「ーーあのね、夜空。別れて欲しいの」
彼女の誕生日に夜景の見えるお洒落なちょっと敷居の高いレストラン。ポケットには小箱を忍ばせて。
プロポーズの準備は万端だったはずなのに。
「え?
僕の声は震えていた。だが、彼女の真剣な顔を見るとどうやら冗談の
「……僕の何がだめだった……?」
僕は煙草も吸わないし、酒も飲まない。ギャンブルもしない。風俗やキャバクラにも行かないし、もちろん浮気だってしない。彼女とのコミュニケーションも大事にしてきたつもりだし、ケンカもほとんどしたことがなかった。
「……仕事がちょっと、ね。自営業って不安定じゃない?結婚を意識すると厳しいかなって」
「仕事が減ったら、就職活動するよ?茜を困らせる気はないし」
「なら、今すぐ就職してくれる?」
「……それは、無理だ。予約待ちのお客さんを無下には出来ないよ。僕は僕の仕事に誇りを持ってる。……茜は、そのことを理解してくれていると思ってた」
僕の職業はフリーのジュエルデザイナーだ。まぁ、デザインだけではなく、作ることもしている。有り難いことに僕のジュエリーたちは愛されて、予約待ちという状態だ。だから、ぶっちゃけて言ってしまうと僕は同年代よりも稼ぎは良いはずだ。
心を込めて作った指輪が色褪せていく気がした。
「……なら、結婚は無理ね。別れましょ?」
なんだ。最初から分かって言っているんじゃないか。
別れる気、満々だったんじゃないか。
目頭が熱くなる。愛していたのに。大好きだったのに。
「……今日、なんでお酒飲まなかったの?良いワインを選んだのに」
一瞬、彼女の顔が強張った。瞬きの回数が増え、それが“嘘”を匂わせた。あぁ、そういうことか。
「……僕は本命じゃなかった。そういうこと?」
「……あなたが悪いのよ!仕事ばっかりであたしを寂しくさせるから!」
「……最近デートを断るのは君からばかりだったのにね。……君が大好きだったから、言っておくよ。避妊の出来ない男は君のことを大切にしていないよ?」
じゃあねと僕は席を立つ。レストランの皆さん、料理を残してしまってごめんなさい。
「……指輪が、泣いてる。渡せなくて、ごめんね」
胸の前で指輪の箱を抱き締める。
泣いているのは、僕だった。