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3-3


 琉斗に乞われるがままに数曲を終えてブースを出ると、じろりとこちらを睨んでくる金髪のひとの視線にぶつかった。


「あれ、コハク、来てたんだ?」


 足を止めた聡也を追い越して、琉斗が金髪のひとへ歩み寄る。


「リュウ、久しぶり」

「いまツアー中じゃなかったっけ?」

「俺のスケジュールなんて気にしてくれてんだ?」

「もちろん」


 頷いた琉斗を、コハクがハグした。声は間違いなく男性のものなのに、華奢な体格と肩までの金髪のせいで彼は女性のようにも見えた。

 琉斗は背が高いから、二人が抱き合っているとテレビでよく見るラブシーンのようで、聡也の胸がざわりとする。


「コハク、聴いてくれた?」

「聴いた。全然なってないじゃん。基礎からやり直せってレベルだけど」

「はは。相変わらずの毒舌だね。今日は知らないひとばかりに囲まれて緊張してたんだよ。ねぇ?」


 急に琉斗が話を振ってきたから驚いて、聡也は首を曖昧に動かした。 


「聡也の歌は特別だよ。いまにみんなわかる。僕は聡也に歌ってもらうために全力を尽くすよ。きみの歌は、僕の喜びだ」


 琉斗が笑う。これ以上ないほどしあわせそうに。

 その笑顔が聡也の内側に満ちて、歌が、降りてきそうな気配を感じた。

 しかしそのメロディを唇に乗せる前に、

「あ、ちょっと待ってて」

 と言って聡也の髪をくしゃりと撫でた琉斗が、くるりと背を向けて、機械の前でたむろっている大人たちの方へと行ってしまう。


 琉斗の背中を目で追っていた聡也の横からせせら笑いが聞こえた。


「おまえが特別ってわけじゃないから、勘違いすんなよ」


 コハクが金髪を掻き上げながら、横目で聡也を見て小声で囁いた。


「リュウは金の卵を発掘するのが好きなんだよ。ほとんど病気だな。僕がきみを歌わせてあげる、つってパトロンになってさ。実際、あいつの家、居心地がいいだろ」


 コハクの薄い唇の端が皮肉げに持ち上げられた。


「歌ってるときはしあわせだよな。リュウがずっとこっちを見てくれてるから。きみの歌は最高だって惜しみなく褒められて、最高の環境を用意されて、あんな男前にあんな目で見つめられて……勘違いしちゃうよな」


 琥珀色の瞳が聡也を映して細まった。


「これまでに何人『龍玉』と呼ばれる人間が居たか、聞きたいか?」


 くっきりとした声で問われて、聡也は生唾を飲み込んだ。

 彼の言っている意味はよくわからない。

 わからないけれど、琉斗に拾われたのは聡也が初めてではないということは理解できた。


「売れたら捨てられるぜ」


 コハクが言った。


「リュウは売れるまでの過程を楽しんでるんだ。自分の手でミリオンセラーのシンガーを輩出して、それがリュウの評価になる。あいつは生粋のお坊ちゃんだからな。金に困ってねぇしあの見てくれで女にも不自由しねぇし、金持ちの道楽で音楽事業に手ぇ出してちゃっかり成功してるし、天に何物与えられてんだって話だよな。そんな男に全身全霊で尽くされて支えられて……惚れるなって方が無理な話だよ。でも、売れたらそれまで。リュウの関心は次の『龍玉』に移るからな。だから」


 言葉を切ったコハクが、真っ直ぐに聡也を見て、先ほどのセリフを繰り返した。


「勘違いすんなよ」


 聡也は瞬きをした。体に変に力が入っていて、目ぐらいしか自分の思い通りに動かなかった。


 このひとは琉斗が好きなんだなと思った。

 でも、捨てられた。

 聡也も捨てられるのだと、コハクは言う。

 次の『龍玉』が見つかったら。

 聡也の歌よりも好きな歌を、琉斗が見つけたら。

 いまの生活は、そこで終わり。


「教えてくれて、ありがとう」


 聡也はコハクへと頭を下げた。コハクが目を丸くして、なんとも言えぬ表情を浮かべた。


「なんだよ、嫌味かよ」


 顔を歪めたコハクが眉をしかめて聡也のひたいを小突いてくる。

 嫌味? 聡也は首を傾げた。なぜそう思われたのかわからない。


 琉斗との生活がずっと続くものだとは、聡也は思っていなかった。けれど、いつまで続くかもわからなかった。


 琉斗が聡也よりも好きな歌を見つけたら、終わり。それはもしかしたら、明日にでも起こり得ることで。       

 コハクのおかげで、ゴールラインが近いことを知ることができた。

 ありがたいことだ。

 これで聡也は琉斗との時間を、いままでよりももっとだいじにすることができる。


「コハクはいいひとだね」


 聡也は笑って、もう一度頭を下げた。


 コハクが玉子を丸のみしたかのように目をむいて、

「バカ」

 と言って聡也の頭をパシンと叩いた。


 軽い衝撃を受けてうつむいた聡也の視界に、キラキラのコハクの髪が映った。

 夜のお月さまだ、と聡也は思った。

 金色が光を反射して、しずかにやさしく光っていて、とてもきれいだった。  







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