死刑の日になった。
もう幾度も『繰り返し』ている通りに、今回も『雑音』は断頭台に繋がれた。
両手と首を固定され、領民たちからの野次に晒される。
『雑音』は目かくしを外された直後から、周囲には目もくれずに琉斗を探していた。顔の可動域は狭く、見える範囲も限られている。それでも限界まで目を動かして、琉斗の姿を探していた。
琉斗は『雑音』の断頭台の横で、磔になっていた。
足元には薪が設置されている。火炙りのための準備だ。
魔女の仲間には改心のための時間が与えられる。だからすぐに死んだりしないよう、魔女狩りの手で火加減が調整されるのだった。
白装束の男が琉斗の隣に控えている。彼の手には
民衆たちからは「魔女を殺せ」「改心しろ」と次々に怒号が上がっている。
『雑音』が泣きながら口を動かした。しかし猿轡が邪魔をして、うめき声が漏れただけだった。それでも聡也にはわかった。『雑音』が琉斗の名前を呼んだのだとわかった。
琉斗の緑の瞳は、領民たちへ据えられていた。
「騙された!」
と彼は叫んだ。
それでいい、と聡也は祈るように思う。
ぜんぶ『雑音』のせいにすればいい。それで琉斗がたすかるならば、声高に『雑音』を罵ればいい。
「おまえたちは騙されていたっ!」
琉斗の言葉と同時に、首の後ろに激しい衝撃を感じた。
最初の一刀が『雑音』に振り下ろされたのだった。
初めて断頭台に上げられたときは、聡也は死刑の恐怖と痛みでなにも考えられず、すぐに意識を飛ばしてしまったけれど、幾度も殺されるうちに、恐怖には慣れつつあった。
しかし気が狂いそうな痛みには慣れることができない。
それでも聡也は意識を保てるようただひたすらに琉斗の声に集中した。
白装束の松明が、琉斗の足元に近づけられた。
別の男が液体を琉斗の下半身にばしゃりと掛けた。あれはきっと、火が燃え移りやすいようにするための、油かなにかなのだろう。
早く改心の言葉を、と聡也は自分の声が聞こえないのは承知の上で、訴え続けた。
『雑音』のいのちがある内に、早く『創まりの神さま』への信仰と改心の言葉を述べて、この首を斬り落としてほしい。
早く、早く。
祈る聡也の耳に、琉斗の声が朗と響いた。
「王に騙されたんだっ! 魔女は本当に害悪か? 我々にとって害悪であるか? それは王に植え付けられた偏見だ! 俺は違う! 俺は違う! 俺は騙されないっ!」
ざわり、と群衆が騒めいた。
琉斗の足元に火が放たれた。ぼっ、と音を立てて衣類に火がついた。遅れて木々も燃え出した。
「不敬罪ですよ。いまのは聞かなかったことにしてさしあげます。さぁ、王への忠誠と改心の言葉を。伯爵、懺悔をどうぞ」
白装束が手を広げた。
改心しろ、という合唱が広場に響く。
首に、二度目の衝撃が走った。あまりの痛みに聡也はもんどりうって悶えた。しかし『雑音』の体は固定されているので痛む場所を抑えることすらできない。
血がぬるりと伝い落ちてゆくのを感じる。
大丈夫。意識はまだちゃんとある。
リュート、早く。
聡也は必死に琉斗へと訴えた。
けれど、聡也の願いとは裏腹の言葉を、琉斗は口にした。
「おまえたちが魔女とする、その者がしたことはなんだっ! なにをしたっ! 俺のいのちの救っただけだ! 三度も! 三度も救ったんだ! それのなにが害悪だ!」
足元を炎で炙られながらなお凛然と顔を上げて訴える琉斗へと、白装束が憐れむような目を向けた。
「なんと嘆かわしい。あなたは魔女に洗脳されておられる。いいですか、この『木洩れ日』領では五年前にそこの魔女の呪いで『赤の病』が蔓延した。伯爵、あなた様のご両親も奪われたではありませんか。最近では崖が崩れて何人もが死んだと聞いております。ぜんぶ、魔女のせいですよ」
「違う違う違うっ!」
琉斗が激しく首を振った。彼の足を焼く炎は徐々に勢いを増してゆく。
火の精霊の欠片が踊っている。
もっと燃えろと踊っている。
やめてやめてやめて。
聡也は泣きながら願った。
いま、歌を歌うことができれば。
あの炎が消せるのに。火の精霊を鎮めて、水の精霊を呼んで、そして……。
琉斗を逃がすために使える魔法のすべてを、使うのに。
改心しろ、と叫ぶ声は止まらない。
津波のように『雑音』たちを飲み込もうとしてくる。
聡也は背後で剣が動く気配を感じた。死刑執行人が、三度目の刃を振り上げたところだった。
琉斗がハッとしたようにこちらを見て、目を見開いた。
炎はいよいよ激しく、琉斗の下半身を焼いている。
リュート、早く。
早くそこから逃げて。
聡也は必死に訴えた。
視線は交わっている。だから聡也の願いも伝わるのではないかと思えた。
琉斗の緑色の瞳が、きれいなきれいな瞳が、『雑音』を映していた。
彼の唇が動いた。
ひたと『雑音』を見つめたまま、琉斗がくっきりとした声で叫んだ。
それは、『雑音』に向けた言葉で……。
聡也は信じられずに、こんな場面なのに、ポカンとしてしまった。
三度目の剣が、振り下ろされた。
琉斗が『雑音』の名を呼び、同じ言葉を繰り返す。
いのちの火が消えそうだ。視界が暗くなってゆく。
けれど聴覚は働いていた。
『雑音』の耳は、民衆の怒声に紛れて途切れそうになる琉斗の声を、けれど確かに捉えていた。
聡也は自分の意識が引っ張られるのを感じた。
いつものブラックアウトとは違う、と本能的に感じ取った。
聡也の魂が、『雑音』の体から引っ張り出されて……べつの場所へ連れていかれてしまう!
焦りながら聡也は、自分を連れていこうするその手を握り、
「待って!」
と訴えた。
「待って! もう一度! もう一度だけ!」
自分がなにを言っているのかよくわからない。
けれど聡也は衝動のままに懇願した。
もう一度だけ、『繰り返し』たい。
聡也はそう言って、『雑音』の中から出ていくまいと足を踏ん張った。
聡也の手が、握り返された。
目の前で精霊のかけらのように瞬いた光が、たちまち収束し、ひとの形となった。
『雑音』が、そこには居た。
彼は茶色の瞳を細めて、泣き笑いのような表情を浮かべた。
あと、もう一度。
『僕』として、生きてくれる?
『雑音』が問いかけてくるのに、聡也はなんども頷くことで答えた。
引っ張られかけていた意識が、今度はものすごい勢いで吸い込まれてゆく。
聡也は自分が、あの火事の夜へと向かっているのを感じた。
あと、もう一度だけ。
すべてを知るための、最後の『繰り返し』だ。