「来たか死にぞこない」
階段の上にある玉座に座っていた青年が、ゆっくりと立ち上がった。
その横に置かれた精封球の中では、細身の青年の姿をした妖精が蹲っている。
「言われた通り、ここに来た。
自分と同じ漆黒の瞳を見据え、リオは言う。
拒否されるのは覚悟していた。
「いいだろう」
ところが、黒き民の長はあっさりと承知する。
「役立たずの妖精など、もういらぬ」
ディオンは片手を伸ばし、精封球に触れた。
短い呪文が唱えられ、漆黒の球体は瞬時に消え去る。
後に残るのは、力が抜けたように倒れ込む、栗色の髪の青年。
「そら、返してやる」
ディオンは青年の柔らかな長い髪を無造作に掴むと、乱暴に引き起こす。
「……何を……」
リオが言いかけた直後、青年は階上から投げ落とされていた。
階段を転げ落ちて倒れている青年に、黒髪の少年が慌てて駆け寄る。
「いけません、不用意に近付いては……!」
エレアヌが叫んだ時には、リオは青年を抱き起こしていた。
ほっそりした顔にかかる長い髪を取り除けてやりながら、怪我などを調べる。
背は高いがその身体は細く、思ったよりずっと軽かった。
閉じた瞼は長い睫毛に縁どられ、整った顔を一層女性的に見せる。
死んだように動かぬ青年を見つめ、リオはふと気付いた。
(……衰弱してる……? これは階段から落ちたせいじゃない……)
痩けた頬、よく見ると腕や足も関節が浮き出している。
「一体、何をしたんだ!」
グッタリとした青年を抱いたまま、リオはディオンを睨みつけた。
「お前達を歓迎しようと、そいつの力を少し使っただけさ」
玉座の上で足を組み、ディオンは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「そいつには、攻撃の力を出すのは少々きつかったようだが。お前は聖なる力をもってるんだろう? それで治してやるんだな」
と言う彼に、リオはきつい視線を向ける。
「エレアヌ」
それから、背後に来ているエレアヌに小声で聞く。
「衰弱している妖精は、どうしたら回復する?」
「聖なる力を注いであげれば回復しますよ」
答えると、エレアヌはその手を意識の無い妖精の額に当てる。
僅かな黄金色の光が大地の妖精を包むと、蒼白だった顔にほんの少し血の気が戻った。
「分った」
それを見たリオも、聖なる力を注ぎ始める。
柔らかな光に包まれて、
「……リュシア……?」
リオに抱かれた青年の口から、掠れた声が漏れる。
弛緩していた身体に、力が戻ってきた。
「助けに来てくれたんですね……ありがとう……」
自分を抱く者が誰か分り、嬉しそうに目を細める。
弱々しい微笑みは、ほっそりした顔を一層女性的に見せた。
「今の僕の名は【リオ】だよ」
「……そうでしたね……あまりに似ているので、間違えてしまいます……」
友である少年の言葉に、妖精の青年はまた笑みを浮かべた。
それから、ゆっくりと右手を上げる。
「私はもう大丈夫ですから、どうか今度はあの人を救ってあげて下さい」
細い指が、示す方角。
そこにいるのは、ディオンであった。