重力に従って垂れたコハクの金髪を見ながら、聡也はきれいだなぁと思った。
金色の髪はピカピカでキラキラで、とてもうつくしい。
『共鳴』の髪もきれいだった。
けれど聡也は、琉斗の、癖のない黒い髪もすごく好きだ。
「コハクは、きれい」
彼の毛先を戯れに指先で摘まんで、聡也はつぶやく。
コハクが驚いたように顔を上げ、引っ張られる形となった頭皮に少し目元を歪めた。
吸い込まれそうに大きな緑の瞳と、きめ細かな白い肌。すらりと通った鼻筋に、薄く仄赤い唇。
神さまが丹念につくった人形でも、ここまできれいにはならないだろう。
聡也の指から髪の毛をするりと引き抜いて、コハクがしずかな動作で首を横に振った。
「捨てられたのは、オレだよ」
細い指先を聡也の頬に滑らせて、コハクが唇の端で笑った。
「リュウに捨てられたのは、オレだ。だからおまえが羨ましかった。リュウにだいじにされてる、おまえが。これまでにも居たんだ。リュウに目ぇかけられて、プロデュースされて、宝物みてぇに扱ってもらって、ブレイクしたヤツが。オレが最初じゃなかったし、オレが最後でもなかった。何人も居た。だから知ってた。売れたら捨てられるって知ってた。他の……龍玉って呼ばれてるヤツらとおんなじになるって知ってた。あいつ……リュウのヤツ、よく、しあわせかい? って聞くんだよ。コハクの世界はしあわせかい? って。歌が売れて、オレの存在が世間に認められて、音楽でメシ食えるようになって、そりゃあしあわせだよ。しあわせだよな。しあわせだから、しあわせだって答えたら、リュウはニッコリ笑って手ぇ離すんだ。しあわせなら、もう大丈夫だね、って」
話し続けるコハクの視線は聡也の顔から一度も逸れることがない。
ひたとこちらを見つめたまま、囁くように彼は語った。
「初めておまえに会ったとき、おまえもそうなるんじゃないかって思った。おまえも、リュウにとっては通過点だって。でも違ったな。おまえが終着点だった。おまえが意識不明で入院してたときのリュウ見てたら、そう思った。リュウはおまえに辿りつくためにオレたちを通過して、生きてたんだなって思った」
琉斗の終着点は聡也だった、と濁りのない声で話されて、聡也は胸元をぎゅっと握りしめた。
「僕は……」
吸い込んだ息が喉を塞いで、喘ぐように唇を開く。
ここしばらく感情を煮詰める、という作業をしていたせいで、少しの刺激でこころが波立ってしまう。
それをしずめる術もないままに、聡也は言葉を探しながら、声に出した。
「僕は……僕じゃ、ないの」
「ん?」
「リュートの、終点は、僕じゃないの」
コハクは、聡也に辿りつくために琉斗は生きてきた、と言ったけれど、それは『聡也』ではない。
琉斗が探していたのは、『魂の音』だ。
彼は『魂の音』をしあわせにするために、ずっとずっとひとりで頑張ってきたのだ。
「コハクに、前に、リュートに捨てられるって言われたとき」
「だからそれは違うって」
「ううん。違わない。コハクにそう教えてもらったから、僕、終わりがあるんだなってわかったの」
琉斗が隣に居てくれるのは、ずっとのことじゃない。
だから琉斗との時間をだいじにしようと思えた。
それはいまも同じだ。
聡也は琉斗が好きで、好きで、好きで。
大好きだから、彼を、解放してあげたかった。
『魂の音』から、解放してあげたかった。
彼自身のしあわせを求めてほしいから。
そのためにいま、琉斗への歌を煮詰めている。
「リュートの終点は、僕じゃない」
聡也でも『魂の音』でもない。
「そのことを、リュートに教えてあげたいの。僕じゃないよって教えてあげるの。そしたらリュートはきっと、居なくなるよ。でも、それでいいの」
「……リュウは、居なくなんねぇだろ。おまえのことあんなにだいじに想ってんのに」
コハクが眉を寄せてぼそりと口を挟んできた。
琉斗がだいじにしているのは自分じゃなくて『魂の音』で、そして聡也はその『魂の音』から琉斗を解き放ってあげるのだ、とコハクへ説明したかったけれど、どこからどう話せばわかってもらえるのかがわからずに、聡也はほろりと苦笑いだけを返した。
コハクの眉間のしわが深くなり、頬を軽くつねられる。
「その笑い方やめろ。リュウは、居なくなんねぇよ」
「コハク、痛い」
「おまえ、リュウが好きなんだろ」
「好き」
好き、という言葉はするりと聡也の唇から出てくる。
言ってしまってから、感情を煮詰めるのを忘れていたことに気づき、慌てて口を押えた。
「まだ、ダメ。リュートに伝えるために、せつやくしてるから」
「言葉の節約は、歌のためになんならすりゃあいいけど、気持ちの節約はすんなよ」
「え?」
「リュウみたいなタイプはとにかく押しまくりゃなんとかなるんだから、ネガティブに身ぃ引くとか考えんな。おまえはずっと寝てたから知らねぇだろうけど、病院でリュウのヤツほんとにずっとおまえの手握ってて、あれ見てたらリュウがおまえこと捨てるなんて誰も微塵も思わねぇわ。マジで、おまえさえしあわせに笑ってりゃ、リュウは満たされんだよ。ずっと隣に居てやれよ」
きれいな緑色の瞳が真剣な空気を帯びて、ゆっくりと瞬いた。
長い睫毛がふわりと動く様さえ、とてもうつくしくて。
ああコハクも琉斗のことが好きなんだな、と聡也は思った。
そして、聡也さえしあわせなら琉斗は満たされる、とコハクの目にもそう映っている事実に、胸がヒリヒリと疼いた。
琉斗に『それ』をさせたくないんだ、と。
『それ』から琉斗を解放してあげたいんだ、と。
誰がわかってくれるだろうか。
自分以外の、いったい誰が。
(きみもおんなじ思いだよね?)
聡也は己の中の『魂の音』へと、胸の内側でそっと問いかけてみた。
返事はなかった。
ただ、ぐつぐつと煮詰まっている琉斗への『好き』だけが、聡也の選択を後押しするように大きく弾けた。