バッティングセンターでホームランを打った翔太の景品の受け取りをしているところに星矢のスマホが鳴った。
今は翔太と2人きりで気持ちはホクホクしていたが、別な悩みが出てきた。
星矢のスマホの画面には『颯人』の文字が浮かぶ。
星矢は翔太の目を盗んで、お店の影に移動して
電話を出た。
「もしもし…」
『星矢? ごめん、仕事中だったかな……ゴホゴホ……」
「あ、ううん。大丈夫。颯人、どうかした?」
『忙しいなら別なときと思って……星矢の忘れ物あったみたいで……うさぎのキーホルダー? この間、ガシャポンした時の。ゴホゴホ……』
「あー、あれ。ごめん。ずっと置きっぱなしだったね。颯人、風邪ひいてる?」
『ううん。大したことない。すぐ治るから。そしたら、預かっておくから連絡ちょうだい』
星矢はなんとなく、颯人の様子が気になった。風邪引いてる声でわざわざ電話くれたことに胸が締め付けられる。
「わかった。ありがとう。お大事にね」
星矢は、スマホの通話終了ボタンをタップした。
「……」
翔太は、ホームランで当たった景品のswitchをしっかりと抱えて、星矢をじっと眺めていた。
「あ、ごめんなさい。先輩。もう行きますよね」
「電話? 誰から?」
「え、いや、友達で。忘れ物預かるからってそれだけの内容……」
「ふーん」
「すいません。次どこ行きます?」
「……俺、用事思い出したから。帰るわ」
「え?」
「ごめんな。また連絡するから」
「……はい。あ、それじゃあ」
星矢は、何となく、急に突き放された感じがして、寂しくなった。翔太も振り向かずにささっとその場を立ち去った。本当は1日中一緒に過ごしたかったが、ぐっと我慢した。
さっきの電話の内容を少し後ろから聞いていた翔太は、遠慮していた。
翔太がいなくなったことに心がぽっかり空いた星矢は、颯人の様子が気になって、近くのドラッグストアに駆け出した。
風邪の時に必要だと思われるものを次々とかごに入れ込んだ。
ふと、熱さまシートや、おかゆパウチ、ゼリー状の栄養ドリンクを持った瞬間に、なにをしているんだろうと自分の行動に疑問を感じた。颯人の風邪の状態を聞いていないし、もしかしたら、彼女がいるかもしれない。でも、自分に電話をくれたのは、もしかしたら助けてほしいからなのかもしれない。いろんなことを妄想した。
でも、なぜか今は無心に買い物をし続ける。少し血迷ったが、結局は颯人のアパートに向かうことに決めた。
電話をせずにとりあえず、颯人のアパートのチャイムを鳴らす。星矢の左手には、ビニールの買い物袋にたくさんの風邪には必需品が入っていた。
「はーい。あれ?」
ハンコを持った颯人がやってきた。宅配便と勘違いしたらしい。顔を赤くして、フラフラしている。
「こんにちは」
星矢が声をかけると、颯人は嬉しそうな顔をして喜んでいた。
「星矢、なんだ、来たの?」
「大丈夫? 電話で、咳してたみたいだから、ドラックストアで色々買ってきたよ」
袋を持ち上げた瞬間、颯人は星矢にもたれかかってきた。めまいがして、立ってるのもやっとのことだったようだ。颯人の額に触れるとものすごく熱くなっていた。
「うわ、高熱じゃん。あー、もう。なにやってるのさ」
そう言いながら、星矢は、か細い体で颯人の体をヨイショと力を入れて部屋の中に運んでいた。本人は何をされているかわからないくらい意識が飛んでいる。お酒で酔ったみたいになっていた。
ソファの上に寝かせて、そっと毛布をかけてあげた。
早速、ドラックストアで買ってきた額に貼る冷えるシートをペタッとつけるとよほど冷たかったのか、ハッと目が覚めたようだ。
「あ?! 冷たい!! え、あれ、星矢、いたの?」
「……全然大丈夫じゃないじゃん。かなり高熱だよ。解熱剤飲んだ?」
「……へ? ううん。飲んでないよ。買い物行けてないから」
「ほら、スポーツドリンクでも飲んで水分補給!!」
星矢は袋からスポーツドリンクのペットボトルを渡した。
「さ、さんきゅ」
颯人は言われるがまま、飲み始めた。星矢の優しさに素直に嬉しかった。
「ご、ごめんな。風邪引いているのうつったら」
「別に、気にしないよ。いいから、治すことに専念して」
「あ、ああ」
「本当はソファじゃなくて、しっかりベッドで寝た方がいいと思うけど」
「確かにそうだな。移動するよ」
颯人はフラフラな体をゆっくりとかたつむりのように移動した。見かねた星矢は肩を貸して、ベッドの方まで誘導した。
「わ、悪いな。助かるよ」
「しっかり寝て治して。ここに飲み物と薬置いておくよ?」
「ありがとう」
そう言って、颯人は、薬と飲み物を飲むと目をゆっくりと閉じて眠り始めた。星矢は、颯人をしっかりと見届けて、リビングのソファに移動した。
なぜか颯人のそばにいる。星矢は、それで少しホッとする。翔太と一緒にいたはずなのに、颯人と過ごしていいのかとほんの少し罪悪感を感じてしまう。
マグカップにコーヒーを入れて、心を落ち着かせていた。
静かな部屋の中では時計の秒針の音が響いていた。