ステージで浴びる光は眩しい。
歌い終わって引っ込む舞台袖の暗さとの差がすごくて、聡也はめまいを感じる。
くらり、と視界が揺れて足がもつれた。
「おっと。大丈夫?」
聡也の肩を、誰かが抱きとめてくれる。誰だろうと見上げると、暗くぼんやりとかすむ目に、琉斗の笑顔が映った。
「リュート」
「疲れちゃった? 今日の歌、すごく良かったよ。きみはやっぱり歌ってるときが一番輝いてる」
ニコニコと満足げに笑われて、そのあまりに嬉しそうな顔に聡也のめまいはどこかへ飛んで行ってしまう。
「リュート、うれしい?」
「ん?」
「僕が歌ったら、うれしい?」
「もちろん!」
弾けるように、琉斗が頷いた。
「歌ってる聡也が僕は一番好きだよ。ねぇ聡也。客席を見た? 満員だったでしょ。そろそろこのキャパじゃ足りなくなってきたね。聡也、今度はもっと大きなハコをおさえるよ。僕がきみにふさわしいステージを用意してあげるからね」
滔々と、歌うように琉斗が話す。興奮しているのかいつもより早口で、言ってる意味はよくわからない。
それでも琉斗が嬉しそうだから、聡也も笑って頷いた。
売れたら捨てられる、と、コハクは言っていた。
売れるとはなんだろう。
コハクのように大きな会場で歌えるようになれば、『売れた』とみなされるのだろうか。
いま、聡也はどのあたりに居るのだろう。
琉斗の中では、聡也はどの地点に居て、ゴールラインまであとどのくらいなのだろうか。
「きみがもっと歌えるように頑張るね、聡也」
やわらかな声とともに琉斗のてのひらが降りてきて、聡也の髪をふわりと撫でた。
「僕には計画があるんだ。聡也、ずっとずっと夢に見てた計画が」
聡也の髪が琉斗の指に絡まった。それをするりとほどいて、琉斗が夢を見るような目つきでステージを眺めた。
白い光のあふれる場所では、聡也の次の出番の青年がギターを構えて、歓声のシャワーを浴びていた。
琉斗の計画とはなんだろう、と疑問に思って尋ねようとしたら、琉斗に軽く背中を押された。
「控室で汗を拭いて着替えておいで。僕はこの後次の打ち合わせがあるから、先に帰ってていいよ」
微笑する彼の目の下には隠し切れない疲れがくすみを残していて、聡也は離れてゆく手を思わず掴んだ。
「僕に、手伝えること、ある?」
琉斗がしてほしいことがあれば、聡也はなんでもする。
けれど琉斗は聡也の問いかけに、きれいな笑みを作って首を横に振った。
「大丈夫。きみは歌ってるだけでいいんだ」
もう一度、背を押される。
二歩、足を前に出して、聡也は顔を巡らせた。
「リュート。一緒に帰ろうよ」
もう何日も、夜に二人の時間を過ごしていない。
あの作業部屋のソファで二人並んで、歌を歌いたかった。
「リュートの歌を、歌うから」
だから今日は一緒に帰ろう、と懇願するように誘う。
琉斗が目を丸くして、それからくしゃりと笑った。
「聡也。きみがもっと歌えるように、僕がきみのためのステージを用意するよ。小さな部屋じゃなくて、大きなステージで僕がきみを歌わせてあげる。これから先も、ずっと。きみが好きなだけ。きみの好きな歌を」
そのためにいまはすることがある。聡也のために動けることがしあわせだ、と話した琉斗は、聡也に手を振ると背を向けてどこかへ行ってしまった。
聡也はしばらく、暗い場所で立ち尽くしていたけれど、ここに居たら慌ただしく動き回るスタッフさんの邪魔になるとわかり、しょんぼりと控室に戻った。
カバンから着替えを取り出して、汗で濡れた服を替える。
水で顔を洗って、濡れた前髪と一緒にタオルでごしごしと拭いた。
先に帰れ、と言われた以上ここでぐずぐずしていても仕方ない。携帯電話を確認すると、コハクからメールが入っていて、今日の聡也の歌は『まぁまぁだった』という感想と、用事があるので戻るという連絡がひらがなで書かれてあった。
帰り支度をして外へ出る。
裏口から表通りへ続く細い通路を歩いていると、
「待った待った」
と、後ろから肩を叩かれた。
「撤収早いなぁ、龍玉くんは」
そう言って片頬で笑ったのは、以前に……一番最初に聡也が琉斗に連れられて行ったレコーディングスタジオに居た、比内という男だった。
比内は初対面のとき同様、馴れ馴れしい仕草で肩を組んで、顔を寄せてきた。男のひげが聡也の頬にちくりと当たった。
それが痛くて、聡也が体を少し引くと、比内はすぐに空いた分の距離を詰めて、耳元で早口に囁いた。
「龍玉くんに、リュウからの伝言持ってきたんだけど」
「リュート?」
「そうそう。きみのだいじなご主人様」
はは、と比内が笑った。
彼の言葉の意味はわからなかったけれど、琉斗やコハクの笑みと違って、どこか嫌な気分のする笑い方だった。
しかしそれよりも琉斗からのなにかが気になって、聡也は男を見つめた。
「でんごん?」
「リュウからな。SOUに手伝ってほしいことがあるんだってさ」
「僕に? 本当?」
聡也は目を真ん丸に見開いた。
琉斗が聡也に手伝ってほしいことがある?
さっきはなにもしなくていいと言われたのに。
気が変わったのだろうか。それとも、聡也にもできることがあると、気づいてくれたのだろうか。
どちらにせよ琉斗を手伝うことができると聞き、聡也は意気込んで比内の服を掴んだ。
「僕、なんでもするよ! リュートを手伝うよ!」
聡也のあまりの勢いに、比内が若干肩を引いた。
それでも男はにんまりと笑い、二度三度とうなずくと、ダメ押しのように告げてきた。
「リュウが頼りにしてるって言ってたぜ」
聡也は嬉しくなって、ふわふわと浮き立つような足取りで、比内に導かれるままに夜道を歩いた。