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第8話 野口大輔

 その時、有紀が探るような表情を紗菜に向けた。

 いぶかしげな顔を返す紗菜。

「どうしたの?」

 そう言った紗菜から、ふと視線をはずすと有紀は苦笑する。

「いやさ……ちょっと思ったんだけどさ……」

「何? そんなに言いにくいことなの?」

「えーとね……紗菜が過去に行った時、男子大学生になってたんだよね?」

「うん」

 有紀の苦笑が深まった。

「25年くらい前ってことは……その大学生、まだ生きてるのかなって?」

 有紀の言う通りである。

 あの頃大学生だったと言うことは、紗菜たちのこの時代にも、彼は存在している可能性が高いのではないだろうか。

「名前で、検索してみない?」

 有紀の言葉に、紗菜はドキッとしてしまう。

 あの時、彼は紗菜だった。

 だが、もしこの時代に彼がいるとすれば、それは誰なのだろう?

 その彼は、あの時の記憶を持っているのだろうか?

 紗菜だった記憶を。

「うん、やってみよう」

 紗菜は意を決したようにそう言うと、キーボードをカタカタと操作し始めた。

 そんな彼女を、固唾を飲んで見守る有紀。

 サーチエンジンの検索窓に、一人の人物の名前が打ち込まれる。

 “野口大輔”。

 そして紗菜は、エンターキーを叩いた。

「うわっ! イケメン!」

 そこに表示されたのは、まるでモデルのように細身でスラリとした男性だ。

 有紀がその下の文章を読み上げていく。

「野口大輔、俳優、イベント会社代表。テレビドラマや映画への出演だけでなく、現在は舞台のプロデュースや演出も行なっている……なんかすごい人だね」

 その上部に表示された写真をじっと見つめる紗菜。

「この人?」

「どうだろ……」

 紗菜の記憶にある彼は、こんな顔では無かったような……。

「あ! これ違う人だ!」

「どうして分かるの!?」

「だって、今40歳て書いてあるもん。じゃあ、私が行った1981年には、まだ生まれてない!」

 そうだ。1981年に大学生ということは、当時すでに彼は18歳以上だ。もし浪人や留年などしていたら、それ以上の可能性もある。

 再び検索を続ける紗菜。

 その後、数人の野口大輔が見つかった。

 そしてある一人が、紗菜の記憶に近い容貌をしていたのである。

「紗菜、この人?」

「かもしれない」

「歳は?」

「ちょうどいい感じ」

 画面に表示されている野口大輔は、紗菜の父と同世代だ。

「何やってる人なんだろ……下の方にスクロールして」

 有紀の言葉に従い、ブラウザ画面の下を見ていく。

「この人、放送作家さんだね」

「ほうそう……作家?」

「うん。テレビとかラジオ番組の台本書く人」

「そうなんだ」

 有紀がパッと笑顔になる。

「その人、オタクだったんでしょ?」

「そうだね、オモチャが大好きだった」

「じゃあ正解かも!」

「放送作家って、オタクなの?」

「分かんないけど、なんかそんな気がする!」

「そうかなぁ」

 首をかしげる紗菜に、再び有紀がとんでもない提案をぶつけた。

「ねぇ、この人に連絡してみようよ!」

「え!? どうやって!?」

「ほら」

 有紀が指差した画面には、連絡先のリンクが貼られていた。

「でも、何て送ればいいの?」

「私を覚えていますか? 私、紗菜です!って!」

 それでこの時代の彼に通じるのだろうか?

 キーボードに添えた紗菜の指が震えていた。

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