。
アレンはこのような権力に物を言わせて人を動かすことは嫌いだったが、状況が状況なだけにためらわず使うことにした。
そして魔物討伐用の銀の剣といつもの鞄を腰にしかっりと装着して店の扉から出て行ったのである。
「なんで……助けてくれるんだ」
残されたジーカはそう言って開け放たれた扉の向こうをずっと見つめていた。
その様子を見て呆れたようにダンがため息を吐く。
「さぁな。アイツがまだ、人間に少しでも期待してくれていたことに感謝するしかねぇんじゃねえか」
ダンはそう言ってジーカの頭をこつりと小突くのだった。
♢
アレンは走った。屋敷に向けて。
それは風のように早く、雷のように鋭かった。
魔物の検討はついている。
考えが当たっていれば一連の流れの不可解な点にもすべて説明がつく。
すぐに屋敷に辿りつき、その前に立った時不穏な感じがした。アレンの嗅覚は人並み程度だが、それでも屋敷の中からする
血なまぐささを感じ取った。
同時に魔物特有の魔力も感じる。間違いなく屋敷の中にシャンメはまだいる。
剣を抜いた。
呼吸を整えるように小さく何回かに分けて息を吐く。
そして、ゆっくりと一歩ずつ屋敷の中に足を踏み入れた。