「星矢?」
ワゴン車のトランクに荷物を積んでいた星矢に
声をかけた男性がいた。
「あ、どうも」
星矢は車のトランクの扉を閉めた。
「どうもって……星矢、そんな大きな車で……
ん? 『こどもが乗っています』のステッカー貼ってるけど。どういうこと?? え、まさか。星矢???」
「ちょ、ちょっと待ってください。翔太先輩、何かものすごく勘違いされているかと!?」
「え、だってさ。いつの間に? 俺ら会った時って1ヶ月前だろ。今5月末で早すぎない??」
理由を説明しようとするが、今は混乱しているようで理解はしてくれなさそうだった。諦めて、黙っていると、翔子と子供たちが現れた。
「ごめーん、紙おむつが足りなくなっちゃってさ。着替えも必要になって取りに来ちゃった。
星矢くん、大丈夫だった?? あ、あれ、誰?」
「……え、誰?」
翔子と翔太は見つめった。
ベビーカーにいた彩望は目を覚ましたようで
泣き出した。翔子は、咄嗟にベビーカーからおろして、抱っこする。奏多は、スマホをいじりながら、翔子の隣に移動した。
「まさか、翔子か??」
顔をジロジロと見た翔太は、昔の面影を思い出して、翔子だとわかった。
「え? その声は、翔太? 久しぶりじゃん。嘘、星矢くん、連絡取り合ったの?」
「いやいや、偶然ですよ」
手をブンブン横に手を振った。
「あ、俺は本当に付き添いでさ。たまたまで。
まさか、2人ができてるのか?!」
そう言っていると後ろからカツカツとハイヒールの音が響いた。
翔太の後ろから首に手をまわして抱きついていた。
「翔ちゃん、お腹すいたよ。早くお昼ごはん食べに行こう。ん? どなた?」
「莉華、苦しいから。首絞めるのやめて。俺の高校の同級生と後輩だよ」
莉華という背の高いモデル並みのその女性は
翔太の元婚約者でいろんな理由があって、結婚は破談になったが、コロコロと気が変わるのか猛烈なアプローチが莉華から今でも来ていた。
翔子家族と星矢をチラチラと見た莉華は
翔太とどんな関係か気になった。
「へぇ、翔ちゃんの知り合いに会うの
新鮮だね。しかも親子連れなんて羨ましい。
仲良さそうですね。私たちもそうなりたいと思っていたんですよ」
莉華は一度星矢に会っていたが、覚えていなかったようだ。翔子と星矢が夫婦だと勘違いしている。
「え、いや、私たちは……」
「あーーー、莉華。お腹減ったって言ってたな。ほら、行こう」
「翔ちゃん、急に話変えすぎじゃない? 失礼だよ」
「良いから。ごめんな、翔子と星矢。また後で連絡するから!」
「あ、はい。わかりました」
「う、うん。まぁ、いいけど。連絡先……」
「星矢から聞いておいて。電話番号。んじゃぁな」
バツ悪くなった翔太は、莉華の背中を押してレストランの方向へ歩いて行った。
何だか嵐が去ったような感覚になった2人は
顔を見合わせてから、やらなくてはならない彩望のおむつ交換を車の中で行った。
奏多は周りを気にもせず、とにかくゲームのレベル上げに夢中になっていた。
星矢はため息をついて、翔太と一緒にいた莉華の言葉を思い出した。
前に翔太の家で会っていた時に話していた。
翔太と莉華が言い争っていた。戸籍を汚したと言っていた。
結婚はしていたのかと思い出す。
おむつ交換を終えて、助手席に座った星矢に
翔子は彩望を抱っこしながら話しかける。
「星矢くん、大丈夫? まさか、翔太があんな女の人とね元婚約者って結婚していたのかな」
「あー、本当のことはわかりませんが、望まれて話が進んだわけではないらしいですよ。会社の上司繋がりのお見合いみたいになっただとか」
「えー、なになに。面倒臭い絡みだね。
会社の繋がりの結婚ってやだよね。本当に好きな人とじゃない可能性が出るってことでしょう。私ならそういう会社辞めてやるけどね。
そっか、翔太はお人好しだからなぁ。なるほどね」
翔子は立って、彩望を抱っこしながら上下に揺れてあやした。だんだんとまた眠くなっている。
「お母さん!! マックは?! お腹すいたよ!!」
「あーー、奏多ごめんごめん。今行くよ。もう、ドライブスルーにしよう。星矢くんも良いよね?」
「はい。大丈夫です。行きましょう。奏多くんのお腹を満たすように」
翔子は抱っこしていた彩望をチャイルドシートに乗せて、運転席に移動した。
星矢は、同じようにシートベルトを助手席で装着する。
「なんか、星矢くんに運転してもらいたい気分だわ」
「先輩、ごめんなさい。僕車の免許まだ持ってないんです。東京に越してきて、取る機会を失いました」
「あー、そういうことか。残念、偽造家族になれそうだったのに」
「どういうことですか?」
「冗談よ、冗談」
翔子はハンドルを握って、アクセルを踏んだ。
星矢は何とも言えない顔をして、前を見た。
休日ということもあって、駐車場は混んでいた。
警備員があっちやこっちで忙しそうにしている。
後ろに座る彩望はこれからご飯だというのに
いびきとよだれを垂らしてまた眠っていた。