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【第3話】年下君の気持ちには応えられない!(3)

 外回りに行く前、予定通りにお昼休憩をとる。柚羽の背中を追って、当たり前のように千隼が社員食堂に着いて来た。

「三塚さん、きつねうどんだけで足りますか?」

 普段から柚羽は炭水化物のみの単品を食べているので、千隼が心配して聞いてきた。

「足りる、足りる! だって、朝買ってきたパン屋さんのドーナツもあるから」

 柚羽は紙袋に入ったドーナツを一つ取り出して、噛じった。口の中に甘さが広がり、モチモチ感がたまらない柚羽は頬っぺたが落ちそうになる。

「野菜も食べた方がいいんじゃないですか?」

「一食くらい、野菜食べなくても平気だよ」

 千隼は少し心配そうに眉をひそめる。柚羽はそんなことは気にせずに、きつねうどんを一口すすった。

「これ、やっぱり美味しいね! 温かくて最高!」

 柚羽は満足そうに目を輝かせた。

「でも、本当に野菜も食べた方がいいですよ。営業職は特に歩き回りますから、健康が大事ってみんな言ってますし」と千隼は再び提案した。

「分かった、次はサラダも頼むよ。ただ今日はこのドーナツがあるから!」

 柚羽は、再びドーナツを持ち上げて笑った。

 その時に食堂のドアが開き、新入社員たちが入ってきた。彼らは周囲を見渡してから、二人の隣に座った。

「お疲れ様です。お隣に座ってもいいですか?」

「もちろん! どうぞ!」

 柚羽はにっこりと答え、新入社員たちを隣に招き入れた。

 新入社員たちは最初こそ静かに食べていたが、次第に楽しい会話が始まったようだった。

「野間口さんですよね? 俺たちは入社したばかりの新人です。よければ、他の支社のお話も聞かせてください!」

「えぇ。ためになる話があるかは分かりませんが……」

 新入社員に途中で声をかけられた千隼は、素直にその輪に混ざっていた。彼らは仕事の話や趣味のことを語り合い、和やかな雰囲気の中でお昼休憩を楽しんでいた。笑い声が何度も響き渡り、まるでその場が一つの小さなコミュニティのように感じられる。

 千隼は新しい仲間たちと交流する中で、少しずつ緊張がほぐれているようだった。

「さて、そろそろ外回りの準備をしないと……ですね」と千隼が言うと、柚羽はまだドーナツを頬張りながら「もうちょっとだけ、待ってよ!」と焦りながら返した。

 柚羽は、残っていたドーナツをモグモグと無言で食べる。

「もう少しだけですからね」

 千隼は呆れるように答えた。

 柚羽はドーナツを頬張りながら、千隼に見つからないように、外回りの時にスマホから彼に送るためのギフトを探していた。柚羽は心の中で考えを巡らせる。

(外回りの時に送信はするとして……選んでおかないとね)

 ギフトは柚羽にとって、千隼に対する大切なサプライズだった。

 食事が終わり、社員食堂を出ると、外の空気が心地よく、少しの風が頬を撫でる。

 柚羽と千隼の二人は、自然と足を速めて外回りに向かう。街の喧騒が耳に届き、周りのビルや人々が日常の景色を作り出していた。

「今日の外回りでは、どんなことを話すつもりですか?」

千隼が尋ねる。

「新しいプロジェクトになるようなコラボ商品について」

柚羽がそう告げた時、千隼の目が期待に満ちてくる。仕事に対して前向きな姿勢を持っていることが、柚羽に伝わってくる。

「それなら、しっかり準備しておかないとですね。良いアイデアが出たら、きっと役に立つと思います」

千隼は応じ、少し真剣な表情を見せた。

 二人は、歩きながら話を続けた。外回りの目的地が近づくにつれ、柚羽の中に少しずつ不安も芽生えてきたが、千隼の存在がそれを和らげてくれる。柚羽は、千隼がいることで自分も頑張れると感じていたから。

 営業先を二つ回り、このあとは直行できるとなった時、柚羽は電車の中でスマホのメッセージアプリから千隼にギフトを送信した。ドキドキしながら送信ボタンを押す。

「……あれ? 三塚さんからギフトが来ましたけど?」

 千早が画面を覗き込むと、少し驚いた表情を浮かべていた。

 柚羽が送ったのは、有名コーヒーショップのデジタルギフトだ。

「うん、送ったよ」

柚羽は少し照れくさそうに答えた。柚羽は千隼の反応が気になって、心臓はドキドキしていたものの、その反応を見て安心したのも事実だった。

「でも、……恥ずかしながら、店でのオーダーの仕方が分かりません。どうやったらいいですか?」

 電車のシートに隣同士で座っている千隼が、柚羽に素直に尋ねてきた。千隼は自分の不器用さを認めながら、柚羽の助けを求める。

 柚羽は少し考え込みながら、「大丈夫だよ。まずはアプリを開いて、送られてきたギフトをタップして……」と優しく教え始めた。

 柚羽の丁寧な説明に、千隼は頷きながら耳を傾ける。

「お店に行って、やってみて」

 電車の揺れに身を任せながら、柚羽はスマホを操作した。

「え、でも……一人じゃ不安です」

「……」

 千隼は一人で有名コーヒーショップに行ったことがないのか、いつになく心配している。


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