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7-2


 次に目を開けたとき、聡也は石造りの壁に囲まれた場所に居た。


 硬い寝台から身を起こし、ぐるりと室内を見渡してみる。

 以前に聡也が住んでいたアパートの部屋ほどの広さだった。


 ドアがひとつだけあり、そこはトイレになっていた。トイレといっても水洗ではない。おまるのような簡易式のものだ。トイレの横には手洗い用の水の入った桶が置いてあった。


 その横の壁に掛けてある鏡を覗くと、自分の顔が映った。

 くすんだ茶色の髪と茶色の目。いつもより視界がいいなと思っていたが、それもそのはず、聡也のときには目を覆うほどに伸びていた髪が、短く刈られていた。


 『雑音』の顔だ、と聡也は思った。


 『雑音』の顔に、『雑音』の体。そこにいまは聡也の意識が入っている。


 不思議なことに、聡也はすんなりとそう理解していた。


 『雑音』がこうして幽閉されている原因は、魔女の血を引いているからだ。

 魔女は忌むべき存在で、魔女狩りの規定により断首刑にされると決まっている。


 魔女かふつうの人間かを見分ける方法は、魔法が使えるか否かによってのみである。

 魔女だと知られれば殺される。だから魔法が使える者は口をつぐむ。口をつぐむから、ふつうのひとと見分けがつかない。

 結果、魔女狩りに遭うものが減ったかというと、そうはならなかった。

 王様が取り締まりを強化したからだ。


 疑わしきは罰せよ。

 その王令の下、魔女の疑いがかかった者は拷問の果てに首を斬られて殺される。

 魔女狩りに捕らえられた時点ですでに、死刑が確定したも同然となる。弁明にはなんの意味もない。自分は魔女じゃないと叫びながら殺された者のうち、本当に魔女だった人間は果たしてどれぐらい居たのだろうか。


 魔女の歴史を紐解くと、あるひとりの女に行き当たる。

 精霊と契約をし、水・火・風・土・木を自由に操れた彼女が、最初の魔女と成った。彼女の系譜に連なる者たちは、男女の別なく皆、魔女という呼称を冠する。


 『雑音』もまた、そのひとりである。

 自身に魔力があることをひた隠していたはずの『雑音』が、なぜ魔女と疑われてしまったのか、その辺の記憶は聡也には朧気だった。


 しかし、窓もないこんな石造りの部屋に閉じ込められては、もはや死刑は避けられないのだろうな、という諦観にも似た覚悟は『雑音』の体から伝わってきていた。


 『雑音』は粗末なベッドに腰を掛け、ひとり膝を抱えて一日を過ごす。


 食事は二度、運ばれてくる。

 鉄製の扉の下が一部開くようになっており、そこからパンとスープが差し入れられるのだった。


 三日に一度、湯の入った大きなたらいを使用人が三人がかりで運んでくる。そのときにトイレが新しいものと取り換えられる。

 お湯で体が拭けるのはありがたかったが、聡也はこの入浴の時間が苦痛だった。

 というのも使用人の男たちが裸になった『雑音』の腹や背中を殴ったり蹴ったりしてくるからだ。

 その際、口には枷がつけられる。『雑音』が真実魔女だったときのための、呪文封じだ。報復は恐れるが、それ以上に魔女への嫌悪が強いということだろう。

 『雑音』は無抵抗を貫くけれど、それで男たちの暴行がやわらぐわけではない。


 結局、汚れたのかきれいになったのかよくわからないままに風呂の時間は終わり、新しい服に袖を通す。


 『雑音』に渡される服は、なにも隠せないようにとポケットのない、上下のつながった貫頭衣が用意されていた。

 ワンピースみたいだ、と聡也は思ったけれど、『雑音』にとっては着慣れたもので文句も言わずにそれを纏った。


 『伯爵』こと金髪の琉斗は三日おきに顔を見せた。

 彼はドアを開けて半身だけを覗かせると、ベッドの上でおとなしく座っている『雑音』を冷たい目で一瞥して、無言で去ってゆく。

 会話はない。

 『雑音』が魔法を使う気配がないか、ただ監視しに来ているだけだ。


 実際のところ、魔法は使おうと思えばいつでも使えた。

 というのもこの部屋は窓こそなかったが、石を組み合わせてできた壁には微細な隙間が空いていて、小さな光の玉がそこからふわふわと漂ってきては『雑音』になついてくるからだ。


 ふつうの人間には見えないこの光玉は、精霊のかけらだ。

 魔女は彼らから魔力を得て、魔法を使うことができる。


 魔法は歌で発動する。

 火の歌、風の歌、木の歌、土の歌、水の歌……。それぞれに細分化されたメロディがあって、それが精霊たちの力になる。


 魔女全員が、すべての歌を歌えるわけではない。

 火の歌が得意な魔女、風と仲良しの魔女、精霊との相性、様々な要素により魔力の強さや使える魔法は個々人で違っていた。


 『雑音』はどの精霊とも話せたし、大概の歌を読みとることはできたけど、特に相性がいいのは水と木だった。どちらも癒しの力を持つ属性だ。

 だから石の隙間から入り込んできた水や木の精霊たちは、痣だらけの『雑音』の体を労わるように腹や背の周りにむらがってくる。


 うたっていいよ、なおしてあげるよ、と言わんばかりにきらきらと明滅する彼らへ、『雑音』は微笑んで首を横に動かした。


 なぜ『雑音』が魔法を使って自らの傷を癒さないのか、聡也には不思議だった。 

 使えばいいのに。

 そう思う聡也に同調するように精霊たちがさざめく。


 うたって、うたって。


 精霊たちの声に『雑音』は声を出さずに笑う。指先で光の玉をいとおしむように撫で、じゃれついてきた精霊たちにキスをする。


 魔法を使えば断首台行きになるから。

 だから『雑音』は歌わないのだと聡也は理解して、苦しい気分になった。








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