目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第12話ー記憶の扉ー

「では、参りましょうか。」

リビウスを連れて小屋を出る。今日は彼をカタフィギオに連れて行く日だ。ハイラムには事前に連絡はしてあった。きっとカタフィギオで私たちを待っているだろう。山を下りる。ガーランドとヤニックが前方と後方を歩き、その真ん中に私とリビウス、シャネスが歩く。


飲み屋に入り、私たち一行を見た店主が会釈する。私は彼に会釈を返し、飲み屋の奥に進む。扉を開け、階段を下りる。人々の会話する声が聞こえて来て、その声はどんどん大きくなる。最下部まで下り、中に入る。カタフィギオは今日も賑やかだ。

「皇女様。」

ハイラムがそう声を掛けながら近付いて来て、私の前で深くお辞儀する。

「ハイラム。」

私がそう言うと、ハイラムは頭を上げて、私が連れているリビウスをチラッと見る。その眼光は鋭い。

「こちらへ。」

ハイラムが彼を警戒しているのが分かる。それも仕方ない事だと分かっている。カタフィギオの奥、円形のテーブルが置かれている場所へ案内される。

「まずは紹介するわね。」

そう私が言うと、ハイラムが私の後ろに居る彼を見る。

「彼には記憶が無いから自分の名を思い出せないの。だから私がリビウスと名付けました。」

そう言うとリビウスが黙って頭を下げる。

「彼はハイラム。ここカタフィギオと呼ばれる拠点を統括している者よ。」

ハイラムを紹介すると、ハイラムが手を差し出す。

「ハイラムだ。」

リビウスがその手を取って握手する。二人が視線を合わせながら、睨み合うような形になる。ハイラムもかなり体格が良く、ここカタフィギオでも指折りの高身長だけれど、リビウスもまた身長が高く、そんなハイラムと引けを取らない体格をしている。

「私はお前を認めた訳では無い。」

ハイラムがそう言う。

「ミア様がいらっしゃるから、今日のところは剣を収めるが。」

ハイラムの鋭い眼光がリビウスを貫く。けれどリビウスは動じない。

「ハイラム。」

私が咎めるような口調で呼ぶと、ハイラムは不服そうではありながらもリビウスから離れる。


円形のテーブルにある椅子に座ると、ハイラムが言う。

「ご報告があります。」

そう言いながらハイラムはチラッとリビウスを見る。

「彼は大丈夫よ、話しなさい。」

私がそう言うとハイラムが話し出す。

「以前、ミア様にご報告させて頂いた、反乱分子の一派についてです。」

皇都で反乱を起こし、逃げ延びて来た者たちの事だ。

「えぇ、続けて。」

そう言うとハイラムが言う。

「エンドオブグリーンの近くまで来ているそうです。今日中に到着するでしょう。」

ハイラムはそう言って、背筋を伸ばす。

「引き続き、警戒を。」

私がそう言うと、ハイラムが頷く。そして私は後ろに控えているシャネスに言う。

「シャネス、リビウスに……彼にカタフィギオを案内して頂戴。」

シャネスは一瞬、顔をしかめる。私はそんなシャネスに微笑む。シャネスは仕方ないと悟ったのか、リビウスに言う。

「ついて来て。」

リビウスは立ち上がると、私を見て微笑む。

「ありがとう。」

私にそう言って、歩き出す。シャネスとリビウスがその場を辞すと、ハイラムが言う。

「ミア様、あの者はミア様に対して、あのような物言いをするのですか?」

抗議とも言えるような口調でそう聞くハイラムに私は少し笑う。

「そうよ、私がそうしてと言ったの。」

ハイラムは私にそう言われて二の句を継げないでいる。ハイラムにとっては許せない事態だろう。私にあのような砕けた口調で話す者など、今まで誰も居なかったから。

「あのような態度、許しても良いのですか。」

ハイラムが言いたい事も良く分かっている。きっと私にあのような態度や口調を許すと、他の者にも多少の影響が出る事を懸念しているのだろう。私はそんなハイラムに言う。

「私がそうしてと、そう言ったのよ。」

ここまで言われれば、ハイラムは引き下がる外、無いだろう。円形のテーブルがある、この場所にはタペストリーが掛かっている。タペストリーには光の加護を放つ者と、それを一身に受け、その体に紋様を浮かび上がらせる者とが描かれている。


━━ 金色の紋様を持つ者が平和へと導く ━━


そんな古い言い伝えがある。古い言い伝えはいくつもあるが、どれもまるで御伽噺のようにも感じる。


◇◇◇


カタフィギオ内部の事に関しての報告を受ける間、ハイラムはその場を辞していた。ハイラムと共にここカタフィギオをまとめてくれているソーハンが報告を上げてくれている。

「カタフィギオ最深部の採掘場では、変わらずに鉱物が豊富に採れています。」

そう言いながらソーハンが微笑む。

「そう、それは良かったわ。」

ここカタフィギオの最深部には採掘場がある。その採掘場で採れた鉱物はカタフィギオの重要な資源だ。ソーハンは懐に手を入れ、何かを取り出す。布に包まれたそれを受け取る。開いてみると中には透き通るような青色の石、ブルートパーズのネックレスがあった。思わずため息が漏れる。

「これ程、純度の高い鉱物は、この国の中でも稀有でしょう。」

ソーハンはそう言って微笑み、視線を下げて言う。

「それは皇女様に献上致します。」

ネックレスにまで加工が出来るのは、職人がここに居るからだった。ここカタフィギオにはそれぞれに精通した者が、自身の力を発揮出来るように配置されている。


不意に大きな物音がして、ソーハンと顔を見合わせる。立ち上がり、物音の方へ行く。人だかりが出来ている。その中心部に居たのはハイラムとリビウスだった。向かい合ってはいるが、ハイラムは剣を持っている。

「それを手に取れ!」

ハイラムがそう言っている。私は人だかりを掻き分けて、中心部へ行く。

「何事ですか!」

そう言いながら入って行く。中心部では剣を持ったハイラムが、同じく剣を持ったリビウスと向かい合っていた。

「これは一体、何の真似です?」

そう聞くとハイラムはリビウスを睨み付けながら言う。

「この者が怪しい動きを。」

怪しい動き? リビウスが何かしたのだろうか。するとすかさずリビウスが言う。

「俺は何もしていない! 貴様が俺にぶつかって来たんだろう?」

互いに剣を持って向かい合っている二人の間に割って入る。

「ミア様…どうか、そこを退いてください。」

ハイラムがそう言う。不意に私の背後で剣を落とす音が聞こえる。振り返るとリビウスが頭を押さえて倒れ掛かるところだった。私は駆け出してリビウスを受け止め、支える。

「リビウス!」

リビウスはそんな私に倒れ掛かる。受け止め切れず、地面に座る。リビウスを抱き留めていると、私の中から光が溢れ出し、リビウスと私を包んでいく。強い光の中で頭の中に映像が流れ込んで来る。


これは、何の映像なの……


私の頭の中で流れる映像――


私の兄の炎帝ロベルトに「躾」と称して、鞭で打たれているリビウス……貴族たちの蔑みの言葉……文字通り血の滲むような努力を重ね、英雄としての振る舞いをする日々、そしてそんなリビウスを満足そうに見ている兄……。


一気に色々な情報が頭の中に入って来る。


リビウスは皇都で英雄として祭り上げられていた事、彼は元は平民だった事、反抗する事は許されず、満足の行く結果が得られなければ躾をされていた事、平民という出自のせいで周囲の貴族たちからは蔑みの対象だった事、誰も彼の味方は居なかった事、唯一その中で彼を補佐していたのが彼に付けられた執事であった事……。


彼は絶望の中に居たのだ。かつての私のように。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?