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第30話 居酒屋で話に夢中になる

駅前の近くにある『ひょっとこ』というお店で飲もうと連絡先を交換して、現地集合で待ち合わせた。暖簾の前、土砂降りになった雨が、傘に打ちつける。


ポタポタと傘の丸くなったところから雫が落ちている。水たまりに波紋ができた。


お店の出入り口、たくさんのお客さんが行き交っている。

ぶつからないように避けるのに必死だった。


いつになったら来るんだろうとスマホ片手に辺りを見渡した。

東京の夜は飲み屋街に向かう人群れが溢れていた。


星矢は大人になってから翔太に会えるなんて想像もしていなかった。

音信不通になって連絡を取ろうにも機種変更をして電話番号が変わっていたのかお互いに取れなかった。


高校の時に引っ越していつの間にか日常に翔太がいなくなっていた。今になって後悔の一つだったが、この再会によって、取り戻せるのではないかと感じていた。


 走って来たのか汗なのか雨で濡れたのかわからないくらいびしょびしょの翔太がやってきた。


「ごめん、待たせた。少し残業だったんだ」


「大丈夫です。中入りましょう」


 翔太と星矢はひょっとこの暖簾をくぐって、中に入った。


「いらっしゃいませ! 2名様ですね。空いているお席のこちらへどうぞ」


 威勢の良い店員は奥の方の座席に案内した。テーブル席の奥に星矢、手前、翔太が座る。


「ご注文はそちらのタブレットをお願いします」


 店員はおしぼりとお箸の入ったカントラリーケースとお通しを置いていくと去って行った。


「ここって、タブレットなんだな」


「そうですね」


「とりあえず、ビールかな。星矢は飲めるの?」


「まぁ、最初だけならビール付き合いますよ」


「無理するなよ?」


「あ、すいません。んじゃ、レモンサワーで」


「だよな、ビールってイメージないから」


「僕って今でもそんな感じですか」


「変わりないかな。そこまで。成長した?身長」


「え?わかります? そうなんですよ!! 高校と比べて3cm伸びましたよ」


「……さ、3cm。そ、そうか」


 笑いをこらえて、体がものすごく震えた。口を塞ぐ翔太。


「いや、先輩。普通に笑ってください。気持ち悪いっす」


「え、マジで? いや、だって、笑ったら失礼かなって」


「もう手遅れです。笑いこらえてもバレてますから。普通に笑ってくださいよ」


「だな、でもまぁ、成長したようで良かった」


「いや、別にそこ掘り下げなくてもいいですよ。先輩こそ、筋肉がジャケットから溢れんばかりですね。ピチピチで……」


「あー、これ。大学で絞ったからさ。筋トレ今でもがんばってるのよ。ムキムキだろ」


「そんなに筋トレに厳しいサークル入ってたんですか?」


「ラグビーしてたから」


「ラグビー……はぁ……もう野球やめたんですか?」


「野球は辞めてないよ?」


「え、2つ掛け持ち?」


「違う違う。地元のスポーツ少年のコーチで野球やってたってこと。知り合いの先輩コーチにさそわれてさ」


 タブレットで注文したビールとレモンサワー、そして翔太が適当に選んだ鳥の唐揚げも届いた。今は、IT化が進み、ロボットが注文したものを運んでくるようだ。ボタンを押して、お届けを完了したことを知らせた。


「乾杯するか」


「再会に乾杯ですね」


 カツンとグラスが鳴った。星矢が進んで、唐揚げにレモンを絞った。


「気がきくね。さすが」


「いや、普通ですよ」


「星矢は、フルート吹いてないのか?」


「……演奏会みたいなものには参加してました。大学のサークルで組んだメンバーで3ヶ月に1回ステージで演奏してますよ」


「今でもやってるんだな。それってプロじゃないの?」


「あー、プロではないですよ。趣味の集団で、ステージのチケット代はお客さんからいただいてますけど楽しいです。機会があれば、聴きに来てくださいね。先輩は今、何かやってるんですか?」


「それは聴きに行きたいな。あとで日時とチケット売ってよ。俺は、もっぱら仕事帰りにトレーニングジム通うくらいだな。仕事が結構残業あったりしてなかなかスポーツできないよ」


「そうなんですか。日程が決まったら、連絡します。大変ですね。お仕事大変そうで」


「まあ、何とかやってるよ」


 ビールを一気に飲み干して、タブレットをポチッと押し、次のお酒を注文した。


「そういや、翔子先輩はどうしてるか知ってます?」


「お、その話題来たねー。知りたいか?」


「当たりまえです!」


 翔太は唐揚げに夢中ですぐに話すことはできなかった。ひょっとこのお店はだんだんとお客さんが増えてきて混み合ってきた。ざわざわと騒がしくなっている。


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