「――目覚めたのは、見知らぬ森の中だった」
レオンは苔むした岩陰で身を起こすと、掌に映った自分の姿に息を呑んだ。黒髪が銀色に変わり、左目に十字の紋様が浮かんでいる。昨日まで高校生だった記憶と、眩い光に包まれて転移する瞬間の女神の声が頭の中で混ざり合う。
『異世界の勇者レオン・クロスフォードよ。汝に「混沌の瞳」を授けよう――』
突然、獣の咆哮が風を切り裂いた。本能的に地面を蹴った刹那、巨大な黒狼が先程までいた場所を爪で抉る。汗が首筋を伝う。この世界の魔物は明らかに地球の生物と次元が違う。
「視界が…!?」
瞳孔が灼けるように熱くなった瞬間、黒狼の動きがスローモーションに見える。筋肉の収縮、魔力の流れ、まさに攻撃を仕掛けようとする前兆が透視できる。無意識に腰の短剣を抜き、狼の喉元へ突き立てる。
紫色の血潮が噴き出す中、レオンの脳裏に女神の声が再び響く。
『その瞳はまだ真の力を覚えていない。北にある星紺の湖で――』
「助けて…!誰か…!」
女性の悲鳴が森の奥から聞こえた。足元の魔物の死骸を見下ろし、レオンは新たな武器を握りしめる。異世界転生者としての運命が、いま動き始めたのだ。
次の丘で目にしたのは、貨物馬車を囲む五匹の魔物と、銀鎧の女騎士だった。彼女の左肩からは深い傷が出血し、剣の構えも乱れている。それでも翡翠色の瞳は、護るべき商人たちを見据えていた。
「最後の一騎討ちか…聖剣リュミエールの末裔として、ここまでとは」
女騎士の呟きを聞いた瞬間、レオンの左目が激しく疼いた。彼女の体内に、金色の光の粒子が脈打っているのが見える。これはきっと、女神が言った「真の力」に関係しているに違いない――