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第11話ーリビウスの病状とミアの決意ー

見つめ合った私とリビウスは互いの瞳にしばらくの間、見入っていた。リビウスの手が伸びて来て私の頬に触れる。

「綺麗な瞳だ……」

リビウスがそう言う。私もリビウスの頬に触れて言う。

「あなたの瞳も、とても透き通っていて、綺麗だわ……」

不意に互いにハッとして、顔を伏せる。

「シャネスの手伝いに……」

そう言って離れるとリビウスがベッドに腰掛けながら言う。

「そうだな。」

部屋を出て、部屋の前にいるヤニックとガーランドに軽く頭を下げ、部屋を後にする。シャネスは明日の朝食の準備なのか、キッチンで何か作業をしている。


◇◇◇


カタフィギオからは数日おきに医師が来て、リビウスの怪我の状態を診に来ていた。3回目に医師が来た時には傷は塞がっていた。


「ミア様。」

医師が私の所へ来て、頭を下げる。

「どうですか、彼の様子は。」

そう聞くと医師が言う。

「えぇ、傷はほとんど塞がっていますので、肩と足の傷に関してはもう大丈夫でしょう。」

そして医師は微笑み、聞く。

「ミア様の光の加護があの者の傷の治りを早くしたようですね。」

そう言われて少し驚いて聞く。

「私が彼に光の加護を与えた事が分かるのですか?」

そう聞くと医師が微笑む。

「私は今までかなりの数の傷の治療をして来ましたので、傷がどのような経過を辿り、治って行くのかは把握しています。」

そして後ろを振り返り、言う。

「あの者の傷の治りはかなり早いです。そして通常であれば傷が塞がるにはもっと時間がかかっていたでしょう。」

医師が私を見る。

「そして前回、彼を診た時よりも、体に残っていた傷跡が薄くなっています。体に残る傷痕すらも消してしまえるのは、光の加護以外、ありえません。」

そう言って医師が微笑む。

「光の加護で完全に治癒が出来る訳では無い事は私も承知していますが、やはり幾度か光の加護を受けると治癒が早いようですね。」

リビウスの傷を私が癒したのだと思うと、少し心が温かくなった。

「彼の記憶の方は?」

そう聞くと医師が難しい顔をする。

「えぇ、そちらの方も診察致しましたが、記憶の方は戻っていないようです。」

そこで話を聞いていたシャネスが言う。

「虚偽の申請をして、医師を欺く事は出来るのでしょう?」

シャネスはずっとリビウスの事を信じていないようだ。医師が少し笑って言う。

「出来るか出来ないかで言えば、可能でしょうね。」

そして微笑みを滑り落とし、真剣な顔付きで言う。

「私も医師の端くれとして、自分の観察眼には自信を持っています。人を欺くという意思を持つ者の瞳の動きや仕草、言葉遣い、言動…全ての知識を総動員して結論を出したとしても、私の診断結果は変わりません。」

断固としてそう言う医師に、診断結果の正当性を見た気がした。ここまで言われればシャネスも引き下がる外、無いだろう。

「それで、彼を……カタフィギオに連れて行っても問題は無いでしょうか。」

聞くと医師が微笑む。

「あの者の体の状態だけで言うならば、問題は無いでしょう。カタフィギオに連れて行くのであれば、事情の説明をしないといけませんが。」



ここ数日、リビウスを観察していても怪しい動きは無いし、何か考えるような素振りも無い。誰かが接触する機会も無ければ、素振りも無い。彼は本当に記憶を失くしていて、自分が誰なのか、自分がどういう人間なのか、日々、考えているだろう。どれだけ心細いだろうか。自分が誰なのか分からず、どこに住んでいたのか、家族が居たのか、友人は居たのか、どんな生活をしていたのか、全く想像も出来ないとしたら……? 私は決心する。やはり早い段階でリビウスをカタフィギオに連れて行くべきだろう。その為には私たちの事情をリビウスに話さないといけない。


医師が帰って行ったその日の夜、私はリビウスの部屋を訪れた。

「リビウス、少し話があるのだけれど。」

そう言うとリビウスが微笑む。

「あぁ。」

優しい微笑みだった。

「少し外に出てみるのはどうかしら?」

そう言うとリビウスが頷く。

「出して貰えるなら。」

騎士たちの監視があって、今までは療養という名目で軟禁されていたも同然の生活。私はリビウスを連れて小屋の外に出た。リナリアの花が咲く丘。その丘の上に二人で腰掛ける。夜風が気持ち良い。少し離れた場所にはヤニックとガーランドが控えている。

「ここへあなたが来た時。」

私がそう話し出すとリビウスが私を見る。

「あなたが予想したように、私たちはある意志を持って、集まっているの。」

風が二人の間を吹き抜ける。

「ここは最果ての地、エンドオブグリーン。皇都からは遠く離れていて、皇帝に見つからない場所よ。そんな場所でハイラムを中心に皇帝からの圧政から逃げ延びて来た者たちが集結しているの。」

風が私の髪を揺らす。

「そこへ私が現れた……。私は……皇帝ロベルトの実の妹……、皇女のミア・ジャノヴェールよ。」

彼はどういう反応をするだろうか。恐る恐る彼を見る。彼は私の言葉を聞いても微笑んでいた。

「君がやんごとなき地位に居る事は何となく予想はしていたよ……」

彼の表情からはそれ以上の感情は読み取れない。

「ここはそういう私の実の兄、炎帝であるロベルトの圧政から逃げ延び、そしていつか、正当な皇位継承者である私を立てようとしている人たちが集まっているの。」

そう言うとリビウスが私を見る。

「それを俺に話したという事は……」

私はリビウスに微笑み、頷く。

「えぇ、そうよ。あなたを皆が集まっている拠点へ連れて行こうと思う。」

リビウスが天を仰ぐように上を見る。

「俺には記憶が無いから、今の皇帝が圧政を強いている事も分からないし、自分がどう動くべきなのかも分からない……でも。」

そう言ってリビウスが私を見る。

「ミアが、ミア様がそう言うなら従うよ。」

そう言われて私は少し笑う。

「ミアで良いわ。」

そう言うとリビウスが苦笑いする。

「だって皇女様なんだろ?」

そう聞かれて私は言う。

「あなたには変わらないで居て欲しいの。」

そう言って俯く。私はいつも皇女として扱われて来た。誰も私に軽い口調で話す者は居ない。それは昔からそうだ。そしてリビウスが私に砕けた口調で話すのを見た時、私は少し嬉しかったのだ。友人が出来たような…やっと心を開いて話す事が出来る人物が出来たような、そんな気がした。


シャネスもハイラムもその他の者たちも、皆、私を丁重に扱う。その事に関してはとても感謝している。皆、私に一定の距離を置いて話したり、接したりする。その態度は礼節を弁える以上は大切な事だ。でもシャネスやハイラムが軽い口調で話したりしているのを見ると、どうしても孤独感が湧き上がって来てしまう。誰とも今以上の関係にはなれないのだと分かってしまうから。


でもリビウスは違っていた。彼は私に砕けた口調で話し、接してくれる。私が何者なのかを知らないからこその、その態度。今までシャネスだってリビウスに注意はしていた筈だった。でもリビウスはその態度を変える事は無かった。そうされて私は嬉しかったのだ。友人のように話す事が出来る人が居る……それが私に必要なものだったと、今は分かる。


リビウスがクスっと笑う。

「では、そうしましょう、皇女様。」

お道化てそう言うリビウスに私も笑う。



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