「いらっしゃいませ」
1人のサラリーマンが、お店の自動ドアを開ける。
翔太と星矢は、サラリーマン達で賑わう牛丼屋の端っこで座っていた。
タブレットのメニューをスワイプして何にするか選んでいた。
「クロミちゃんがネギ玉牛丼勧めてますよ。先輩、どれにしますか?」
「は? これ、マイメロじゃないの?」
「知らないんですか。サンリオキャラクター。クロミちゃんって言うみたいですよ。マイメロディーのライバルみたいな。」
「へぇ……そうなんだ。俺は、それよりよっぴーが卒業するのが悲しい。11年間一緒に過ごしてきたのに……」
「先輩、どんだけ。吉牛好きなんですか。僕は、そこまで来てなかったですけど……というか、朝ごはんに吉牛来たの初めてですし」
星矢は、お店をジロジロと眺めながら、ソワソワした。朝ごはんに牛丼を食べるなんて、生まれて初めてだったためだ。翔太は、時々、朝食として、利用することが多いためか、来慣れていた。
「俺、滅多に自炊しないからさ。星矢は、作れるんだろ? ごはん。いいよなぁ。俺のために作ってよ」
タブレットをスワイプして、肉だく牛丼並盛りをタップした。
星矢はその言葉を間に受けて、注文する手が止まる。
「え、それ、本気で言ってます? 僕、目玉焼きしか作れませんよ。松本伊代さんと同じレパートリーですから」
「別に、いいよ。作ってくれるならなんだって。なんなら、一緒に住む?」
顔が火を吹いたようにボンっと赤くなる。適当にタブレットを触って、いつの間にか好きでもないネギ玉牛丼の並盛りを頼んでいた。気づいた時にはもうすでに遅し。テーブルの上に商品が到着していた。
「あ……ネギ嫌いなのに。来ちゃった」
星矢は目的と違うことにがっかりしていると、黙って翔太は自分のメニューとスッと交換した。
「せ、先輩。何してるんですか」
「いいから。俺、めっちゃネギ好きでさ。風邪予防にもなるだろ」
星矢の前には、翔太が注文した肉だく牛丼があった。さりげない優しさに胸を締め付ける。嬉しすぎた。
「あ、ありがとうございます」
「その代わり。目玉焼きな」
翔太の願望の方が大きいような気がしてならなかった。恥ずかしくなって、また赤くなる。
一緒に住むって気が早いって感じていた。
隣同士、翔太と星矢は、牛丼に堪能した。
忙しなく、お客さんが行き来する吉野家は何かしらの音で騒がしかった。
*****
「あー、美味しかった。まさか、仕事サボってここに来るなんて思いませんでしたよ。先輩も本当は仕事だったんですよね」
お腹をポンポンと叩いて、お店の外に出る。
「ああ。俺もサボりな。風邪ひいてるってことにしているけど」
「ここ来て大丈夫でした? 会社は近くないですか?」
「もろ近いけど。滅多に同僚に会わないし。たくさんお客さんいるからバレないって」
「そうなんですか。すごい勇気ですね」
「そんなことはない。見つかったときのことを考えたらビクビクだ」
「え、先輩でもそんなふうに考えるんですね。意外です」
ポケットに手をつっこんで、人混みで溢れる街中を歩く。それだけで清々しかった。
「どっか行こうか?」
「いいですね」
星矢は、翔太のノリに付き合った。バッティングセンターに行くことにした。
2人でストレス発散だ。星矢は、バットを持つのは初めてだったが、
どうにかボールに当たって、それだけで嬉しかった。
翔太はまさかのホールランに当たって音楽が鳴った。景品が任天堂Switchが当たった。
ラッキーなことが続いて、逆に不安なる星矢だった。
その不安がまさか的中するとは思ってもみない。
星矢のスマホがバックの中で鳴り続けていた。