その時、有紀が探るような表情を紗菜に向けた。
いぶかしげな顔を返す紗菜。
「どうしたの?」
そう言った紗菜から、ふと視線をはずすと有紀は苦笑する。
「いやさ……ちょっと思ったんだけどさ……」
「何? そんなに言いにくいことなの?」
「えーとね……紗菜が過去に行った時、男子大学生になってたんだよね?」
「うん」
有紀の苦笑が深まった。
「25年くらい前ってことは……その大学生、まだ生きてるのかなって?」
有紀の言う通りである。
あの頃大学生だったと言うことは、紗菜たちのこの時代にも、彼は存在している可能性が高いのではないだろうか。
「名前で、検索してみない?」
有紀の言葉に、紗菜はドキッとしてしまう。
あの時、彼は紗菜だった。
だが、もしこの時代に彼がいるとすれば、それは誰なのだろう?
その彼は、あの時の記憶を持っているのだろうか?
紗菜だった記憶を。
「うん、やってみよう」
紗菜は意を決したようにそう言うと、キーボードをカタカタと操作し始めた。
そんな彼女を、固唾を飲んで見守る有紀。
サーチエンジンの検索窓に、一人の人物の名前が打ち込まれる。
“野口大輔”。
そして紗菜は、エンターキーを叩いた。
「うわっ! イケメン!」
そこに表示されたのは、まるでモデルのように細身でスラリとした男性だ。
有紀がその下の文章を読み上げていく。
「野口大輔、俳優、イベント会社代表。テレビドラマや映画への出演だけでなく、現在は舞台のプロデュースや演出も行なっている……なんかすごい人だね」
その上部に表示された写真をじっと見つめる紗菜。
「この人?」
「どうだろ……」
紗菜の記憶にある彼は、こんな顔では無かったような……。
「あ! これ違う人だ!」
「どうして分かるの!?」
「だって、今40歳て書いてあるもん。じゃあ、私が行った1981年には、まだ生まれてない!」
そうだ。1981年に大学生ということは、当時すでに彼は18歳以上だ。もし浪人や留年などしていたら、それ以上の可能性もある。
再び検索を続ける紗菜。
その後、数人の野口大輔が見つかった。
そしてある一人が、紗菜の記憶に近い容貌をしていたのである。
「紗菜、この人?」
「かもしれない」
「歳は?」
「ちょうどいい感じ」
画面に表示されている野口大輔は、紗菜の父と同世代だ。
「何やってる人なんだろ……下の方にスクロールして」
有紀の言葉に従い、ブラウザ画面の下を見ていく。
「この人、放送作家さんだね」
「ほうそう……作家?」
「うん。テレビとかラジオ番組の台本書く人」
「そうなんだ」
有紀がパッと笑顔になる。
「その人、オタクだったんでしょ?」
「そうだね、オモチャが大好きだった」
「じゃあ正解かも!」
「放送作家って、オタクなの?」
「分かんないけど、なんかそんな気がする!」
「そうかなぁ」
首をかしげる紗菜に、再び有紀がとんでもない提案をぶつけた。
「ねぇ、この人に連絡してみようよ!」
「え!? どうやって!?」
「ほら」
有紀が指差した画面には、連絡先のリンクが貼られていた。
「でも、何て送ればいいの?」
「私を覚えていますか? 私、紗菜です!って!」
それでこの時代の彼に通じるのだろうか?
キーボードに添えた紗菜の指が震えていた。