『雑音』が生まれたとき、精霊たちが次々に
奇跡のようにうつくしい光景だった。
けれどそれを目の当たりにした『雑音』の両親は、ひどく嘆いたと聞く。
『雑音』の母は、魔女の血統を継ぐ者だった。
父はただの人間だ。なんの魔力もない父と、魔女の母。二人は『祝福』卿の領地で、ひっそりと匿われていた。
『祝福』卿の領地には他に、四人の魔女が隠れ住んでいた。
王さまの、魔女に対する迫害は日を追うごとに激しくなってゆく。
よその国へ逃げようとして途中で捕らわれ、断頭台へ連れて行かれた魔女の噂話はまことしやかに囁かれて、母たちは亡命をあきらめ、魔女に対して同情的であった『祝福』卿を頼ってこの地に流れついたのだった。
当時の三賢人の中で、魔女狩りを率先して行っていたのが『清廉』卿。
『祝福』卿は否定派だったが、表立って魔女狩りを中止すべしと叫ぶと自身の地位が危うくなるため、王の機嫌を損ねないよう上手く立ち回りながらもこっそりと魔女たちを保護してくれていた。
『木洩れ日』卿は中立派で、彼が居るから『清廉』卿との均衡が保たれている、と『祝福』卿はよく言っていた。
『雑音』は『祝福』卿の屋敷の地下室で、その存在をひた隠しにされながら育った。
『雑音』が生まれたことは父母と『祝福』卿以外、誰も知らない。
同族の魔女にすら、母は『雑音』のことを漏らさなかったという。
遊び相手もない狭い部屋で、『雑音』は日がな一日を過ごした。しかしさびしくはなかった。
精霊のかけらたちがふわふわと漂ってきては、『雑音』に懐き、うたって、うたってとねだってくるからだ。
言葉を覚える前にはもう歌っていた、と、後に父は語っていた。
『雑音』が歌うと、精霊たちはきゃらきゃらと輝き、喜んだ。
しかし逆に両親の表情は暗く沈みこんでゆく。
『雑音』は、歌うことはいけないことなのだと次第に学び、両親の前では歌うことをやめた。
ひとりでお留守番をしているときだけ、小さな小さな声で口ずさむ。すると精霊たちが寄ってきて、旋律に合わせて踊りだす。その様が可愛くて、雑音はお留守番の時間が一日の中で一番好きだった。
転機が訪れたのは十歳の頃だ。
『祝福』卿がひそかに魔女を匿っている、という情報が、ついに王の耳に入ってしまったのだという。
王は激怒した。
急遽開かれた会合で『祝福』卿は潔白を訴え、『木洩れ日』卿もそれを支持した。
しかし『清廉』卿が王へと、私に任せて下されば『祝福』卿の領地を調べあげますよ、と進言した。
王は『清廉』卿へ、領地
『清廉』卿の動きをいち早く察知した『祝福』卿は、内密裏に『木洩れ日』卿を呼び出し、地下室で『雑音』と引き合わせた。
初めて顔を合わせたとき、『木洩れ日』卿は愕然とした表情をしていた。
「まさか本当に匿っていたとは……!」
声を詰まらせた『木洩れ日』卿へと、『祝福』卿は、
「この子はきみに、どう見える。ひとの子とまったく違う生き物に見えるか」
強い口調でそう問うた。
「私が魔女の子だと言わなければ、この子が魔女だときみは気づくことができたか」
切羽詰まった『祝福』卿の声に、『木洩れ日』卿は喉を上下させて生唾を飲んだ。
「私とて、進んで魔女狩りをしたいとは思ってません」
「そうだろうとも。きみは公正で平等だ。『平等たれ』。その神の訓えを体現している」
「『祝福』卿……」
「きみにこの子を託したい」
『木洩れ日』卿の肩を抱き寄せて、『祝福』卿が彼の耳元で低く囁いた、
『木洩れ日』卿の緑の瞳が大きく見開かれた。
「いや、それは……」
「頼む。この子の存在は私と、この子の両親しか知らない。領民の誰も、この子のことは知らない。絶対に王に知られることはない。私はもうダメだ。『清廉』卿はやると言ったら必ずやる男だ。恐らく以前から私の領地を探っていたのだろう。領地
「……まさか」
『木洩れ日』卿は首を横に振ったが、それは弱弱しい動きだった。
本当は彼にもわかっていた。いくら三賢人とはいえ、王が、魔女を庇った『祝福』卿をゆるすはずがない、と。
「私はぎりぎりまで魔女たちを逃がす算段を整える」
「魔女はこの子だけではないのですか!」
「この子の母親と……あと四人居る」
『木洩れ日』卿が呻いた。
『祝福』卿が真摯な眼差しで彼を見つめ、しずかに告げた。
「魔女もひとだ。我々と同じひとだ。なんの罪もないひとが斬首刑になるなんて、そんな暴挙をゆるしていいのか」
「『祝福』卿……」
『木洩れ日』卿の緑の瞳が揺れた。
彼と長い付き合いの『祝福』卿にはわかっていた。『木洩れ日』卿が、己と同じ思想の持ち主だということを。
公平で公正なこの男ならば、『雑音』を匿ってくれるということを。
「『木洩れ日』卿。きみと私的に会うのは今日が最後だ。私が捕縛されたら、きみは『清廉』卿と一緒に私を弾劾しなさい。庇ってはいけない。『清廉』卿の
「そんなことできるはずが、」
「『木洩れ日』卿。この子を頼めるのはきみしか居ない。きみしか、居ないんだよ……」
語尾を涙で掠れさせながら、『祝福』卿は『木洩れ日』卿と最後の抱擁を交わした。
そして『雑音』の背をそっと『木洩れ日』卿の方へ押して、
「行きなさい」
とやさしい声でささやいた。
「きみの未来が明るくしあわせなものになることを祈っているよ」
『祝福』卿が微笑んだ。
それが『雑音』が最後に見た彼の姿だった。