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第65話 演奏会の当日

小さなライブハウスには想像以上にお客さんがたくさん入っていた。チケットは満員御礼で完売している。


趣味の楽器演奏会と言っても参加するおばさま達は、昔、プロのオーケストラとして活躍していたメンバーで、聴きに来るお客さんは友人関係や本格的な音楽を聴きたいという人ばかりだった。


星矢はプロに混ざって良いんだろうかとクラブに入ってからドキマギしていたが、演奏の想いはみんな一緒だとわかると緊張はしなくなったが、いざ本番となるとさすがに緊張はしないと言えば嘘になる。


「大丈夫、工藤くん?」


宮下紀子が星矢の右肩に手を添えて聞く。持っているフルートが震えていた。


「宮下さんは平気なんですか?」


「うん、まぁ。平気よ。慣れてきたわ。お客さんの数も少ないし、知り合いが多いからね。大きな会場になったら手に汗握るかも」


「それは確かにありますね。深呼吸しないと……ふぅ」


「ほら、覗いてみたら?」


舞台袖のカーテンを宮下紀子は開けてみる。星矢はそっと客席を見てみた。

ざわざわと会場は騒がしかった。


「あ……」


少し薄暗かったが、客席の最後尾に颯人と一緒に誰かが来ていた。じっと見つめていると、仲睦まじいそうに過ごしているのは女性だった。


会ったことも見たこともないロングヘアの綺麗な女性だった。颯人の腕にしっかりと触れていて、恋人同士にも見えなくない。


確かにペアチケットを渡したが、デートをしてくださいという意味ではなかった。


星矢は無意識に下唇を噛んだ。さらに左側に目を送ると見たことのある男性が立っていた。


チケットを渡していないし、日時も教えてなかったはず。

どうして、ここにいるんだろうと不思議で仕方なかった。


鼓動が早まる。本当にあの人か確かめたかった。

足が自然に動く。これから開演となるのに、星矢は客席に走った。


星矢は、男性の服の裾をくいっと引っ張った。


「先輩、なんで、ここに?」


「あ、星矢。見つかった? 変装して来たのに見つかるなんてな。これからだろ? 行かなくていいのか?」


翔太はかけたこともないメガネをかけていた。

仕事の途中で抜け出したかのようなスーツ姿。リクルートバックを持っていた。


翔太は、時間が差し迫っていることを星矢に腕時計を指差して合図する。家出していたのにいつも通りの接してくれることに何だか申し訳なくなる星矢。

胸がキュッと締め付けられた。


「はい、行ってきます」


フルートを握りしめて、ステージの方に走った。


翔太は頷いて、星矢の背中を軽く喝を入れるのにポンとたたいた。元気が出た気がした。

久しぶりに翔太に会えて、ほっと安心すると星矢は、気合いが入った。

そのおかげもあってか演奏会は大成功に終わった。

終演となり、みな帰り支度をしていると、颯人や翔太に会えるのかと思ったが、誰も待ってはいなかった。


薄情な2人だなとスマホのラインを確認すると2人からそれぞれに連絡があった。

仕事の都合だと返事の翔太と、急用が入ったと颯人。


そして、颯人には追い討ちをかけるように今日は、自宅に先客がいるからと

やんわり断られた。泊まりは無理だいうことだ。


きっと今日デートしていた女性と会うんだろうか。

星矢は、2人から同時に振られたが、それでも諦めないと電話をかけた。

スマホのコールが鳴り続ける。


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